第4話 現代商売その10:動画収益化_BBQ

 魚を捌く動画を投稿するVirtualTuberはある程度存在する。だが魚を捌く技術というものは一朝一夕で身につくようなものではないためか、参入障壁の高いジャンルでもある。


 特に顔立ちが整っている女性であれば、あえて魚を捌くような真似をしなくても再生数は回る。アルルがあえてその分野に乗り出したのは、ある種挑戦的な試みと言ってよかった。


(あと何気に、魚を解体した後のゴミの処分に困るっているのが大きいよな。魚を捌くのも体力を使ってしんどいのに、解体のたびに汚れるスタジオを清掃しないといけないし、ゴミ出しも面倒となると、そりゃ中々参入者が増えないわけだ)


 ゴミの処分も忘れてはいけない。

 鱗、頭、内臓、ひれ、骨。これらの残骸は、魚を解体するとどうしても出てくるものである。

 生ものである魚介類は悪臭が発生しやすいので、そのまま放置することはできない。

 こういったゴミ類を捨てるために、俺は迷宮内や森を活用しようと考えていたのだった。


 当然、虫の餌としての活用用途もある。

 普通にゴミを捨てるならアパートのゴミ集積所を利用すればいいのだが、それだけでは勿体ない。せっかく蟲使いになったのだから、そういったゴミ類は虫を増やすための餌に活用したいところであった。


 こうした観点を鑑みても、俺たちは他の魚捌き系VirtualTuberより有利な立ち位置にある。

 話題性やビジュアルに加え、豊富なスタッフ、そして魚を解体した残骸の有効活用までできるのだから。


(新しく手に入れた、『指先強化の指輪』と『切傷防ぎの首飾り』のおかげで、分厚いゴム手袋を付けていても指先の感覚はしっかり伝わるし、骨を断ち切ったり貝を開いたりしても指が疲れないし、うっかり刃の部分が手に当たっても切り傷になりにくくなったし、アルルも大いに喜んでくれたはず)


 新たに手に入れた『指先強化の指輪』と『切傷防ぎの首飾り』は、例のパーシファエ嬢から譲り受けたものである。

 夜会サロンの後日、使用人らしき人物が我が家に訪れて、恭しく魔道具を渡してくれたのだ。例の商談に際しての手付金ということだろう。

 俺としてもありがたい効果の魔道具だったので文句はない。


 ちゃくちゃくと身の回りの準備が進んでいく。

 後は専用の包丁や台所道具を揃えていけば十分だろう。


 一つ気になる点を挙げるとすれば、我が家の使用人の皆は魚をあまり食べたことがないと言ってたことぐらいだろうか。

 焼魚や煮魚はともかく、生魚はもしかすると抵抗があるかもしれない。俺は刺身が好きなのだが、ゾーヤがおぞましいものを見た顔をしたので、この辺の食文化の違いは溝が深そうであった。


 ともあれ、いずれは刺身にも挑戦してもらうつもりである。

 最初慣れるまでが大変だろうが、それはそれで罰ゲーム企画になるので問題はない。


(ハユとかは、刺身も結構平気そうだったけどな)


 やはりハーピィ娘だからだろうか。確かに鳥は魚を食べてそうなので、魚の生食に慣れていてもおかしな話ではない。俺一人だけじゃなくて味方がいるのは心強いことだった。






 ◇◇◇






「魚を捌くだけじゃ物足りないから、中庭でBBQをやって、ひたすら優勝していく動画も作りたいな」

「……それは主殿あるじどのが食べたいだけでは?」


 ゾーヤにあっさりと看破されてしまったが、そんなことでへこたれる俺ではない。

 そもそも、まだあの夜会サロンで大成功した祝勝会をしていない。皆をねぎらうという意味でもBBQは一回やってみたいと思っていた。


「そもそも中庭付きの家を買ったのは、俺がBBQをするためなんだよな」

「洗濯物を干すための空間では……?」


 参考:https://kakuyomu.jp/works/16818023211908407474/episodes/16818023214138917147


 冷静に突っ込むゾーヤの言葉を無視しつつ、俺は皆に、キャンプ用具を中庭に運び入れるように指示を出した。元より中世ヨーロッパの家には中庭があることが珍しくない。今の俺が棲んでいるぐらいの規模の家ともなると、そんなに凝った家じゃなくても普通に付いている。

 そして、中庭があると聞けば、BBQしたくなるのが人の性というもの。


 これも撮れ高である。キャンプ用具はキャンプ用具で、いつか野外キャンプの動画を撮影したいので先行投資で買ったものである。

 そうでなくとも、中庭で有効活用すればいいと思って買い込んでしまった。こういうガジェットは男心をくすぐる何かがある。


「皆知ってると思うが、デカい肉を炭で焼いたらすこぶる旨いんだ」


 どかっと700gほどある塊肉を網の上に載せる。食欲に直接訴えかけるような強烈な光景。

 しっかり両面ミートハンマーで叩き、粗塩をたっぷり、ミルで挽いた胡椒もたっぷりとかけた肉である。

 この塊肉を二個三個と続けて載せると、皆から歓声が上がった。


 肉汁が逃げないよう下の面をしっかり焼き固めて、反対の面は半分ほどの時間で焼いて。

 香り付けのためにローズマリーを用意し、ついでに国産牛の牛脂を上に載せて旨味を足して。


「ほーら焼きあがったぞ!」


 シーズニングソルト、ポン酢、わさび、焼き肉のタレ。

 味付けは個々人が好きなものを選べばいい。とにかく好きな味付けで肉を頬張る。それが一番旨いのだ。味付けを自由にできるというのが、自分でBBQをやる醍醐味と言ってもいい。

 バターなんかも丁度いい。ちょっと捻った組み合わせとしては、チーズとはちみつなんかも意外に合う。


主殿あるじどのが肉を焼いていいのか……? そういう雑用は皆に任せた方がいいと思うが……」

「気にしなくていいさ、男はでかい肉を焼くのが楽しい生き物なんだよ」


 いずれは皆にも、肉の美味しい焼き方を覚えてもらうつもりだが、今日はちょっと俺の楽しみが前のめりに出てしまった。とはいえ動画用の撮れ高としては十分。

 いつの時代でもでかい肉を焼くのは最強のコンテンツである。


「~~~~! 凄く美味しいです、ご主人様!」

「やば! 美味しい! こんなの食べていいの!?」

「……美味しい」

「!! こんな御馳走を分け与えて下さるなんて、ご主人様は本当に太っ腹だな!!」


 アルルアルラウネ娘も、パルカレプラコーン娘も、ハユハーピィ娘も、カトレアケンタウリス娘も。

 クモ娘も、タヌキ娘も、アンデッド娘も、パペット娘も。


 うちの子たちが美味しい肉に舌鼓を打って無邪気にはしゃぐ中、俺は何だか大きな所帯に育ったもんだとしみじみとした気持ちを抱きながら、酒をそっと口にするのだった。

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