異世界ミステリー:呪われた絵画連続不審死事件
人生
第1話 呪われた絵画の謎
都市の片隅、その裏通りに構えた事務所に、一枚の絵が飾られている。
豪奢なドレスを着た、若い娘を描いた油絵だ。オレンジみのある鮮やかな赤いドレスが印象的である。
「なんだ、これは」
私が事務所に出てきてみれば、同居人であるアランの姿があった。普段は昼まで寝ているヤツが、午前から起きて事務所にいるのは珍しい。おおかた徹夜でもしたのだろうと思っていたが、今朝はどうやらそれだけではないようだった。
壁に貼られたこの異世界の地図の横に、見慣れないものが飾られていたのだ。
「絵を買ってきたんだ」
……と、アランはその絵に顔を向けたまま言う。腕を組み、きっとしたり顔でもしているのだろう。
私はその後頭部に手近なモノをぶん投げてやろうか、それともヤツが振り返るまでこれ見よがしに頭を抱えてやろうか、一瞬だけ迷った。時間の無駄だった。
どういう訳か異世界に転移してきた私たちは、日々の食費もぎりぎりなんとかなっているといった程度の稼ぎしかない。当然、絵画などに出せる資金はないのだが――それはヤツも百も承知のはずなのだが、それでもこんな訳の分からない美術品に手を出したということは。
「臨時収入でもあったか?」
多少の期待を込めて訊いてみると、
「この絵がそれに繋がるはずさ!」
「…………」
よし、今すぐ返してこい。
「まあ聞いてくれよエリック。実はこの絵にはとあるいわくがあってだね。なんと、持ち主は遠からず死亡するという話なんだ」
「よし、捨てろ。お焚き上げだ」
霊や呪いなど信じない私だが、ここは異世界だ。マジで死にかねん。
「まあまあまあ。これは呪われた絵画としてさる筋では有名らしくてね。魔術師が鑑定したところによると、魔力の類は感じられないらしい。だけど、この絵画の持ち主は次々と不審な死を遂げているというんだね」
しれっと『魔術師』という言葉が出てきたが――ここは異世界。ファンタジーがそのもの現実として存在する、我々の知る地球とは似て非なる文明を築いている別世界である。
この世界には魔法が存在する。ドラゴンもいるし、アンデッドもいる。持ち主を死に至らしめる呪われたマジックアイテムがあったとしても、今さら驚く私ではない。
「でも、マジックアイテムではないんだな、これが。もう一度言うけど、鑑定した魔術師が言うには『魔力の類は感じられない』そうだ。つまり、この絵自体はただの絵なんだよ。にもかかわらず、呪いとしか言いようがない事象が多発している」
「それがどうした?」
「つまりだね、この謎を解き明かせばこの事務所の名を売れるだけでなく――僕の連載コラムの良いネタになるという訳さ。『実録! 呪われた絵画と一晩共にしてみた!』」
「…………」
……まあ、こいつが自分の稼ぎで何かを買うぶんには文句は言うまい。それが将来の稼ぎに繋がるのであれば、今回だけは目をつぶってもいい。しかし、だ。
「……君、騙されてないか?」
「うん?」
「いわくとやらが事実だとしても、君が買ってきたその絵が、その噂の絵画そのものだという保証はないだろう。魔力が感じられない、というのも、それが贋作だからではないのか」
「…………」
おい、目をそらすな。
「そも、仮に噂も品物も本物だとすれば、それなりの値段がするものじゃないのか、こういう芸術品というやつは」
「まあまあまあ。本物かどうかはさておき、肝心なのは呪いの正体だよ。その謎を解き明かすことさえ出来ればいいのさ。という訳でエリック、考えてみようじゃないか」
「君な……」
いったい、いくらしたのかは知らないが――まあ、依頼人が来るまでの暇つぶしくらいにはなるだろう。
「この絵についてのいわくを説明しよう。なんでも、とある貴族が自分の娘を描かせたものらしいが……ここに一つ、いわくがある。描かれている人物と、モデルになった人物は別人らしいんだ」
「……というと?」
「描かれているのは妹の方で、モデルになったのはその姉だという。つまりどういうことかというと、
姉の立場になってみれば、あまり良い気分はしないだろう。
「貴族は毎晩のようにこの絵を眺めながら酒を飲み、娘の思い出に浸っていたという。するとある日、突然死んでしまった」
「ふむ」
酒で肝臓でも悪くしたか。悲しみのあまり自ら命を絶ったのか。まあ、いくらでも邪推はできる。しかし、本題はそこではない。
「それからなんやかんやあって、この絵は他の人間の手に渡った。先の貴族のように夜な夜な絵を眺めていたその人物もやはり、ある日突然死んでしまったという。半狂乱になったかと思うと、窓から身を投げ出したそうだ」
……不運な事故、あるいは別の理由からの自殺と解釈できる。
「夫が妻を殺し、自らも命を絶ったりとね」
……男女の問題である。妻の不倫を疑った夫の暴走。良くある話だ。
「そんなことが何回か続いて、この絵は呪われた絵画として有名になった訳だ」
それら偶然の積み重ねがやがて「呪い」として語られたのだろう。
「まず疑問なんだが、どうしてみんな、夜な夜なこんな絵を眺めていたんだ」
「こんな絵、なんて言ってると君も今に呪われるぞう。よく見てみなよ、美しい少女の絵だろう? エンタメに乏しい異世界なんだ、独り身男性の晩酌のお供にちょうど良い感じなんじゃないかな」
「そういうものか」
絵画の良し悪しはよく分からないが、なかなかリアルな人物画だ。前面の若い娘に目を引かれてしまうが、その背後にも様々なモチーフを窺わせる――
その時。
「……?」
娘の瞳が動いた……気がした。
「まあ実際のところ夜な夜な眺めていたかは知らないけどね、代々の持ち主たちにはこの絵をじっくり観察する理由があったようなんだ」
「まだ何かあるのか」
……変な話を聞かされたせいだろう。プラシーボ効果というやつだと気を取り直し、絵からアランへと視線を戻す。
ヤツはにやりと笑った。
「実はこの絵には、例の亡くなった貴族の遺産の在処が記されているらしいんだ」
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