地下迷宮の秘密

超時空伝説研究所

ノームは食らい、ドワーフは酒をあおる

 勤め先の会社がつぶれ、仕事を失った俺。俺はその足でハロワに向かった。

 そこで雇用保険の求職登録手続きをしていた俺は、天啓を得た。


 ハロワとは「冒険者ギルド」のことだった!


 ならば、求職者とは「冒険者」ではないか。求人票掲示板は「クエスト・ボード」だ。


 その真実に気づいた時、世界が息づき、バラ色に染まった。俺はハロワの扉を潜り、冒険者としての第一歩を世界に刻んだ――。


 ◆◆◆


「その話、本当か?」


 俺はクエスト日雇い仕事で知り合った、仲間の冒険者ガテン系労働者に詰め寄った。

 聞き捨てならない話を耳にしたからだ。


「嘘なんかつかねぇって。本当にこの国最古のダンジョンがあるんだって」

「大寺院の地下深くに、その迷宮はあるんだな?」

「あるよ。滅多に訪れる奴はいねぇけど、俺が生まれる前からそこにあったってよ」


 俺は詳しい場所を男から聞き出し、仕事帰りの足でその場所に向かった。


 言われた通りだった。大寺院の不気味なモニュメントの程近く、ぽっかりと地下への通路が口を開けていた。


「こんなところに最古のダンジョンがあったのか……。よし、行くぞ!」


 俺は狭い階段を地下へと降りて行った。


 ◆◆◆


 降りる程に、壁や床が湿っぽくなっていった。地上とは空気の質が違っている。不思議な臭いが鼻についた。


(状態異常は……ないな。毒ではなさそうだ)


 階段を下りきると、いきなり水平の通路に出た。


(人がいる……。人、なのか? ノーム、いやドワーフか?)


 牢獄のような景色を想像していたが、そこには天井の低い「店」のようなものが軒を連ねていた。


(これは……「街」なのか? いや、廃墟か? こんなところで、こいつらはどうやって生きている?)


 岩盤からしみ出した地下水だろう。地下道の床には水たまりがあちこちにできていた。油断すれば、足を取られて転倒するだろう。


(いや、それよりもこいつらは何者だ。何をしている?)


 小柄な人影は年寄りのような顔をしていた。店らしきもののカウンターにつき、何やら飲み食いをしている。


 いきなり襲われることはなさそうだが、果たして言葉が通じるのか?


「おい、お前。言葉はわかるか?」

「あぁん? 何だって? 馬鹿にすんな。ちゃんと聞こえっぞ!」


 頭髪のないノームは俺の方を向き、歯のない口を開いた。歯がない分、光が入り、口の中が赤く見えるのが不気味だ。

 身長は150センチくらいしかない。


「ここはダンジョンなのか?」

「何だとぉ? ダンジョだぁ? そんなもん、当たり前だぁ! 男も女もいっぞ」


(やはりこの場所で正しいらしい。この国最古のダンジョンが、これか……)


 俺はもう一度左右の風景を見回した。


「何だ、おめぇ、田舎もんかぁ? みっともねぇから、きょろきょろすんじゃねぇ!」

「いや、俺は……」

「いいから、隣こい! 何飲むんだ?」


 ノームは俺の腕を小さな手でつかむと、ぐいぐいとカウンターに引っ張った。小さい割にとんでもない力だ。高レベルの戦闘職なのだろうか?


「飲むといわれても、何を飲んでいいかわからん」

「かぁ~、めんどくせぇな、田舎もんはよ! 『白』と『黒』どっちがいいんだ?」


 ここで魔術の流派を聞かれるとは……。俺には心得がなかったが、より安全そうな白魔術を選択した。


「じ、じゃあ、『白』で」

「よし! あんちゃん! こいつに『中』と『白』!」


「はい~! 『中』と『白』ね~! 少々お待ちを!」


「早くしろよ! こっちは先がみじけぇんだから」


 ノームは何やら呪文のような言葉で、店の主人と会話していた。だが、その風体は――。


「に、忍者?!」


 主人の男は、全身黒ずくめの忍者装束に身を包んでいた。俺は思わず腰の道具袋に手を伸ばしそうになる。


「ガハハハッ! たまげたか、田舎もん! ここは忍者バーってんだ。忍者がいんの当たり前だろが?」


 ノームが大笑いし、酒をあおった。


「ター・マイ・ルー・アライ! マー・ティ・ニー・タンマイ?」


 突然隣のドワーフが言葉を発した。浅黒い肌に濃いひげ面。ぎょろりと剥いた目が異様に白く目立つ。


「えっ? 何だと? 言葉がわからん」

「プー・アライ・コ・マイ・カウジャイ。テー・マイ・ペンライ! ギン・ラオ・シ!」

「何だ、こいつは何を言っている?」

「オレに聞かれてもわかんねぇよ! いいから酒飲めって!」


 ちょうど出された氷入りのグラスに透明な液体が注がれていた。その隣には茶色いガラス瓶が置いてある。


「これを……まぜるのか?」

「田舎もんはこれだから。俺がやってやっから! 最初だけだぞ。甘えんなよ!」


 ノームは茶色の小瓶から中身の液体をグラスにジャバジャバと注いだ。細い棒でガラガラとグラスの中身をかき混ぜる。


「ほれ、これでいんだ。飲め!」

「ホッピー・カウ、アロイ・マーク・ナ!」


 隣のドワーフが手振りであおってきた。どうやら飲めと勧めているらしい。

 俺は覚悟を決めて、目を硬くつむり、グラスの液体をあおった。


 ほのかな苦みが酒精をまろやかにしている。意外にも飲みやすい。喉で弾ける細かい泡が、心地よい刺激となる。


「……うまい」


 俺は、続けてもう一口ホッピーという酒を味わった。


「うめぇだろ? オレの言う通りにしてりゃ間違いねぇんだ。つまみも取らねぇと体ぶっ壊すぞ?」

「任せる。何か適当に頼んでくれ」

「何だ、この野郎。甘えんなっていってんの! あんちゃん、やっこと板わさ出してやって!」


 ノームは口が悪い割に、世話好きだった。言葉の通じぬドワーフと3人で俺たちは散々に飲み食いした。


「よーし、田舎! オレはもう引き上げっぞ!」

「うん? もう帰るのか?」

「おう、帰っぞ。おめぇも余裕ぶっこいてっと、帰れなくなっぞ!」


 これしきの酒で正体を失うほど、俺は弱くない。第一、終始立ったまま飲んでいるので、足腰が立たなくなることもない。


「酔いつぶれる心配なら要らないぞ」

「馬鹿いってんじゃねェ。もうすぐシューデンだっていってんだ!」

「むっ? ひょっとしてダンジョンが閉ざされるのか?」

「だから、男女も赤ん坊も関係ねぇっての! 帰りの足がなくなるだろ!」


 俺は頭から水を浴びせられたような衝撃を受けた。酒の酔いなど、どこかにいってしまった。


「足がなくなる、だと?」

「グラッ・バーン・メダイ・ナ!」

「いや、お前のいうことはわからんが……」

「とにかく、俺の後についてこい! これだから田舎もんは……」


 バタバタと勘定を済ませ、ノームは店を離れた。せかされるまま、俺はその後を追う。


「田舎もん、どこへけぇるんだ? アキバぁ? そんなら上野まで一緒に乗っていくぞ」


 ノームはおれを引っ張って、ゲートを抜け、さらに地下深く潜った。そこには広々とした大空洞があり、遠隔地への転移を可能とする雷魔法「メトロ」があった。


「ここにつながっていたのか?」

「こっちまできたことなかったか? ここは終点だからな」


「この世の果てということか――」


 俺は窓の外をのぞきながらつぶやいた。地の底の暗がりは、この世の果てと呼ぶにふさわしい。


「馬鹿なこというなよ」


 車内に目を戻せば、真顔になったノームがいた。


「お前、帰る場所があるんだろう? 帰る家がある限り、ここは始発であって終点じゃない」

「ここから始まる、と……」

「そしてまたここに帰ってくるんだ」


 ノームは優しい顔で俺にいった。


「知ってるかい、田舎もん。だからここを『ホーム』っていうんだぜ」


 俺は国内最古のダンジョンを、この日踏破した。


(完)

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