第13話 涙

 ―――秋―――




 村は少しづつ気温が下がってきた。そして、山や木々の葉の色が赤や黄色に色づきはじめている。食欲の秋だのスポーツの秋だの、村では賑わっている。


 修治は読書の秋だといい、読書に没頭しているようだ。風美香は特に変わらず、普段通り穏やかに過ごしている。公園では子供が走り回り、歩道に並んでいる木々は紅葉やイチョウで彩いろどられている。村の人達は綺麗だ綺麗だと心を踊らせている。しかし、ただ1人。村の人達とは裏腹に、部屋に篭って足をかかえ、暗い顔をしている者がいた―――。




「レイちゃん?大丈夫?」


「………」




 紅葉が色づいてから、ご飯を食べる時しかレイはリビングに降りてこない。風美香と修治は心配していたが、しつこく声をかけると逆効果になると思い、できるだけ普段通り接し、篭っていることに触れないようにしていた。


 しかし、ついにご飯の時間になってもリビングに降りてこなくなった。さすがに食べさせないと、と思いノックをして声をかけたのだ。しかし返事が返ってこなかった。ご飯置いておくわね、とだけ言い残し部屋から立ち去っていった。




「レイちゃん、大丈夫かしら…」


「まぁ、今まで忘れていたけど、身元が分からない彼女を拾ってきたからね。私たちは彼女の過去は何も知らない。彼女なりになにかあるのだろう…」


「そうねぇ…。でもご飯は食べないとねぇ…。食べれてるかしら…」




 修治と風美香はレイのことを考えながら、2人でご飯を食べた。




 ***




「食べてないわね…」


「……大丈夫なのかね…。食べられないほど自分を責めているのか、もしくは辛いことがこの時期にあったか…。どちらにせよ、レイちゃん自身がしんどいのは変わりないね」


「私たちになにかできることがあればいいのだけど…」


「うーん。現に私たちはレイちゃんのことをまだあまり知れていない。何も知らない私たちに頼ってくれるのかね?」


「今まで普通に何も考えずに接していたけど、レイちゃんは人間じゃなくて、妖狐なのよね。妖狐なんて、伝説の生き物だとしか思ってなかったし、実際こういう場面になってくると、対応が難しくなってくるわね」


「実際、私たちはレイちゃんの過去とかについて、あまりよく知らないから、迂闊うかつに聞けないね」


「私は何もレイちゃんのことしれてなかったのね…。自惚れてたわ」




 修治と風美香はしんみりした空気でリビングに戻った。風美香はとても落ち込んでいる。よっぽどレイのことが知れていないと実感してショックだったのだろう。修治は風美香を慰めていた。修治と風美香は話し合った結果、レイが部屋から出てきた時に様子を見て、決めようということになった―――。




 ***




 その頃レイは体制を変えず、部屋の角で丸まっていた。表情は無表情で目にハイライトは入っていない。だが、その目には悲しいような、絶望したような、怒りのような。そして怯え―――。そんな感情があるように見えた。感情を捨てたレイにとってこれだけの感情が読み取れる表情をするのはよっぽどのことが今まで生きてきた過去にあったのだろう。何かに怯えるようにレイの体はガタガタと震えている。そして、何かが一気にフラッシュバックしたのか、レイの目がカッと見開き、呼吸が一気に荒くなり始める。




「ハァハァ…カヒュッ、ハァッ…」




 レイの呼吸が荒くなる。そしてレイはバタッと横に倒れた。


 修治と風美香は上で何かが倒れる音を聞いた。2人はまさか、と思い、レイのいる部屋に慌てて向かった。




『レイちゃん!』




 ドアを勢いよく開け、2人で口を揃えてレイの名前を呼ぶ。目の前には横になって倒れているレイの姿があった。2人は慌ててレイに近寄った。


 呼吸はしている。だがとてもうなされている。




「ごめん、なさい…。……ご、めんなさ、い…」




 修治と風美香は息をんだ。レイが泣きながら誰かに謝っている。レイの額には汗が流れ、目からは涙が流れている。風美香はレイの涙を拭き取り、レイを布団に移し、額から流れる汗を拭く用のタオルを取りに下へ降りた。修治はレイが落ち着けるように頭を撫でたり、布団の上から子供を寝かすようにレイの体を優しくトントンと叩いていた。


 それからしばらくしてレイの様子は落ち着いた。今は静かに眠っている。修治と風美香はホッと息をついた。そして心配そうにレイを見つめていた。一体どんな夢を見ていたのだろうか。誰に謝っていたのだろうか。考えれば考えるほど知りたいことが沢山出てくる。そもそも、なぜレイはあの神社に住みついていたのか。修治と風美香にはどれだけ考えても分からなかった。その真実はレイにしか分からない―――。




 ***




 レイはふと目が覚める。窓を見るとそこには綺麗な星と三日月が夜の空に映し出されていた。レイは布団から出て窓に手をつき、何となく外を見る。外は寝静まっていて誰もいなかった。ふと窓に映った自分を見る。そこには感情のない、無表情の紫色の瞳をした金髪の妖狐がいた。レイはある異変に気づいた。頬が何故かカピカピになっているのだ。レイはなぜカピカピになっているのか分からなかった。そして、机の上にある1枚の紙を見つける。そこには、こう書かれていた。




『あまり無理しないでね。私たちにできることがあればなんでも言ってちょうだいね! 風美香』




「(お礼を言わないといけませんね…)」




 レイは次会った時、ちゃんと礼を言おうと決めた。レイは心の中で礼を言いながらまた布団に戻り、眠りについた―――。




 ***




 レイは修治と風美香の元へ行こうと、2人を探す。だが家の中をどれだけ探しても見つからなかった。レイは立ちつくしてしまった。一旦リビングに行き、ソファに座って心を落ち着かせる。すると玄関の方からガチャと扉が開く音がした。レイは小走りで玄関へ向かう。するとそこには驚いた顔をした風美香がいた。




「おはよう!どうかしたの?レイちゃん。そんなに慌てて…なにかあった?」


「あ、いえ……。起きたら修治様と風美香様が居られなかったので…」


「ゴミ出しに行ってただけですよ?うふふ」




 よいしょ、と風美香は玄関から上がり、リビングに向かう。レイはその後ろを着いていった。風美香によると、修治はゴミ拾いのボランティアに行っていて、もうじき帰ってくるらしい。レイは2人が揃ったタイミングで、礼を言おうと思った。




 帰ってくるなり、修治はレイを抱きしめた。




「おはようレイちゃん。久しぶりだね。体調の方は大丈夫かね?」


「はい。修治様と風美香様のおかげで落ち着きました。その…、昨日はありがとう、ございます…」




 レイの言葉を聞いて、修治と風美香はふわりと微笑んだ。




「いいのよそれぐらい。気にしないでちょうだい!」




 風美香はレイの頭を撫でた。やはり撫でられると心地いい。レイは無意識に獣耳を出していた。




「それでね、レイちゃん。答えたくなかったら答えなくてもいいのだけれど…。昨日はどんな夢を見ていたのかね?あまりにもうなされていたし、汗も凄かったし…。なんにせよ、泣いていたからね」


「あ………」




 レイはうつむく。修治は慌てて付け足した。




「無理して言おうとしないでおくれ。私たちはレイちゃんを苦しめようとしていないのだよ。ただ…私たちは何もレイちゃんのことを知らないから…。思い出すのが苦しかったら、言わないでおくれ」


「申し訳、ありません…」


「話せる時になったら、いつでも話してちょうだいね!」




 やはり過去の出来事が相当心にきているようだ。修治と風美香は無理やり話させるのは良くない、とレイから聞くのを断念した。


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