秘密のマナー
清水らくは
秘密のマナー
「結婚式系はやっぱりライバル多いなあ。新しい流行りものと言えばなんだろう」
「納入マナー一覧」を見ながら僕は首を振る。マナーが被らないよう、こまめにチェックしているのだ。
昔から言われてきたマナーの派生形は多い。既出のマナーに類似したものばかりを提出して、クビになった人もいるらしい。
「そうだ、自転車のヘルメット。『ヘルメットは自転車の3割程度の値段を出すのがマナー』いいじゃん」
だが運の悪いことに、一歩遅かった。文章を書いているうちに、似た内容のものが投稿されていたのだ。僕より1割高い。
「考えることは一緒ねえ」
2010年代から、ほとんどのマナーはこうしてオンラインでフリーランスが納入しているらしい。昭和の時代には、マナー講師お抱えのマナー創作師が、年収1000万円を越えていたそうだ。
周囲には、フリーランスのライターだと説明している。別に間違ってはいない。他にも本のレビュー(実際は読んでない)やバイト経験談(実際は経験していない)を書いて売っている。僕の名前で世に出ることはないが、ちゃんと「書いて」生計を立てているのだ。
「ちょっと、いつまで部屋にこもってるの!」
母親が部屋に怒鳴り込んできた。自宅でパソコンに向かっているのは全て遊びだと思っている。何度フリーのライターだと説明してもわかってくれない。ただ、すべての文が僕が書いたことは秘密なので、「じゃああんたが書いたのはどれ!」と言われると黙るしかない。
「ちゃんと働いているよ!」
「働いているならうちに生活費入れるのがマナーっていうものよ」
「聞いたことないね!」
嘘だ。何度も似たものを見たことがある。あまりにもありきたりなので今更売れないけれど。
母親は部屋を出て行った。僕はあまりにも腹が立って「親は子供に年齢×1000円のお小遣いを毎月上げるのがマナー」という投稿をした。こういう採用されるわけのないものを「やけくそマナー」と呼ぶ者もいる。
次の月の一日、母親が僕に2万4000円をくれた。
「知らなかったわ、こんなマナーがあるなんて。今まで上げなくてごめんなさいね」
そう、あの創作マナーは売れたのである。最近すごくお昼のテレビに出ているマナー講師が一人いるらしいけど……。影響力がえげつない。すごく怖くなって、僕はマナーを作りたくなくなった。最後に一つだけ投稿する。
「20歳を過ぎたら親をだますのはマナー違反」
秘密のマナー 清水らくは @shimizurakuha
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