第26話 新しい広い家(ハーフティンバー造り)

 異世界イルミンスールの方の金儲けはすっかり順調であり、資金の蓄えは十分に出来た。金稼ぎの見通しも立ったので、そろそろ新しく家を買って拠点を広げようかと俺は考えていた。


 そう、広くて快適な新しい邸宅である。


(最初は『徴兵の義務』に引っかかるのが嫌で、ミュノス・アノール市民になるのを躊躇っていたけど……高額納税者になれば徴兵免除ができるって分かったからな。そうと分かれば、家を買うのを思い悩む理由はない)


 かつてのプロイセン王国のカントン制度のようなものだ。やはりどこの世界も抜け道はあるものだ。


 ちなみに、小屋は破棄することも視野にいれていた。

 異世界の人には何故か気付かれない例の謎の小屋――そう思っていたのだが、よくよく調べてみると、どうやら小屋そのものに姿を隠すおまじないがかかっている訳ではなさそうであった。

 いくつか検証したのだが、おそらくこれは鏡の仕業であった。


(鏡をどこかに一定時間安置すると、その周辺を認識するのが困難になるみたいだ。どういった仕組みなのかは分からないけど)


 もう少し細かく検証を試してみないと分からないが、たとえば荷車にしばらく鏡を放置しておいたら、荷車の認識が困難になったらしい・・・

 俺は相変わらず、鏡も荷車も簡単に認識出来たため違いが分からなかったが、ゾーヤたちは『そこに鏡があると予め知ってないと中々気付かない』と言っていた。そういうものなのだろう。

 鏡のことを既に認識していないと鏡に気付けないとは、中々お洒落なおまじないである。おかげで不届き者に鏡を盗まれる心配はぐっと低くなった。


「あ、もしかしてそれであの時・・・ゾーヤは怖がってたのか?」

「う……む」


 歯切れが悪かったが、ゾーヤは少しばつが悪そうに首肯した。あの時というのは、ゾーヤを雇った例の日である。あの時は、突然小屋が現れて、突然俺の手が消えて、そこから突然鏡が現れて……という順番で認知が追いついたらしい。そりゃまあ、夜の鏡の魔物云々かんぬんを警戒するだろう。突然俺の手が消えたのだから。


 ともあれ、異世界に渡れる鏡そのものにそんな便利な効果があるのであれば、拠点をわざわざこの小屋に固定しなくてもいい。もっと利便性の高い場所に移し替えても問題はなさそうであった。


 広い家。

 大きめの荷車。

 はたまた、どこかの洞窟の中。


 場所はどこでも問題ないが、極論、鏡を持ち運べるなら迷宮の中であっても拠点に出来るということになる。選択の自由度が非常に広がったと言えよう。


(……迷宮の中ねえ、この鏡を使ったら色々と悪さが出来そうな気がするが)


 とはいえ、迷宮に潜るのはもっとしっかり準備ができてからでいいだろう。今はそんな危険を冒さなくとも十分儲けを出すことが出来ている。

 そう言った話は今後必要になってから検討するぐらいでちょうどいい。






「ご主人様、新しい家は広くていいですねー!」

「あら~」


 早速、三階建ての煉瓦造りの家を購入したところ、パルカとアルルは手放しで絶賛してくれた。確かにかつての小屋と比べると、急に広くなったように見える。

 よくある中世都市の住居。

 だが、床面積が広い分、値段は奮発した。


 入口が狭く、奥に長い、長方形型の煉瓦造り。

 厳密には、ハーフティンバー造り(半木造)というもので、軸組みは木造で、壁面を煉瓦、漆喰、石で補強したものである。


 中世ヨーロッパの都市は、度重なる戦争に備えて、都市周辺を市壁と呼ばれるもので囲っていた。この市壁を拡大工事するのは莫大な費用がかかるので、基本的には『人口が増えても狭い土地を何とかやりくりする』というのが中世ヨーロッパの住宅事情であった。


 極力、道路の数を減らす。

 そして、道路に面する面積を減らして少しでも多くの家を建てる。

 狭い面積でも過ごしやすいように、二階~三階と縦に伸ばす。


 そうやってすると、自然と『狭い間口の長方形の家』がたくさん出来上がることになる。

 こちらの世界イルミンスールの建築も、同じような思想で発展していったのだろう。度重なる魔物の脅威から街を守るための市壁があって、内部化が進んだわけだ。

 長方形の半木造。細部の装飾こそ違えども、大まかな構造が中世ヨーロッパと似通うのはおかしな話ではない。


 一つ補足すると、俺の購入した建物は、使用人含めて十五人以上が暮らせるような中庭付きの家である。この世界で言うと、やや成功した商人や職人が、雇い人、召使い、家族たちと一緒に暮らすような家であり、四人で暮らすには広すぎる。


「一階が仕事場、地下室が倉庫、二階が居間と主人の部屋、三階と屋根裏は召使いの寝る場所、というのが普通だが……主殿あるじどのはどうしたいのだ?」

「まあ、一階と地下室は仕事場になるだろうな。三階も屋根裏も仕事場にしよう。二階は寝室にして、炊事場や居間は俺のアパートの奴を使う方が便利だろ?」

「……ふ」


 主人と召使いが同じ寝室を共にするのは普通ではない。だがまあ、俺は別にその辺にこだわりを持っていない。それに、寝ている間に寝首を掻くような不逞な輩が出てくるのを防ぐためには、用心棒がそばにいてくれた方が心強い。

 そう伝えると、ゾーヤの尻尾が揺れていた。


「……広い家はいいものだな。これは師範級パルス・プリムスまで辿り着いた剣闘士がようやく暮らせるような家だぞ」

「尻尾が揺れてるぞ」

「………………。"しいたけ"と言ったか、あの異世界の茸を育てるための空間もいっぱい確保されているな。うむ。素晴らしい」

「頬赤くない?」


 閑話休題。


 ちなみに、広い家にした理由は単純である。

 広い家の方が動画撮影もやりやすいし、副業の効率もよくなるし、人も増やしやすい。日本は土地代が高いが、こちらの世界の方が比較的まだ廉価に済む。いくら都市とはいえど、金儲けのしやすさを考えると、まだイルミンスールの方が広い拠点を安上がりで調達できる。


「だから隣接する倉庫も買ったんだ。これからはどんどん事業を拡大していくつもりだからな」

「……? 人を、増やす?」


 人を増やす。

 そう伝えると、ゾーヤの顔が強張っていた。


「そうだよ。今一応考えているのは、護衛兼荷物引きのケンタウリスの娘とか、空を飛べるハーピィの娘とかなんだけどさ」

「…………」


 なぜ娘限定なのだ、とばかりにゾーヤの目が不満げに細まった。

 とはいえ俺は、わざわざむさ苦しい男と一緒に生活したくはないわけで。

 ゾーヤの視線はちょっと痛かったが、俺は別段、気にしないことにした。

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