危機一髪

帆尊歩

第1話 危機一髪

みずきがコタツを買った。

初めてそれを聞いたとき、今時コタツと思った。

何しろみずきの部屋はワンルームでそこにコタツって、確かに小さなコタツで四隅の一辺に一人が入るのがやっとという大きさなんだけれど、それにしても、二十二歳の女子は実家から持ってくるならまだしも、買わないよね。

ところがあたしと美智は文字通り、完全にはまった。

みずきの部屋に集まると、早速コタツ入る。

いやこれは温かい。

このコタツ布団がまた良い仕事をしている。

今、私はこの世に存在する暖房器具で、最も優れているのはコタツだと思っている。

小さいコタツなので、四隅のうち一つは壁にくっつき、左右にあたしと美智、真ん中に持ち主のみずき、でも部屋が狭いから、みずきはベットが背もたれのようになっている。

「でもさ、コタツって人間をダメにするよね」コタツにうずくまった美智が言う。

「あんた、持ち主の前で良くそんな事を。事と次第によったら、このコタツからの退去命令を出すから」美智はみずきから釘を刺される。

「みずきの部屋のコタツに入れてもらっているのに、そのネガティブ発言はないよね」あたしは一応、持ち主に忖度する。

「なんでコタツは人間をダメにする」とみずきが美智を問いただす。

「だって、冬のコタツに入ったら二度と出られなくなる」

「うん、その気持ちは分るな」とあたし。

「昔あるところに、家に暖房器具がコタツしかない人がいました。その人は、生きる全てをコタツの中で過しました」オイオイ、美智がいきなり話し始める。

「なんでその人は、コタツの外に出られなかったの」あたしは持ち主のみずきに変わって、美智の話を聞く。

「コタツの外は寒くて」

「だったら、部屋を暖かくすれば良かったのに」

「だから、暖房器具がコタツしかなかったのよ。段々その人の足は、コタツの脚と融合していった。

段々意識がなくなって、自分はコタツなんだって思うようになる。

もうそうなると、人間辞めますか、コタツ辞めますか、みたいな。

意識がなくなり、自分に掛かっているのが、コタツ布団なのか、自分の贅肉なのか分らなくなる。意識朦朧として、食べものも、飲み物も口にしなくなる。

トイレさえも行かなくなり、もうその人は人間でさえなくなり、あとは息絶えるのを待つばかり」

「なんじゃそら」とみずきが突っ込む。

「ところが、あろうことか停電が起こった。

停電の間に、コタツの呪縛が解けていった。

そしてその人は、コタツから抜けることが出来た。そう危機一髪だった」あたしとみずきは美智を見つめた。

「あれ、面白く無かった?」

「いやいや、面白い話をしたかったの?」とあたしが突っ込む。

「なんの話だと思った?」

「分った。今日は危機一髪の話をしよう」とみずきが言い出した。

「それはコタツ提供者としての命令ですか」とあたし。

「そう、二人とも私のコタツに入ってぬくぬくしているんだから。命令には従いなさい」

「ははー」とあたしと美智が声を合わせて、コタツにうつぶす。

「じゃあ、砂羽から」

「えっ、あたし」とあたしはちょっと焦る。

でもなんとか頭をひねる。何とか思い出そうとする。

「職場のロッカーに隠し持っていたペットボトルのお茶が、すっぱかった。でもロッカー室だったので、すぐには吐き出せない。口をリスのように膨らませてトイレに駆け込んで吐きだして、危機一髪」

「危機一髪というのは、セーフのことだよね。それって口に入れているから、アウトじゃないの」コタツと融合のおバカ発言をした美智とは思えない、まっとうな意見が来た。

「なら、一リットルの紙パック牛乳を冷蔵庫からラッパ飲みしたとき、酸っぱかったのは」

「それも口に入れているからアウトだよね」と今度はみずき。

「いや、でも吐きだしてから、捨てようと思って流しに流そうとしたら、牛乳パックの形の四角いの固形で出てきた」

「ああ、それはヨーグルトになっていたものを口に含んだと言うことでセーフ。危機一髪だね」と美智。

それはヨーグルトだったのだろうか、とあたしは思うが、話を続ける。

「ショートケーキで、イチゴが腐ってたって言うのもあったな」

「なんか砂羽って、腐ってましたネタ多くない」

「腐った、って言うな。ネタッて言うな。ネタじゃないし、全部本当の事だし」

「まあーまあー」とみずきはコタツの持ち主という余裕が、言葉に感じられる。

「じゃあ、次はあたし。もう一度コタツに続き、危機一髪を話します」

「コタツの持ち主として許可します」

「山の中で、四人の登山者が遭難しました。散々山を徘徊して、何とか四人は山小屋を見つけることが出来ました。

四人はその山小屋に避難します。

でも中は真っ暗で、暖房も何もありません。このままここで夜を明かすと凍死するかもしれない。

そこで一人が提案をします。

まず四人が小屋の四隅に立ちます。

そして偶然転がっていたボールを、時計回りに隣の人に投げて、そして投げた人は投げた方向に走る。投げられた人は、また時計回りに隣の人に投げる」美智の話にあたしはピンと来る。

「アッ、それ有名な怪談だよね。そのボールゲームをしようと思うと、四人ではなく五人必要で、いないはずの五人目と言うのは誰なんだ、と言う怪談だよね。でもそれの何処が危機一髪?」

「だって。その居るはずのない幽霊だか何だかがいなかったら、四人は凍死していたわけじゃない。これは危機一髪だよね。幽霊さんありがとうみたいな」

「そうなのか」とあたしは首をひねった。

「じゃあ最後みずき」

「これは私の知り合いの話なんだけれど」

「ちょっと待った。また怪談?危機一髪って言ったのはみずきだよね」とあたしは突っ込む。

「聞きなさいって。美智と一緒にしないでよ」

「ひどい」

「聞けって」

「はーい」とあたしと美智は声を合わせる。

「彼女は彼氏の家に遊びに行ったの。彼氏の家はアパートの二階なんだけれど、ちょっとした喧嘩になっちゃったのよ。

本当は、彼女、その部屋にお泊まりするつもりだったんだけれど、喧嘩して頭に血が上って彼女は帰ってしまった」

「ああ、残念!」

「聞け、美智」

「はーい」

「ところが彼女は駅まで来ると、バッグを忘れたことに気づいたの。

バッグには財布なんかも入っていて、そもそも家に帰れない。

連絡したくてもスマホもバッグの中、仕方なく彼女は、彼の部屋に取りに戻ることにしたの。そして、また喧嘩別れした彼氏のアパートの前まで戻って来た。

下から彼の部屋を見上げると、部屋の電気が消えているので、頭にきて寝てしまったと思った彼女は、部屋のドアの前まで来た。

電気が消えていたので、なんか文句言われそうと考えた彼女は、持っていいた合鍵でドアを開けて中に入った。

当然、中は電気が消えているので真っ暗。

彼女はさっきまでいた部屋なので、間取りは頭に入っているから、そーっと中に入った。

真っ暗な中でも、ほんの少しだけ、街灯のあかりが射していて、コタツで彼氏が仰向けで寝ているようだということくらいは分った。普通なら、誰かが部屋に入ってくれば、寝てたとしても気づく。なのに、ここまで入って来たのに起きないから、まだ怒って寝たふりをしていると彼女は思ったの、そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるとばかりに、無視することにした。本当なら、そんなところで寝ていたら、風邪引くよくらいの事は言ったはずなんだけれどね、

バックの場所も分っているから、彼女は暗闇の中、手探りで自分のバックを持って、そそくさと部屋をあとにした。

次の日彼が強盗に殺されていたことが分ったの」

「ひえー」とあたしと美智が声を合わせる。

「実はバックを取りに帰ったときには、彼はもう殺されたあとで、コタツで仰向けで死んでいたの。彼女はそれが暗闇の中だったので、ふて寝ていると思って、部屋をあとにしたというわけ」

「なるほど、喧嘩して帰らなければ、一緒に殺されていたかもしれないという訳ね。それは危機一髪だわ」とあたしが言う。

「でも良かったね、電気点けなくて。点けていたら、彼の死体とご対面していた訳よね」と美智。

「イヤ、イヤ、危機一髪はそこじゃない」

「えっ」

「犯人が捕まって、事情聴取で、実は彼女が部屋に戻って来たとき、強盗はまだ家の中にいたのよ。

壁際に立って息を潜めていた。狭い部屋だから、きっと彼女と強盗の距離は数十センチ。強盗は大きなサバイバルナイフを振り上げて、彼女も殺す態勢に入っていた。でも彼女は電気を点けなかった。だから殺さなかったと、犯人は言ったそうよ。

うーん、危機一髪、ていうわけ」

「危機一髪。恐すぎ」とあたし。

「ちなみにその強盗は、ずっと前からコタツに潜んでいて、二人を殺すタイミングを計っていたらしいの。喧嘩して帰らなければ、大変な事になっていた。

「うーん、恐い。でも絶対話、作っているよね」と美智が言う。

「えっ、だってこのコタツにだって、誰かがひそんでいるかもしれないよ」わざと恐そうに言うみずきの言葉で、あたしと美智はコタツ布団を上げて中を見てみる。

「アッ、コタツの足に融合した人の顔が映っている」と美智が言う。

「まだ言うか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

危機一髪 帆尊歩 @hosonayumu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ