イイ女には秘密がある
惟風
近頃少し人間の男に飽きたところよ
無能な上司、結婚へのプレッシャー、SNS上で繰り広げられるマウンティング、不景気、エトセトラ、エトセトラ……
溜まりに溜まった鬱憤を晴らすのに打ってつけの方法って?
そう、サメを倒すこと。
ストレス解消だけじゃないわ。厄介な問題を解決するのにも最適。
私は、拗れた姉妹喧嘩に終止符を打つべくサメを殺し続けた。
双子と勘違いされるほどに似通った年子姉妹の私達。何かにつけて姉と比較されるのにはウンザリしてた。でも何につけても秀でているのは姉の方で、いつからか私は姉の模倣をすることに躍起になった。姉のようになれば私だけを見てもらえると思った。そんなワケないのに。
真似して足りないならと、男を寝取った。姉のものを奪えば、上に立てると本気で信じてた。横取りしてみたら、とんだクソ男だった。完璧に見えた姉が、男を見る目だけはポンコツだったのが可笑しかった。それでも自分が惨めなことに変わりはなかったわ。
自暴自棄になっていた時、突如として街中――どころか世界中にサメの群れが現れたの。海も陸も関係なく、コンクリートジャングルにまで。
姉が、これを機会に白黒はっきりさせようと持ちかけてきた。食物連鎖のトップであるサメを捻じ伏せて、最後に私達の決着をつけるの。私はその誘いに乗ったわ。姉だけでなく、全ての生物の頂点に君臨してやる。
ワラワラと湧いて出る大小様々なサメ達をとにかく屠り続けているうちに、私はある秘密に辿り着いた。
この異常事態は偶発的な突然変異じゃない。
陰で糸を引いている組織の存在がある。
サメ達は、とある秘密結社の陰謀によって生み出されている。その拠点が富士の樹海の地下深くにあることも知った。地上をサメが支配することを目論む集団“
そこまでの情報をどうして知ったかって?
出会ったの。
攻撃的なだけで知性の欠片もない個体ばかりの中で、人間の言葉を解し、知的な会話のできる一匹のサメと。彼が、全てを教えてくれた。
日本政府が密かに進めていた遺伝子操作の研究。本来は難病の特効薬開発のためのものだった。でも、その際に生みだされた異常個体達が暴走し、研究所を乗っ取ってしまった。
「そのうちの一匹が、俺だ」
ぶっきらぼうな口調で彼は尾鰭を揺らした。
もう一匹の個体と共に人類に反旗を翻そうとしたけれど、彼は相棒のあまりに拙速で残虐なやり口に袂を分かつことになった。彼が研究所を捨てて間もなく、サメ達の侵略が始まった。相棒は研究所をアジトとして利用し、人類への侵攻を開始した。
「極秘中の極秘プロジェクトだったから、関係者の中でも研究所の存在を知る者は限られていた。そしてそのほとんどをアイツは処分しちまったから、政府もまだアジトの場所は特定できていないはずだ」
理知的な瞳で彼は語る。
「止められるもんなら止めてみろよ。俺には知ったこっちゃないがな」
最後にそう言うと、彼は巨体を翻して地面に潜っていった。
また、会えると良いな。でも私にはやるべきことがある。
イイ女は行動あるのみ。
組織、壊滅させるっきゃないわね。
R.W.Sのアジトに踏み込んだ瞬間、私は早速土手っ腹に銃撃を受けた。
危ないところだったわ。毎晩プランクで鍛えてたから跳ね返せたけど、サボっていたら風穴が空いてたかもしれない。
怯まない私を見て、彼の言っていた相棒――被検体FAc-9――らしき奴は正確に私の額を撃った。サメのくせにエイム能力が高いなんてやるじゃない。鉄壁メイクしてなかったら即死だったわね。
襲い来る下っ端のサメ達を時には武器で時には素手で倒しながら、私はFAc-9との距離を徐々に詰めていった。
「何故ここがわかった」
銃声。左の太ももに衝撃。スクワットも日課にしてたから大丈夫。婚活女の自分磨きを舐めないことね。
銃口が僅かに上を向く。眼球を狙って弾が発射される。悪いけど、先週マツエクしたところなの。瞬き一つで弾き落とす。
「この場所を知る人間は皆殺しにしたはず……まさか、あいつが……裏切ったのか」
FAc-9は後退りながら悲痛な声を上げる。
シニカルな彼の顔が頭に浮かぶ。
私は唇の前に右手の人差し指をぴんと立てて、にっこりと笑った。
「秘密よ」
私がウインクするのと、姉がアジト中に仕掛けた爆弾の起爆スイッチが作動するのは、ほぼ同時だった。轟音と衝撃が建物を激しく揺らす。
秘密。
誰にも教えてやらない。
激しい戦闘でも崩れない髪の巻き方のコツも。
ひと睨みで雑魚を震え上がらせるアイラインの引き方も。
私と彼の恋模様がこの後どうなったかも。
全部、秘密。
そして、壮大な姉妹喧嘩の軍配が、私と姉のどちらに上がったかも。
ヒ・ミ・ツ。
イイ女には秘密がある 惟風 @ifuw
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