俺だけが知っている上司の秘密

久遠 れんり

秘密

「うふっ。光希くーん。神部光希かんべこうき。ちょっとだけ、こっちへ来てぇ」

 ものすごい笑顔で、呼ぶ上司。


 恵西見智留えにしみちる。百六十五センチメートルの身長に、立派な双球を持った美人。


 彼女は、三十歳でサブリーダーになった頑張り屋。

 そういう俺も、同じ歳で同期。


 ちなみに、三年前からひょんな偶然があり、付き合い始めた。



「おい呼んでいるぞ。光希。こっちに、とばっちりがくる前に行けよ」

「分かっているが、原因も分かっているから足がな。ストライキ中なんだ。お前代わりに聞いてこないか?」

「何をやったんだ?」

「明日の資料が……」

 こそこそ言っていると、呼ぶ声が変わる。


「おい。優しく言ってる間に来いや」

 そう言ったのは、見智留様。お怒りモード。


「おい、やばい。おっさんモードが出た。早く行け」

 同僚に押し出されて、机へ向かう。


「随分遠かったな?」

 ちらっとだけ、此方を見てぼそっと言う。


「ちょっと、個人的な事についてですが、少し推論を行っておりまして」

「ふむ。興味があるな。相談に乗ってやろう。退社後だ。逃げるな。で、だ。小学生かお前は。こんなものを提出すれば、相手からお前の会社は、小学生に仕事をさせているのかと、あらぬ誤解を掛けられる。一時間以内に誤字脱字と、数字の間違い。すべて修正。ここは、向こうからの指定で基本単位はKと指定されている。つまり千トン単位だが?」

「あっ」


「知っているだろうが、会社には、、このオーダーがあった場合、対応できる様な、工場を持っていない」

「ははっ。ですよね」

 愛想笑いをしながら机に戻る。


 必死で書類を修正するが、相手の規模が大きすぎる。絶対無理だよ。


 この会社は古いが、大きくはなっていない。

 社長が、職人上がりで、付き合いがあると、損益を平気で出す。


 修正後、もう一度修正をして終了となった。



 通信アプリに着信がある。

「行くぞ」

「へいへい。行きますか」

 ぼやきながら外へ出て、近くの駅から一駅だけ歩く。


「おっ、居た。お待たせ。こんな時間で大丈夫だったのか?」

「大丈夫。と、言うか、もう良い」

 そう言って彼女は、疲れている様子。


「いつもの所か?」

「うん。何処でも」

 そう言って、俺と彼女はなじみの居酒屋へ行く。


「お疲れー。光希もギルドの仕事があって、疲れて居るのは分かっているけれど。気を抜きすぎだよ」

「悪い。昨日はちょっと氾濫が起きてな」

「大丈夫だったの? 町は」

「金級冒険者の、俺に掛かれば大丈夫」

「気を付けてね。ねえやっぱり一生に暮らさない?」

 そう言って、じっとこちらを見てくる。


「良いけれど、同じ部屋だと心配だろ?」

「それは、一緒だよ。たぶん」

「心配になって追いかけると、またモンスターに襲われて、お漏らしする羽目になるぞ」

 そう言うとピタッと固まる彼女。

 みるみるうちに真っ赤になる。


「もう三年か。やっぱり一緒に住もう。家賃も半額だし」

「良いけれど、あそこから移る気は無いぞ。仕事があるし」

「うん。でも、リフォームをして綺麗になったじゃない。あともう少しで十年だからもらえるんでしょ」

 ちょろっと言った情報だが、よく覚えていたな。


「そうだ。あそこは元々じいさんの家だからな。子供の頃にじいさんから言われていたんだ。光希に素質がある。頼んだぞってな。だから、元々俺の家だ」

「まあね。今の家主さんは、おじいさんのお友達よね」

「おう。親が困った時に助けてくれた。じいさんが死んでから、夢物語が聞けなくなって淋しいと言ってな、試したらしいがあの部屋にはどうやっても入れないらしい」

「じゃあ私も特別ね」

 そう言って彼女は、嬉しそうに笑う。


「そうだな、なにもなくて向こうに行ったんだから」

「もう」


 そう彼女は、三年前。

 異世界側の道ばたで、ゴブリン達に泣かされていた。

 丁度ギルドに頼まれて、クエストを受けた後、仲間達と通り掛かった。


 ゴブリン達を倒した後、その光景で盛大に戻しながら俺の顔を見て驚き、上も下も盛大に汚れた状態で、抱きついてきやがった。


「君、うちの会社の神部くんよね。私……」

「すまん。流石に美人でも、今の状態で抱きつかれても嬉しくない。とりあえず浄化」

 ピカッとして、再び話を続ける。


 その後ギルドへ報告をしに行って、そのまま酒場で、宴会へと突入。


 仲間と別れる頃には、彼女は、机に突っ伏して寝ていた。

 それでまあ、こっち側へ連れて帰ってきて寝かせた。


 それから妙に懐かれて、付き合い始めた。


 家の家には、秘密の部屋がある。


 あるふすまの奥にドアがあり、向こうと繋がっている。

 俺はそこを介して、向こうとこっちを行き来しているが、彼女は会社の帰り曲がり角を曲がると、いきなり昼間の向こうへ行くという不思議体験をした。


 そして付き合っているが、彼女は、ある程度以上に親しくなると、ものすごく甘えんぼになる。


 会社での姿は、目一杯の虚勢。

「仕事なんかしたくないというのが、彼女の口癖」

 その意に反して評価され、ドンドンと昇進をしていく。


 そのたびに、『もういやぁ』と言う叫び声を聞きながら、彼女を慰める。


「ねえ抱っこぉ」とか、「頭をなでて」と、言う姿が本当の彼女。


 ギャップ萌えと言うのだろうか?


 そして彼女は、一緒に暮らし始めてすぐに、一人で待つのは嫌といいだす。

 向こうで魔法を覚え、紅蓮と二つ名を貰って、今日もゴブリンを盛大に燃やし、その姿を薄笑いを浮かべながら、見ている。


 もう、モンスター退治はいやと、いいながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺だけが知っている上司の秘密 久遠 れんり @recmiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ