第5話 エピローグ

  50人近くは集まっているだろうか。内閣府から厚生労動省、果ては防鋭省傘下の地衛隊の特殊工作部隊の一員までが首相官邸の地下の秘密の会議室にひしめき合っている。一番前には大きなスクリーンと演説用っぽい台が一つ。そこへ一人のいかにも賢そうな、眼鏡をかけた40代ぐらいの男性が立ち、何やら説明している。

「……従って、『乙羽』はインターネット上からは完全に削除されたと言えると思います。ただし、繰り返しますが、個人がダウンロードして保存しているものまでは現在は確認しようがありません。何故なら、アップロードされていたサイト“Ero_av_jp”へのアクセスログが各プロバイダーに保存される期間が3か月となっており、初めて『乙羽』がアップロードされたのが202X年8月であるため、10月、9月、8月のものはもはや確認出来ません。また、“Ero_av_jp”の管理者はフィリピン人のドロチ・エスナルという男性ですが、連絡を取ったところ、アクセスログは一切保存していないとのことでした。今後わたくし共に取り得る対策としては、国内外の主要なAV動画の投稿サイトを常にチェックし、『乙羽』が見つかれば再生することなく即削除を要請することです。『乙羽』は本編自体ではなく、動画のサムネイルを見ただけでは呪いがかからないことが分かっています。私からの報告は以上となります」

「高橋君」

 最前列のど真ん中で聞いていた石田内閣総里大臣が神経質そうな声で尋ねる。

「本当に国内外の全てのエロ動画投稿サイトをくまなく調べたのだね、大丈夫なんだね、もうないんだね」

「はい、総理。1000人体制でこの三か月徹底的に調べつくしました。念のため、外夢省に頼んで、世界中全ての国の普通の動画サイト、それこそ有名なyoutyubuのようなものから、その国限定の小さなサイトまで徹底的に洗いました。自信はございます。また、『乙羽』に言及している国内のネット掲示板及びSNSも随時削除させています。このまま有耶無耶にしてしまえると思います」

「そもそも、一体どうしてエロビデオを見ただけで人がこんなにも死んだのだ。ワシは幽霊など信じやせん、何か他の理由があるんじゃないのか、コロナとか」

 衆義院議長の大田のだみ声を聞いて、内閣府特命調査班の班長の高橋はため息を一つついた。しょうがない、改めて説明するか、どうせこれが最初で最後だ。彼は部下の吉本に目配せして、例のCD-ROMをPCに挿入させる。どうせこの手の質問は来ると思って事前にプレゼン資料を用意しておいたのだ。乙羽美由紀こと香山さつきの生い立ちから、暗号解読法と呪いの解き方まで。納得するかどうかは知らん。大写しのスクリーンにプロジェクターを通して映し出されるため、高橋は演説台を持って左後ろに下がった。会議室の照明も少し落とさせる。高橋は手元の資料を入れ替えていた。すると……うわっ間違えた、と叫ぶ吉本の声と同時に、スクリーンには、あはんいやんとあえぐ乙羽美由紀の姿が。

「ま、まさかこれは……」

 高橋は生唾を飲んだ後、確信した。この顔は乙羽美由紀だ。不遇と悲惨の果てに自殺した可哀そうな女。会議室にいたメンツはほぼ全員が『乙羽』を一瞬でも見た者が、不能になり、一か月後に確実に死ぬことを知っていた。そして、助かる方法も。5秒ほど沈黙の間があった。が、すぐにそれは破られた。

「うぉぉおやってくれたなこのヴォケ!!」

 吉本の後ろにいた総無省事務次官の木本がバーコード状の髪の毛を振り乱し絶叫しながらぐいぐい吉本の首を絞める。会議室の中は集まった偉いえらーい人達の悲鳴と怒号であふれた。

「何やってんだおまえぇぇぇ!!!」

 石田はこんなにパワフルだったのか、と皆が驚くほどの勢いで内閣総里大臣は吉本に走り寄り飛び蹴りを食らわせた。慌てて止める人、加勢する人、肘が当たったぞこの野郎と叫ぶ人、もう駄目だ俺チンコ立たなくなったと嘆く人、俺はもう死ぬ神よ哀れみたまえと泣く人、突如般若心経を唱え始める人などで広くもない会議室は阿鼻叫喚のごった煮になって全く収集がつかない。この光景を呆然と眺めていた高橋はやがてこう言った。

「別にこいつら全員死んでもいいや。というか俺も見たんだっけ。でも俺は未来を観ることが出来る最強の占い師知ってるから大丈夫、と。早速行くか」

 と、トントンと資料をまとめ小脇に挟み、怒号と咆哮と泣き声で地獄絵図と化している会議室を後にした。高橋が首相官邸を出ると、見上げた空は灰色の雲に染まり、太陽は隠れて全く見えない。吹き荒れる風は禍々しく、高橋は黙示録的な悪が出現する予感に怯えながら、まずは自分を救わねば、とタクシーに手をあげた。(終)

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呪いのAVとの奮闘記 平山文人 @fumito_hirayama

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