パンがふたつになるはなし。
かなたろー
パンがふたつになるはなし。
僕は、朝ごはんを家で食べない。
この先の曲がり角で、食パンをゲットできるからだ。
ただ、ちょっとしたコツがある。最近は少し頭を下げておく必要がある。
「ゴチん!」
頭と頭がぶつかる鈍い音と一緒に、呑気な声が聞こえる。
「おはよう! うん、今日も無事にパンが増えた」
幼なじみのみどりが、頭をさすりながら僕にパンを渡す。
これが、僕たちふたりの登校時のルーティーンだ。
小学生の4年の頃からの日課だから、もう3年になる。
毎日、ぶつかってパンが増えるのを確認する。
みどりの能力を確認するためだ。
みどりが、僕にぶつかると、持っている物が増える。
1日1回、僕にぶつかりさえすれば、それ以降は、みどりがひとりで勝手に何かとぶつかって、好き勝手に物を増やす事ができる。
ただ、増やせる回数は、日によって結構なムラはある。
重宝する能力で、中学に進級して学食を使うようになってからは、この能力で学食で買ったパンを増やして分け合っている。
浮いた食費は山分けだ。
1度だけ、パンが3つに増えた時がある。
僕がミスって頭を下げすぎて、みどりの胸が僕の頭にぶつかった時だ。
3つに増えるのは、明らかにお得なんだけど、その日以降、試していない。
お互い気まずかったからというのが最大の理由なんだけれども、もうひとつの理由はみどりには隠している。
あのとき、僕は痛くなかった。
白状すると、ちょっと興奮した。
これは、あくまで仮説なんだけど、みどりの食べ物を増やす能力は、本当は僕の能力なんだと思う。
みどりがぶつかった時の、僕の感情の高まりが、食べ物を増やす量や、数に影響を及ぼしているんだと思う。
そうじゃないと、あの時の出来事が説明できない。
小学4年生の時、みどりは車にはねられたんだ。
ボールを追いかけて道路に飛び出した僕を、突き飛ばして代わりに車にはねられたんだ。
みどりをはねた車は、そのまま猛スピードで逃げて行った。
頭が真っ白になったことと、心臓がいつもと違う場所に飛び跳ねた記憶だけがハッキリと残っている。
真っ白のなか、ただただ立ち尽くしていると、僕は突然肩をたたかれた。
振り返ると、苛立ちながら僕をにらみつけるみどりがいた。
「どこまでボールを拾いに行っているのよ!」
今のみどりは、あのとき、僕が作ったんだと思う。
僕が毎朝、みどりとぶつかるのは、食費を浮かしたいからじゃない。
毎日ぶつかり続けないと、みどりが消えて無くなってしまいそうだからだ。
・
・
・
たびたび、繰り返しになってしまうが、僕は、朝ごはんを家で食べない。
この先の曲がり角の先で、みどりとぶつかれば食パンをゲットできるからだ。
「ゴチん!」
頭と頭がぶつかる鈍い音と一緒に、呑気な声が聞こえる。
「おはよう! うん、今日も無事にパンが増えた」
幼なじみのみどりが、頭をさすりながら僕にパンを渡す。
みどりと一緒に、中学校にいく。けれど僕は、今日、ちょっとギクシャクしていた。
昨日、パンのと一緒に余計なものまで「オマケ」がついてきた。
そのオマケは、何ともかわいらしい封筒にはいって、とってもかわいらしい便せんにかかれた、とても短い手紙だった。
「前田くんへ
突然手紙だしちゃってごめんね。
もし良かったら、明日の放課後午後5時に、
焼却炉の前にきてくれませんか?
おねがいします。
岡田みどり」
とても、短いラブレターだった。
厳密には好きともなんとも書いていないけれども、どうみてもラブレターだった。
きっと、今日、みどりは
そして、僕は知っている。
みどりのことを、ずっと見ている僕には、
思えば、みどりは、背が高いイケメンが好きだった。アイドルグループやアニメのキャラクターなんか、絶対に一番背が高い「イケメン」を好きになる。
正直にいってしまおう。「背が高い」という基準だけなら、僕は、
僕は、ここ二ヶ月で急激に背が伸びた。いきなり10センチ近く伸びて、あっという間にみどりを見下ろす背の高さになった。今はもう、
でも、どうやら、みどりの基準だと、僕は「イケメン」には属さないらしい。残念ながら。
いや、そんなことは断じて無い。神に誓ってない。
じゃあ、みどりの恋の行方がどうなって欲しいかって?
そんなの全力で応援するに決まっている! みどりが、幸せになって欲しいに決まっている!
僕は、小学校4年の「あと時」から、交通事故で心臓がいつもと違う場所に飛び跳ねた時から、みどりを応援すると決めたからだ。
だから……今日は学校が終わったら、僕は、ひとりで帰ろうと思う。
・
・
・
もう、知っていると思うけど、僕は、朝ごはんを家で食べない。
この先の曲がり角で、みどりとぶつかれば食パンをゲットできるからだ。
ただ、ちょっとしたコツがある。最近はもう、かなり頭を下げておく必要がある。具体的には、腰を90度くらい曲げる必要がある。
僕はこの一週間で、身長がすごく伸びた。20センチくらい伸びたと思う。
「ゴチん!」
頭と頭がぶつかる鈍い音と一緒に、呑気な声が聞こえる。
「おはよう! うん、今日も無事にパンが増えた」
幼なじみのみどりが、頭をさすりながら僕にパンを渡す。
僕とみどりはパンを食べながら、学校に向かう。
しばらく無言でパンを食べて、それから、みどりは独り言のようにつぶやいた。
「前田くんに、告白したんだ。OKしてもらった」
僕は、無言で聞いていた。
「今度の週末、一緒に、遊園地に行くんだ」
僕は、無言で聞いていた。僕はいつだってみどりの言葉を無言で聞くだけだった。
・
・
・
もう、知っていると思うけど、僕は、朝ごはんを家で食べない。
この先の曲がり角の先で、みどりとぶつかれば食パンをゲットできるからだ。
ただ、今日はもう、みどりと頭をぶつけることはできそうもない。
僕は、5メートルくらいあるからだ。
実は僕も、つい昨日、知ったばかりなんだけれども、僕は、背が伸びていたんじゃなかった。僕の足が、地面から離れてきていたんだ。
そのスピードが、ここ二ヶ月くらいで急速に早くなってきて、ここ一週間は、もう、手に負えないくらいのスピードで早くなってきている。
曲がり角に向かって、歩いてくるみどりが見える。私服だ。今まで見たこともない服だった。多分、
みどりは、曲がり角に立ち止まると、しゃがみこんでパンを一つ置いた。そして、目を閉じて手を合わせると、僕に話しかけてきた。小さい声だったけど、僕には、とてもよく聞こえた。まるで、僕の耳元でささやいているようにハッキリとみどりの声が聞こえた。
……細かい説明は省くけど、要するに、僕に「見守っていて欲しい」と言っていた。
そんなこと言われても困ってしまう。だって僕は、今までもずっとみどりを見守り続けてきたんだ。
みどりは、一分ほど手を合わせて、ずっと僕に語りかけていた。そして、すっくと立ち上がってそのまま駅に向かっていった。
今ままでの感覚からすると、僕の背は、明日はスカイツリーくらいになると思う。明後日は、富士山くらいになってると思う。そして、三日後には成層圏を超えるはずだ。
流石にそこまで背が伸びてしまうと、みどりの声も聞こえなくなってしまいそうだ。
これは、あくまで仮説なんだけど、みどりの声が聞こえなくなった時、僕は、消えて無くなるんだと思う。
そうじゃないと、あの時の出来事が説明できない。
・
・
・
小学4年生の時、僕は車にはねられたんだ。
ボールを追いかけて道路に飛び出したみどりを、突き飛ばして代わりに車にはねられたんだ。
パンがふたつになるはなし。 かなたろー @kanataro_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます