第15話 病院

 レイは自分の部屋から窓の外を眺めて、修治と風美香を待っていた。昼になるとあらかじ風美香が作っておいたご飯を温めて食べ、1日を過ごした。




 ―――夕方6時。普段ならこのぐらいの時間なら老夫婦は家に帰ってきている。だが、今日はまだ帰って来ていない。レイは気長に待つことにした。




 ***




 ガチャ、ドタバタドタバタ…バン!バン!




 下の階で勢いよく扉を開ける音が聞こえる。窓の景色を見ていたレイは少し戸惑いながら、下の階へ行こうと窓から目を背けた。その瞬間、




「レイ!」


「…こ、琥羽様…?」




 家に入ってきたのは買い物から帰ってきた老夫婦ではなく、冬だというのに汗をかいている琥羽だった。最後に会ったのは夏のお盆の時で挨拶をしようと、レイは口を動かした。




「あ、あの…お久しぶりでござ…!?」


「話は後だ!とにかく車乗るぞ!」




 急に手を掴まれたレイは状況がよくわかっていなかったが、何も聞かずついて行くことにした。




 琥羽は自分の車にレイを乗せ、急いで車を走らせた。レイは恐る恐る琥羽の顔を見る。その顔は焦りと怒りが混じったような表情をしていて、琥羽の綺麗な顔が歪んでいた。レイはそれを見て、ただ事ではないと察し緊張した様子で琥羽の様子を見ていた。




「……」


「……」




 車の中で沈黙が流れる。そして琥羽の舌打ちが聞こえた。レイは琥羽に対して少し怯えながら言葉を発した。




「…あ、あの、これからどこに…?」


「……病院」




 いつもあれだけはしゃいでさわに怒られたりしているのに、今の琥羽はその逆だ。普段うるさい琥羽は怒りの混じった低い声で短く一言でレイに返答した。レイは嫌な考えがよぎった。いつも帰ってくる時間に帰ってこない老夫婦、そして病院。レイはなるべく考えないようにした。しかし、追い打ちをかけるように琥羽はレイに説明する。




「ばぁちゃんとじぃちゃんが車に乗って帰る途中に、昼間から酒飲んだ奴にぶつかられたらしい。ぶつかられた衝撃で、じぃちゃんは首、ばぁちゃんは頭打って2人とも意識が戻ってない」


「え………」


「くそっ…まじでなんで昼間から酒飲むんだよ。酒飲んだなら大人しく家で寝とけよクソ野郎が」




 琥羽はレイに説明をした後、いつもの明るい雰囲気とは想像もつかない、ドスの効いた低い声でブツブツと事故を起こしたドライバーに対して怒りの文句を呟く。説明を聞いたレイは、先程思っていた嫌な考えと一致したショックで静かに驚きの声を発していた。レイと琥羽はまた、沈黙の中で病院に向かっていった―――。




 ***



 琥羽とレイは病院に着いた。レイと琥羽は車を降り、老夫婦の病室へと向かう。レイは辺りを見回しながら、琥羽の後を歩いている。そして、老夫婦が入院している部屋の扉の前で2人は立ち止まった。そして深呼吸をして心を落ち着かせてから、琥羽は扉に手をかける。そしてゆっくりと扉を開けた。


 レイは目を見開いた。そこには目を真っ赤にした皐。そしてたくさんの管に囲まれている修治と風美香の姿があった。レイはゆっくりと老夫婦の元に近寄る。そして、優しく老夫婦の手を握り、修治と風美香の姿を眺めていた。修治と風美香がレイを見つけた時に手を握ってくれたように、優しく―――。




 ***




 琥羽と皐とレイは警察から説明を受けている。老夫婦の車とぶつかった酒を飲んだドライバーは警察病院で治療をして治り次第、裁判で判決を言い渡されるのだそうだ。琥羽と皐は警察に感謝を伝え、老夫婦のいる病室に戻った。


 レイは先程からずっと体勢は変わっていない。ずっと老夫婦の手を握って見つめている。




「(私に、治癒の能力があれば…。どうしてこんな役に立たない能力を持ってしまったのでしょうか…。こんなを扱う能力なんて…)」




 皐はレイの様子を見て、静かに話しかける。




「何を考えてるのか知らないけど、あまり自分を責めちゃダメよ。別にレイが悪いとかそういうのないでしょ?」


「……私は……………」




 琥羽は先程まで椅子に座ってボーッと1点を見つめていたが、皐とレイが会話をしているのを聞いて、そっちに意識を向ける。皐はレイが放った言葉の続きを聞くことにした。




「私は、何?」


「…私は…ある能力を持っているのです。でもそれは今この状況では役に立たない……」


「……なぁ、その能力ってのはどんな能力なんだ?」


「申し訳ありません。今は…言えません」


「そう…。言えるタイミングでいいのよ。別に言わないからと言って誰もレイを責めないから」


「………私は、本当に役立たずですね…。貴方様の言う通りでした…」




 レイはどこか遠い所を見て意味深に話す。レイが言う“貴方様”とは一体誰のことなのだろうか。琥羽と皐は戸惑いながら目を合わせる。そしてレイは小さくボソッと呟く。それを琥羽と皐は聞き逃さなかった。




「………リヒター様………」




 本当にレイは誰と喋っているのだろうか。そして“リヒター様”とは誰なのだろうか。琥羽と皐は考えを巡らせる。“貴方様”というのは“リヒター”という男のことだろう。レイはそのリヒターという男に“役立たず”と言われていたのは間違いない。そう琥羽と皐は思った。琥羽と皐はそのリヒターという者について気になっていたが、今は聞くべきタイミングでは無い、と判断しまた違う機会にレイに詳しく聞くことにした。




 ***




 ピッピッピッ…




 病室の中で心電図のモニターの音が鳴り響いている。琥羽は、コンビニ行ってくると言い今は病室にはいない。皐もレイも誰も話さないので、病室の中はとても静かだ。その影響で、モニターの音がはっきり大きく聞こえる。医者には、目を覚ます確率は半々でいつ覚ますかも分からないと言われ、不安な気持ちで2人は過ごしていた。だが、心臓が動いているだけマシだろう、と琥羽と皐は思っていた。レイは未だ自分を責め続けている。恐らくまた過去に言われたことを思い出してしまっているのだろう。


 琥羽がコンビニから帰ってきたようだ。そしてそのまままっすぐレイの所へ行き、おにぎりとお茶を差し出す。




「レイ。お前まだ晩飯食ってねぇだろ。食う気分じゃねぇかもしんねぇけど、少しでもいいから食え」


「……ありがとう、ございます」




 やはり、不安と怒りがあるせいで口調がいつもより荒っぽい。いや、同じなのかもしれないがテンションが低く、抑揚よくようも無く、声が低いせいで荒っぽく聞こえるのかもしれない。レイは受け取ったおにぎりを少しずつ食べ始めた―――。




 ***




 どれぐらい時間が経ったのだろう。琥羽と皐は体を預けあって寝ている。レイは病室の窓から外を眺めていた。病室に響き渡る心電図のモニターの音。時計の音。酸素マスクから聞こえる老夫婦の呼吸。そして、琥羽と皐の静かな寝息。そして、頭の中から聞こえる過去に言われた言葉が幻聴となって聞こえる。レイは必死に耐えていた。




『よぉ、ここにいたのかァ。風の使いさんよォ。妖狐四天王のお前がこんなザマとは(笑)。お前の仲間もあの世で嘲笑あざわらってるだろーな(笑)へへっ。さァ、さっさと俺のストレス発散に付き合ってくれよ』


『………や、やめてください…』


『……へぇ。俺に口答えするたァいい度胸じゃねぇかよっ!』


『…っ!』


『答えろ。お前の主は誰だ』


『………』


『おい。聞こえねぇのか?答えろって言ってんだよ』


『……リ、リヒター、様でござい、ます…』


『ふっ。それでいいんだよ』




「(あぁ…どうして今になって思い出してしまうのでしょう……)」




 レイは遠くを見つめ、唇をキュッと結んだ。その時、




 ピッピッピッ……ピーーーー




 その音で琥羽と皐は飛び起きた。レイもバッと老夫婦の方を振り返る。心電図のモニターを見ると先程まで波を描いていた線が一直線になっている。琥羽は慌ててナースコールボタンを押し、現状を看護師に伝えた。



 バタバタと看護師と医者が必死な顔で病室に入ってくる。




「レイ!こっちおいで!お医者様の邪魔にならないように私の方に来て!」




 レイは皐の方へ急いで向かう。そして医者と看護師は必死に心臓マッサージをしたり救命作業を行う。しかし、なかなか心拍数が戻らない。




「……この薬を入れて後2回ほど、心臓マッサージを行います。それでも戻らなければ……申し訳ありません…」




 そう言って医者はアドレナリンの効果を出す薬を投与した。それからずっと心臓マッサージを続けた。そして―――。




「………ご臨終です……」




 医者がそう言うと同時に皐は泣き崩れ、琥羽は目を覆って泣いた。レイは未だ今の状況が受け入れられず、ずっと突っ立っている。医者と看護師は深々とお辞儀をして、書類などを取りに病室から出た。










 12月23日 氷室修治、妻 風美香


 買い物の帰りに、飲酒運転をしていたドライバーにより、


 修治――ぶつかられた衝撃で首をやり、昏睡状態。その後死亡。


 風美香――ぶつかられた衝撃で頭をぶつけ、意識不明。その後死亡。

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