第二章 主が呼び出す死者の道6
「お母さん、ここに来て」
紀枝は雪に囁きながら、母の身体を作り上げていく。
何時間もかけて、完璧な母を
首のラインが美しく見えるようななで肩に、苦労で痩せて
寂しがりな紀枝を抱き上げるためにそうなったのだ。
母がいつも着ていた
口の下の黒い
紀枝は、母の細かい部分をもっともっと思い出して雪に再現していく。
左手には火傷の
だけれど、爪は家事のために丸っこくなってしまっていた。
それを枯れ葉を刺して表現していく。
直しに直しながら完成した雪像は、紀枝の目から見て母そのものだった。
どこか哀しげだが、強さを持った美しい母の眠り姿だった。
「絶対に、ここに来てね、紀枝の側に来てね」
雪像の耳に口を寄せて母を呼んでから、紀枝は主がいるだろう
「
祠の中に入っていた枯れ葉がざほっと外に出てくると、唸り声が大きくなる。
『呼んでみよう。きちんと呼べないなら、何かを失うかもしれぬぞ』
「いいよ、呼んで」
そう言って、紀枝は神に拝むように手を合わせた。
来て欲しい、もう一度、自分の元に来て「大丈夫よ、心配ないわ」とか「紀枝は良い子ね」だとか「大好きよ」と言って欲しい。
これが、最後の願いだ。
『
主は大きく息を吐いて、前よりも高い声を上げた。
『葉山里菜よ、ここに宿れ!』
高音の
ヒュュュンと風が舞う雪を叩き切るように吹き降り、白い雪像の身体を殴りつけるようにガァンバァンと狂い回る。
すると、雪像の膨らんだ乳が振動で激しく揺れた。
閉じていた瞼が徐々に開き、描いていないはずの
同時に、耳だけが肌色になって、その辺りから短い産毛のもみ上げが生み出されていく。
「の……の……りえ」
紀枝は無事に母が来るように、祈りの形になった両手に力を入れる。
雪像の、線で描いただけの手の指がガッと五本に割れ、生々しいほのかなピンクの爪を生やし、固まった雪だった作業着が風を受けて布のようにはためく。
「の、り、え――のり……え」
両腕が子を求めるように上がり、
肌色が顔全体に広がり、首や手にも宿る。
そして唇にほんのりと朱がさすと、上下に割れて白い歯と桃色の舌が
「おか、ぁ、さん、よ、のりえ」
完全に開いた目、そこにある黒い瞳の
「お母さん、わたしよ、紀枝だよっ」
紀枝は夢中になって、
強ばっていた母の手が、紀枝に触れられた
「紀枝、お母さんを呼んだ?」
今度は
腕から顔に、そぉっと瞳を移動させると……あの母が、紀枝の記憶の中で生き続けた母の少しだけ暗いが
「紀枝――呼んだでしょ?」
「呼んだよぉぉぉ、紀枝、お母さんに会いたくて、呼んだんだよぉっ」
叫んで、紀枝は母に抱きついた。
母のがっしりとした温かな手が、紀枝の背を撫でてくる。
この安心感を、ずっとずっと求めていたのだ。
「あら、泣いているの? いいわ、いっぱい泣きなさい。紀枝が苦労していたのを見ていたのよ。助けられなくて、ごめんね……」
しっとりとした母の首に顔を埋め、滑らかな長い髪に手を埋める。
このまま母に抱かれて死ぬのだ。
母の首に腕を回して、安心して眠って……ここより遠くへ行きたい。
しかし、首の後ろに指先が入っていかない。首が雪にくっついていて、剥がれないようだった。
探るように奥へ指を入れると、母が「っ、ぁ、アぁぁっ!」と叫び出す。
「……お母さんっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます