既成事実化、ギリギリ回避

竜田川高架線

なに? 彼女でもほしいの?

「あんた車買ったんでしょ? 夜景連れて行きなさいよ」

 唐突に、腐れ縁の幼馴染が迫ってきた。

 彼女は大学に入ってから見た目は垢抜けたが、中身は小学生の頃から全く変わっておらず、至って自己中心的で考えが浅く幼稚である。

「そんなもん電車で行けよ」

「嫌よ疲れるもん。それに行きたいところ近所じゃないし」

「どこ」

「六甲山!」

「なにそれ何県?」

「神戸県!」

「ああ、神戸……。車で行ったら8時間かかるぞ。新幹線で行けよ」

「嫌よ電車は疲れるの」

「車で8時間のほうが疲れるって……」

 

 だが結局、行く行かないの押し問答に敗れた。首都高をかいくぐり、海老名で休憩がてら遊び、新東名を120キロで突っ切る。伊勢湾岸の工業地帯の景色に圧巻されながら……とここまで来たら疲れてきた。会話も途切れ途切れになりはじめた。

 

 大津で薄暗い琵琶湖を見て、とうとうここまで来たかと、痛む腰を伸ばす。

 

 滋賀、京都を超え大阪に突入。だが走っている場所は茨木から吹田あたりで、大阪らしい景色を見ることなく、六甲山の裏側まで来てしまう。

 裏六甲を登りきったら、表六甲へ。展望台に到着。休憩時間を含めて8時間半を超えるロングドライブだった。


 ちょうど日が沈んだ頃。駐車場には数台程度の車が止まっているが、もれなく男女カップルのものだ。

 

 西宮の繁華街と工業地帯を一望するオーシャンビュー。

「スカイツリーが無いって、なんか変な感じ」

 幼馴染が言ったが、確かにその通りだ。東京のどこに居ても見下ろしてくるあの634mの鉄塔の姿はどこにもない。神戸にはそれに類する特別目立った大きな建物と言うのは見当たらない。

 

「運転ご苦労さま、さ、帰りましょー帰りましょ」

 たかだか数分のためにしんどい思いして来たと思うと虚しいものがある。

 車に乗り込んで、カーナビに自宅を設定しようとして、指が止まった。


「せっかくだし、関西観光でもしていくか?」

「いいけど、もう夜だし、これから何かするにしては遅くない?」

「それもそうか……どこかに泊まって、朝から出かけるか……」

「あ、それなら、京都行きたい。あと奈良公園も。ホテルは私が探すわ。スマホ貸して。私の電池切れそうで使いたくないの」

「なんだ。充電すればいいのに。ケーブルあるぞ」

「それ私のスマホに合わないの」

「ああ、そうか。あとでコンビニでケーブル買うか」

 

 幼馴染にスマホを渡して、ひとまず車のエンジンを掛ける。燃料のメーターを見て、まだ暫くは問題なく走れるが、そろそろ給油しておきたい。カーナビの昨日に近くのガソリンスタンドを検索できる機能があるので、それで目的地を設定する。

 

「ねえ。これ何。何これ」

「何って?」

 幼馴染がこれまでになく静かな怒気を含んだ声音で、スマホの画面を突き出してくる。

 つい先日入れたばかりのマッチングアプリ、そこで最近マッチした女性とのトーク画面のが映し出されている。

「なに? 彼女でもほしいの?」

「おおおい、勝手に見るなよ」

「そっかそっか。彼女が欲しいのか。なるほどねー」

 

 幼馴染は急に車を降りると、展望台の端へとそそくさと歩いていく。

 そして、手摺に腰掛けると、言った。

 

「ここで私が死ぬのを見てるか、そのアプリ消すか、選んで」

「え、なに、急にどうした」

「さーん、にー」

「わかった、わかった。消すから、早まるな。一旦、車に戻ろう」

 

 幼馴染に見えるようにして、アプリをアンインストールした。彼女は「うん、よろしい」と言って、手摺から降りる。

 そのまま大人しく助手席に座り、シートベルトを締めた。

 彼女の豹変に驚きつつ、顔色をうかがったが「どうしたの? いかないの?」と言われ、やっとサイドブレーキを下ろす。

 

 スルスルと車を発進させ、表六甲を下る。

 

 近場にあったセルフのガソリンスタンドで給油したが、その間に幼馴染が宿をカーナビに設定していた。ずいぶんと用意がいい。

 

 そしてナビに従い、郊外の道を走る。ホテルの駐車場に車を止め、無人のエントランスで受付を済ませた。

「……え、もしかしてここってラブホ?」

「みたいね。初めて?」

「ああ、うん」

「私も初めてー」

「なんでラブホ?」

「だって素泊まりで夜だけだったら、普通のホテルより安いし」

 

 理屈は通っているがしかし……。

 だが、運転で疲れた体には、ラブホテルでもなんでもベッドはありがたかった。幼馴染と同衾することはなんとも無理があるような気がするが、気にしてはいられないし、下手に意識していることを悟られるのも癪なので、努めて気にしていない風を装った。

 

 シャワーを浴びて出てきた幼馴染がバスローブ姿だったので目をそらしつつ、ベッドに横たわった。

 幼馴染も、隣で寝そべっている。

 布が擦れる音だけがして、静かだ。だがまだ車の揺れやエンジン音がしているような錯覚がする。

 

「ねえ。あんた、彼女欲しいの?」

「ん? んんー」

 どうだか。欲しくない訳では無いが、血眼になって欲しているわけでもない。というか、眠い。

「なら、私が──」

 

 ────


 目覚めた時、まず目に入ったのは、隣で寝息を立てる幼馴染の姿だった。バスローブがはだけていて、露出が多めだ。

 なんとなく、肩や首筋が痛い。

 ひとまず、顔でも洗おうとバスルームへ。鏡を見ると、何かに噛まれたような跡が、首筋に数か所か。

「え……なんだこれ……」

 

 そして、気付くと背後には、バスローブ姿の幼馴染が音もなくいつの間にか立っていた。

 

「本当は、あのまま既成事実作っちゃおうかと思ってたけど、あんた、寝ちゃったからさ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

既成事実化、ギリギリ回避 竜田川高架線 @koukasen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ