第三章 暗闇の奥に引きずる者2
「お祖父ちゃんが、なんとかするから……
彩を、あの家を、この祖父が何とかできるだろうか?
できるはずがない、今までできなかったのだから。
彩が来た頃の、彼女と祖父の
祖父が「紀枝を大切に扱え」といえば、
それだけではなく、彩は父をそそのかして
もしかしたら、祖父の
「……わたし、帰られるよ。帰らなきゃ」
「紀ちゃん、いいから。いいから、病院に泊まりなさい。なーんにも心配することないからさ。ここなら暖かいし、人目があるからアレも来ないよ」
「ううん、いい。家に帰る。お祖父ちゃんと一緒に、ちゃんと帰れるよ」
祖父も大切だし、今夜は家にいなくてはならない。
自分を優しい死に
それに、このまま祖父を帰したら命という意味ではなく、心という存在の意味で祖父を失ってしまうような気がした。
全ての情熱を、人生そのものを、祖父は
それを失ってしまったら、祖父は死ぬのだ。
生きていても、死す。
薄く息を吐きながら闇を見つめ、「死」や「殺」のことばかり考えるようになる。
――そう、紀枝のように。
(お祖父ちゃんまで、わたしみたいになったら嫌だ……)
(だって、わたしには分かるもの。お祖父ちゃんが彩に反抗したら……彩がお祖父ちゃんを口汚く
そんな風になる未来を紀枝は望んでいない。
だが、祖父は紀枝に背を向けて、カルテを持っている医者に声をかける。
「お医者さん、家に荷物を取りに戻るから、この子のこと頼みます」
「お祖父ちゃん、わたし家に戻るよっ」
「紀ちゃん、病院なんだから静かにしてな」
「……あのね、本当にもうどこも具合悪くないの。元気だよ。ほら、わたしの顔を見てよ。前とは別人みたいにつやつやしてるよ」
今朝、鏡で見た自分を思い出しながら言うと、祖父は頭を振った。
「いんや、顔色が良くなっても、
「じゃ……じゃあ、帰りになんか食べていこうよ。そしたら、すぐに元気になるよっ」
祖父の考えを変えようと必死になって食い下がると、祖父の前にいた医師が大きな
「お嬢ちゃん、今の状態でいきなり
言葉だけは優しいが、目が怒っているようにも見えた。
「いやよ、わたし、帰る! いやよ、だめっ!」
「ちょっと、この子を落ち着かせて」
医師が周りの看護師に声をかける。
「家に帰りたいのっ。病院じゃダメなのっ。わたし、今夜は家に帰らなきゃならないのっ」
騒ぎ立てる紀枝の周りに、白衣の看護師達が集まってくる。
紀枝は彼女達に抱きしめられ、寝かされ、腕に針を刺され、医者の指示で点滴に何か違うものを入れられる。
暴れる彼女をふくよかな看護師が押さえながら、なぜか泣きだした。
「
ピントがズレて間違った言葉が、看護師の口から漏れてくる。
「ご飯が喉を通らなくなったなんて……元気になるまで病院にいようね」
(彩だ。彩が嘘をついたんだ! 彩のせいじゃなくて、お母さんを失ったからわたしがダメになったって、そんな風に伝わっているんだ)
ねじ曲げられた事実に抵抗しようとするが、急激に身体に眠気と
ただでさえ
(家に帰らなきゃ、お祖父ちゃんまで死んじゃう……)
このままでは、紀枝が主の声に導かれるように、いつか祖父も主の声に
辛い目に合うのは自分だけでいい。
死ぬのも自分だけでいい。
だから、祖父を説得して帰らないと――。
(それに……今夜、裏庭に行かなきゃ、わたしが死ねない)
しかし、病院の者達は、紀枝を救うために動き回る。
彼らの白い服が、左右の視界の隅をささささささと動き回る。
紀枝は手足に力を込めて、ベッドの中で動き回った。
看護師が、また声を掛けて慰めながらも幼い身を固定する。
「イヤだ、帰る。帰る!」
(わたしは、今日、死ぬんだ!)
すると周囲にある機械の音が高くなり、声が飛び交って、点滴に、また何か入れられる。またベッドに身を縛り付ける何かを入れられてしまう――……。
***********
『紀枝、ノリエ、
『此処でしか安らげないんダロウ』
『ソレなら、此処で一緒にいよう……此処で、この裏庭で――ノリエ……』
『ノリエ――――』
***********
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