ぼくがベストセラー小説を書けたわけ

坂本 光陽

ぼくがベストセラー小説を書けたわけ


「何回も言っていますが、あなたにしか書けないものが読みたいんですよ」


 苛立たし気な口調から、電話の相手がどんな表情を浮かべているか、容易に想像がつく。僕がデビューした時からお世話になっている編集者である。これまで何度も仕事を回してもらったにも関わらず、僕は満足のいく結果を出せずにいた。


 いつのまにか、電話は切れていた。どうやら、最後の望みも途絶えたようだ。これまで愛想をつかされなかっただけでも、幸運だったのかもしれない。


 世の中にはM先生やH先生のようなベストセラー作家がいるのに、僕とは一体なにが違うのか。考えるまでもない。すべてだ。すべてが違う。細胞一つひとつからして何から何まで違うのだろう。


 僕は変わらねばならない。細胞一つひとつから再構築して、ベストセラー作家に生まれ変わるのだ。呪文のように繰り返しながら、僕はマンションの屋上から身を投げた。


 目を覚ますと、自宅の布団の中だった。外見は変わっていないので、異世界転生ではない。外の様子が変わっていないので、異世界転移でもない。それどころか、いつも通りの日常が待っていた。


 日銭を稼ぐために、年下の店長にどなられながら料理を運び、皿を洗う。他人の引っ越しのために段ボールをかかえて階段を駆け上がる。何ひとつ変わっていない。マンションから飛び降りたのは夢だったのか。


 いや、そうではない。そうではなかった。

 周囲は変わっていないが、僕だけが変わっていた。

 僕は以前の僕ではなく、高度な作家脳をもっていたのだ。

 より具体的に言うなら、未来のヒット作がわかるのである。


 敬愛するM先生が執筆中の作品も、H先生が構想中のアイデアも、彼らが思い描いたものが一字一句、僕には手に取るようにわかる。僕が死ぬほど悩んで悩み抜いていたことを神様がこっそり見ていて、もしかして哀れに思ったりして、ベストセラー小説を生み出すスキルを与えてくれたのだろうか?


 僕は書いた。ひたすら書いた。僕はM先生であり、H先生でもあった。M先生になったつもりで10万文字の新作を脱稿し、H先生になったつもりで2万文字のプロットをまとめ上げた。


 あとは、スピード勝負である。M先生より一日でも早く上梓することである。もし、一日でも遅れたら、盗作のそしりを免れないだろう。とりあえず、例の編集者に連絡をとり、メールで原稿を送信した。


 興奮した編集者から電話があったのは、一週間後のことだった。

「驚きました。すばらしい作品ですよ。まさに、あなたにしか書けないものです。変な言い方ですが、M先生の若い頃の作品を彷彿ほうふつさせます」

 思わず笑ってしまったが、それは最大級の褒め言葉だった。


 僕は休まず、新作にとりかかった。H先生のプロットを長編小説として書き上げるためだ。出版社に預けた作品がフロックだと思われぬように、ヒット作を書き続ける必要があった。我ながら、小説家のかがみである。


 もし、インターネットが普及する前の時代なら、僕の新作はすんなりと上梓されていたと思う。しかし、そうは甘くなかった。


 あなたは、出版システムを変えてしまった、世界一のネット通販サイトを見たことがあるだろうか? あのサイトでは新刊のあらすじが、一ヵ月前から公開される。僕の新作も、そうだった。ほぼ同時期にサイトに登場した、M先生の新刊もそうだ。


 この二作品のあらすじがそっくりだったのである。考えれば当たり前だ。僕がM先生になったつもりで、この新作を書いたのだから。

 ちなみに発売日は、僕の新作の方が一週間はやい。もし、M先生の方が少し早かったとしても、この短期間のうちに盗作するなど不可能である。


 だが、愚かな一般人はそうは考えない。人格者で知られるM先生が盗作などするはずがない、だから盗作をしたのは三流作家の方だ、と思い込んでしまうのだ。

 ネット村の住民たちが便乗して、この邪推をSNSにのせて拡散した。まるで真実のような衣をまとわせ、くだらない悪ふざけをしまくった。さらに、下劣なテレビや雑誌まで乗っかってきて、例によって面白おかしく取り上げた。


 僕は徹底的に叩かれたが、その程度のことは何でもない。有名税の先払いだと思えば腹も立たない。それよりも、出版社がビビってしまって、上梓を延期・中止しないか、そのことが気がかりだった。


 結局、それは杞憂きゆうに終わった。発売前から、これだけメディアを騒がせたのだ。これ以上の前宣伝はない。逆に発行部数を倍増しました、と編集者は大喜びだった。


 M先生の方は完全に沈黙していたが、こちらと同じく発売を延期・中止にする動きはなかった。それどころか直前になって、発売日を僕の発売日に合わせてきたのだ。万が一でもM先生が盗作したのでは、という疑惑の種を残したくなかったのだろう。


 発売日当日。僕とM先生の新作は、全国の書店で最も目立つ場所に平積みにされ、飛ぶような売れ行きを見せた。初版作家の僕が発売初日に重版を決めたほどだ。発行部数ではM先生に負けてしまったが、この年のベストセラーランキング2位になったのだから、御の字だろう。


「おまえには作家としてのプライドはないのか?」という声が聞こえてきそうだが、そんなものは犬にでもくれてやれ。どんな業界でも商品は売れてなんぼ、の世界である。出版不況の時代に百万部を超えるベストセラーは、神棚において拝んでもらっても罰は当たらないはずだ。


 おまえはM先生の二番煎じだ、という悪口も聞き飽きた。申し訳ないが、その指摘は僕にとっては賛辞に等しい。敬愛するM先生と同化したのだから、二番煎じ上等である。


 さらに誰もが、こう思っているだろう。こいつはどうせ一発屋だ、この先これ以上の作品を出すことは絶対にありえない、と。


 しかし、そうはならないのだ。僕は既に、新作を書き上げている。言うまでもなく、H先生のプロットを元に書き上げた長編小説であり、春ごろに発売される予定だ。


 実は、ライバル出版社の垣根を超えて、H先生と僕の新作共演の企画が持ち上がっている。もし実現すれば、二年連続・年間ベストセラーランキング2位は堅い。その引き換えに、僕はまた言われるのだろう。二番煎じヤロー、と。


 時間の無駄なので、否定も弁明もしない。

 というか、バカとは関わりたくないのだ。

 しかし、これだけは強く訴えておきたい。

 僕は限りなく一番に近い二番である、と。

 結局、二番でも、三番でも構わないのだ。

 百万人が僕の小説を買ってくれればいい。


 悔しければ、あなたもベストセラー小説を書けばいいのだ。

 簡単に書けるのだから。誰にでも、簡単に書けるのだから。



                了


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