まする555号

 大学に入学しGWのタイミングで一時的に帰省をした。

 1カ月しか離れて居なかったので、何かが大きく変化していた訳では無かったけれど、洗面台に僕の歯ブラシが無かったり、風呂場のシャンプーに僕が愛用していたシトラス系のものが無くなってたり、日当たりの良い僕の部屋が妹に占拠されていたりと、少しだけ自分の場所じゃ無くなってしまったかの様な錯覚を感じてしまって少し寂しくなった。


「大学の方はどうなの?」

「高校に比べて拘束される時間が少なくて楽しいよ」

「いいなぁ・・・私も早く大学に入って一人暮らししたい」

「1人で何でもするのって結構大変だぞ? 部屋に帰っても誰も居なくて寂しいしな」

「彼女とか作らないの?」

「大学に入ったからって急にモテたりしないぞ」

「お兄ちゃんヘタレだしねぇ」

「運命の相手に巡り合って無いだけだ!」

「そう言い続けて何年経ったのよ」

「ふんっ! 知らねぇよ!」


 大好物である、お袋特製カレーのお替りがやって来るのをチラチラ気にしながら、反抗期が終わって馴れ馴れしくなった1つ下の妹と会話をした。


「そっちは来年受験勉強だからな、今のうちに遊んでおけよ」

「はいはい、適当に遊んでるよ」

「最近この子ったら遅くに帰って来るのよ?」

「なんだ、彼氏でも出来たのか」

「彼氏なんて居ないよ!」

「少し前まで居たっぽいんだけどね・・・」

「俺が受験の時に居たって事か? 気が付かなかったよ・・・」

「ふんっ!」

「あっ! 流しまで持っていきなさい! ってもう・・・」


 俺の2杯目のカレーとらっきょうをキッチンから持っていきたお袋が、俺と妹の会話に参加したのだが、何かが妹の逆鱗に触れたようで、プリプリ怒りながら席を立ち、ピピピと鳴って湧いた事を教えてくれた風呂場に向かって行ってしまった。


「あの子最近少し変なのよ」

「変?」

「少し怒りっぽいの」

「ふーん・・・酷くフラれたとかしたんかね・・・」

「かしらねぇ?」


 その後はお袋から一人暮らしのノウハウを聞きながら、特製カレーをもう一杯お替りして、はち切れそうなお腹を抱えて妹が入り終わったあとの風呂に入った。

 風呂の後は戸棚に置かれた在庫の歯ブラシで歯を磨き、足早に2階の自室に向かっていった。明日は高校時代の悪友と遊ぶ予定になっているので、早く寝ておきたいと思ったからだ。


 しかしそこで俺は過ちを犯してしてしまった。

 自分の部屋が妹の部屋と入れ替わっている事を失念し、そのまま妹の部屋の扉を開けて入ってしまったのだ。

 部屋は真っ暗のままで、自分の部屋の配置のつもりで惰性の様に足を踏み出したため、俺の部屋の時とは違う場所に置かれたごみ箱に足を突っ込んでしまい、そのまま派手に滑って転んでしまった。


「うわっ!」

「キャッ!」


 暗い部屋でベッドに座っていたらしい妹は突然の俺の侵入に驚き声をあげた。


「イテテ・・・すまん・・・自分の部屋だと思って間違えた」

「早く出てって!」

「部屋を暗くして何を見てるんだ? 目を悪くするぞ?」

「点けないでっ!」


 勝手知ったる元自分の部屋だったため、すぐにスイッチに手が触れてしまい蛍光灯が光り始めてしまった。

 何で点けちゃダメなんだと思い妹の方を見ると、そこには体温計の様な物を手に持ってベッドの上で体育座りをしている妹がいた。


「どうしたんだ? 泣いてるのか?」

「・・・お兄ちゃん・・・」


 よく見ると妹の持っているものは体温計では無かった。何かのドラマで見たことがある妊娠検査キットだった。そのキットには二か所に線が入っていて検査対象が妊娠している事を示していた。


「・・・妊娠したのか?」

「・・・うん・・・」

「どうしたいんだ?」

「わかんない・・・」

「相手には伝えたのか?」

「伝えたく無い・・・」

「どうして?」

「言えない・・・」

「言えない様な相手なのか?」

「うん・・・」


 訳アリの相手なのだろうか、奥さんが居るとかそんな感じの・・・。

 なんか無性に頭にきてしまい、思わず手がブルブルと震えてしまった。


「違うの・・・私が騙して抱かれたの・・・」

「・・・どういう事だ?」

「ずっと好きだったの・・・だからお酒を飲んで潰れてた時に私が襲っちゃったの・・・」

「・・・お前が悪いのか・・・」

「うん・・・」


 妹がそんな行動を取った理由が良くわからない。同じく酔ぱらっていて衝動的に抱かれたのかもしれない。


「そいつはお前を抱いたことを覚えているのか?」

「覚えてない・・・怖くなっちゃって体を拭いて服も戻して部屋を出ていったから・・・」

「工作したのか・・・」

「うん・・・」

「伝えられない相手なんだな?」

「うん・・・」


 酔った翌日は体調が悪くなるし記憶も曖昧になるから、行為があっても気が付かない事もあるかもしれないと思った。それにしても衝動的にしたようだけど、後始末している所はずる賢い妹らしいなと思った。


「それなら産みたいのかどうか決めるだけだと思うぞ?」

「えっ?」

「好きだった人の子供を得られるチャンスはきっとこれっきりだ、もしバラしたら好きな人は好きな人の姿じゃ無くなるだろう」

「そんなの嫌ぁ」

「別の人の子として産むなら好きな人も今のままで居てくれるかもしれないぞ?」


 抱いた事を知らないのなら、好きな相手との関係は維持されるだろう。奥さんが居る奴なのか、恋人が居る奴なのか分からないけれど、そいつがフリーになったら告白すれば良い訳だしな。DNA鑑定でもして親子関係が判明すれば認知ぐらいしてくれるだろう。


「でも誰の子って言えば良いの?」

「どうしても言わなきゃいけないなら、俺に襲われて出来ちまったって事にしちまえ」

「えっ!?」

「俺とお前は実の兄妹だから結婚は出来ないけれど一緒に暮らして育てる事は可能だろ、妹とその子ぐらい守れなくて何が兄貴だって話だ」

「お兄ちゃん・・・良いの?」

「俺が親ってのが嫌なら別の相手を探してもいいけどな」

「うん・・・ありがとう・・・」


 ガバっとベッドから立ち上がった妹に抱きしめられ、俺は妹の頭を小学校の時にしていたように撫でた。妹とこうやって触れ合うの反抗期が始まる前だから5年ぶりぐらいになるだろう。


「はぁ・・・でも童貞のままで子持ちになるのか・・・」

「・・・お兄ちゃんは・・・童貞じゃないよ・・・」

「彼女が出来た事すら無いって・・・」

「合格祝いで酔いつぶれてた日に私が襲ったんだもん・・・」

「えっ?」


 妹の肩を掴んで体を離し顔を凝視すると、妹は涙の跡はあるけれどずる賢そうな笑顔浮かべながら、戸惑う俺の顔を見ていた。

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