【閑話】ヘンデル魔王国にて

「え? なにこの書類の量」


 『千剣』の魔王、アルは執務室に入るなり現実逃避気味にそう呟いた。

 執務室の机の上にはこれでもかと書類が積み上げられている。ちょんと指で押すだけで崩れそうだ。


 それを見た魔王の目は死んでいる。


 アルの呟きを聞き逃さず魔王の秘書である、頭にヤギの角を生やした魔族のエンシュクが答える。


「魔王様が人間の国を旅行しに行っていた間に溜まった書類です。因みに私共から見て左が、是非ともよく目を通して頂きたい重要書類でございまして、右の書類は魔王様が判子を押すだけの簡単な書類になっております」


 なんともない様子で答えるエンシュクをアルはジト目で見る。


「簡単って……それ、めちゃくちゃ肩凝るやつじゃん。やーだーよー、ボク寝室に帰っていい? まだ旅行の疲れが溜まってるんだよねー」

「だめです」

「絶対やらなくちゃダメ?」


 アルはそう言って目をうるうるとあざとい表情をするが、それに対してエンシュクはばっさりと言い捨てる。


「この仕事は魔王様以外にできる仕事ではありませんので、はっきり言ってやってもらわなくては困ります」

「ちぇっ、わかったよ」


 観念したアルは椅子に座り、【念力】で向かって右の書類のタワーから一番上の書類を取って机の上に置く。


「ええっと、何々~……ベシヘル男爵が死んだ? 災人に殺された模様……? 確かこの男爵はヤムで『閃光』の監視の任務に当たっていた筈だが?」


 アルはやっとスイッチが入ったのか、魔王の威厳を持って語尾を少し強くする。


「はい。ヤムで他の任務に当たらせていた者が男爵の反応が途絶えた事に気付き、報告してきました。補足ですが従者の一人も殺されたようです」

「そうか……」


(フイ・ベシヘル……こやつは確か古参貴族の一人だったか。大いなる力を拒み、謙虚な性格をしていた。確か王都の孤児院の運営者でもあったか。良心の塊みたいなやつだったように思う。だからか、ボクの与えた力を拒んだせいで奴は男爵の中で一番弱かった)


 そんな事を思い出しながらアルはその書類の最後まで目を通していく。

 そして引き出しから紙と封筒を取り出し、魔力で文字を書く。


 内容を物凄く要約すると、『ベシヘル男爵に告ぐ、三日後の正午に城へ登城せよ』というもの。

 これは世襲されたフイ・ベシヘルの息子、リーフに向けてのものだ。


 アルは伝書鳥を召喚し、首に手紙を括りつけ飛び立たせたのだった。






◇◆◇◆◇


 その日リーフは亡き父、フイが使っていた執務室にて遺品整理を行っていた。


 白髪に紅色の瞳。そしてまだ幼い顔立ちには、深い悲しみを滲ませていた。


 整理の際、ほこりが出るので窓は全開。そんな窓枠に鳥が留まった。

 首に手紙が紐で括りつけられている。


 それに気付いたリーフは鳥から手紙を取り、魔法で封を開け中身を確認する。


「魔王様の直筆…………分かりました、魔王様」


 リーフは手紙の内容を速読すると、怒りを目に宿しそう呟いたのだった。

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