第2話 錬金術師の娘
「時系列が合わないんだが? 貴族が死んだのは絵が描かれた後だろう。それともなんだ、描かせた際に遺産の在処を忍ばせたとでもいうのか?」
そしてこいつはその遺産とやらの噂に釣られたんじゃあるまいな?
「まあ、そこは噂に尾ひれ背びれってやつなんだろうね。さすがの僕も遺産の話は真に受けてないよ。言う通り時系列も合わない。ただね、さっきの貴族の死の話には続きがあって――」
貴族は大変な資産家で、娘の死にショックを受け、その資財の全てをどこぞに寄付しようとしていたらしい。
そんな折、貴族は死亡、その財産は残った方の娘に引き継がれた――
「そして、その娘はなんと、この絵を描いた画家と結婚したんだが――」
「……何やらきな臭くなってきたな」
「貴族の娘もすぐに亡くなり、残った画家がその財産の全てを手に入れたって訳さ。画家の一人勝ちだね。こうなると、僕なんかは考えてしまうのさ。貴族もその娘も、全て画家の手によって死んだのではないか、とね」
「……一理あるが、憶測の域を出ないな」
「そうだね。まあ、深く追及するようなことでもないし、しようがない。なにせその事件はもう何十年も前の話だ。……ともあれ、そういう多大な資財を手に入れた画家がかつて実在し、その画家の描いたこの絵の中に、その財産の一部の在処が隠されているのではないか、という噂があるということ」
そして、恐らくはその財産目当てに絵を手に入れたのだろう人々が次々に不審な死を遂げていること――
「どう思う?」
「……どう、と言われても、なんともな。面白い話ではあるが、映画じゃあるまいし……この絵画の中に財宝の在処が隠されているという話がそもそも眉唾ものだろう」
不審死に関しては、今のところ偶然と片付けるしかないだろう。まさか、絵画に秘められた暗号絡みで連続殺人が起きている、なんてことがあるはずもない。
「これがもし、偶然でないとしたら?」
「怨霊の仕業、とでも言うつもりか? 画家に殺されたかもしれない貴族だかその娘だかの……」
「実はその画家、『錬金術師』だったらしいんだ」
「錬金術……?」
といえば、卑金属から貴金属を……つまりは金をつくりだすという、
「俗に言うとそんな感じだね。その思想の本質は、世界の真理を解き明かすこと。オカルトだと笑い飛ばすことが出来ないのは、錬金術師が僕らの世界の現代科学にも大きな影響をもたらしていたということだ。かのアイザック・ニュートンだって錬金術の研究をしていたという」
「その錬金術師がどうしたっていうんだ?」
「錬金術の奥義というものは安易に知られてはならないものらしい。しかし、なんらかの手段で後世に伝達しなければならない。そこで、錬金術師たちはその術の奥義を難解な暗号にして残したというんだ。たとえば、絵画の中のモチーフとして、とかね」
「なるほど。つまり、隠されているのは単なる財宝だけではない、と。しかし、それが不審死にどう繋がる?」
「たとえば、死亡した人々たちはこの絵の中になんらかの暗号、化学式なんかを発見した。それを錬金術の奥義だと思い実験してみたところ……それが人体にとって有害なガスなんかを発生させるもので、絵の持ち主たちはそのために次々と謎の不審死を遂げたんだ」
「面白い仮説ではある。なんの根拠もないが、記事のネタにはなるんじゃないのか」
……この異世界の住人にウケるかは知らないが。アランはこれでも一応、それで稼ぎを得ている雑誌記者だから、面白おかしく読者の気を引く内容には仕上げるだろうが……。
「そう思うだろう? という訳で――エリック、君にはぜひともこの絵に隠された暗号について解き明かしてもらいたいんだ。そういう観察力は君の方が優れているだろう?」
なぜ私が、と言いかける私を「まあまあまあ」と制し、
「眺めるだけさ。どうせ客が来るまですることもないんだ。それまでこの絵を眺めていてくれるだけでいい。何か気付いたことがあれば儲けものさ。何もなくてもそれはそれ、さっきの仮説を記事にする」
「…………」
……まあ、そう言われたら。この世界でも元の世界同様、やってくる仕事はといえば人探しや浮気調査が大半で、それもそう頻度のあるものではない。最悪、稼ぎの上ではアランの方が上の時さえある。私は日がな一日、事務所で退屈を持て余しているだけ――というのはやや認めがたいところだが。一応、この世界の言語や歴史について学ぶ時間に当ててはいるのだが。
「……まあ、眺めるだけだ」
「そうと決まれば、よろしく。僕はここまで徹夜だったからね、しばらく休むことにするよ」
それじゃ、と流れるように事務所の奥に姿を消すアランである。
そうして私は、若い娘を描いた例の絵画と事務所に残されることになったのだった。
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