異世界ミステリー:呪われた絵画連続不審死事件
人生
前編 呪われた絵画の謎
一枚の絵が飾られていた。
豪奢なドレスを着た、若い娘を描いた油絵だった。
オレンジみのある鮮やかな赤色が、とても印象に残る――それ以外には特にこれといって変哲もない、西洋風の肖像画。
しかしその絵を見たものは、遠からず死に至るという――
そんないわくをもった絵画が、そこにはあった。
二十一世紀の地球から、ある日、中世レベルの文明を持ついわゆる「異世界」に転移してしまったふたりの青年。
自称探偵のエリックと、その同居人で作家志望のアラン――「異世界」に合わせてそう名乗ることにしたふたりは、アランの「異世界知識」を用いてなんとか日々を生き延びてきた。
そうしてこつこつと努力を重ね、ついに首都の片隅で『探偵事務所』を開業するに至ったのである。
……とはいえその実態はといえば、いわゆる「なんでも屋」、商業ギルドの倉庫清掃および整理から荷物の運搬、店のビラ配りまで、人手が欲しいと頼まれればなんでも請け負う便利屋稼業。
「大それた事件とはまったくの無縁。つまりその日暮らしで精いっぱい、毎日ほとんど肉体労働で事務所に帰ればすぐに寝る。趣味も何もあったものじゃない――」
作家志望の方はともかく、自称探偵のエリックとしてはまったくもって不本意な毎日、そのなかでも唯一の誇り、なんとか首都の片隅に借りることの出来たこの住居。
いちおうの『探偵事務所』であるそこに、おおなんということだろう――
「なんだ、これは」
私が事務所に出てきてみれば、同居人であるアランの姿があった。普段は昼まで寝ているヤツが、午前から起きて事務所にいるのは珍しい。おおかた徹夜でもしたのだろうと思っていたが、どうやら今朝はそれだけではないようだった。
壁に貼られたこの異世界の地図の横に、見慣れないものが飾られていたのだ。
「絵を買ってきたんだ」
……と、アランはその絵に顔を向けたまま言う。腕を組み、大方したり顔でもしているのだろう。
私はその後頭部に向かって、何か手近なモノをぶん投げてやろうか、それともヤツが振り返るまでこれ見よがしに頭を抱えてやろうか、一瞬だけ迷った。時間の無駄だった。
どういう訳か異世界に転移してきた私たちは、日々の食費もぎりぎりなんとかなっているといった程度の稼ぎしかない。
そんな訳で当然、絵画などに手を出せる余裕はないのだが――それはヤツも百も承知のはずなのだが、それでもこんな訳の分からない美術品に手を出したということは。
「……臨時収入でもあったのか?」
多少の期待を込めて訊いてみると、
「この絵がそれに繋がるはずさ!」
「…………」
よし、今すぐ返してこい。
「まあ聞いておくれよ、エリック。実はこの絵には、とあるいわくがあってだね。なんと、持ち主は遠からず死亡するという話なんだ」
「よし、捨てろ。お焚き上げだ」
霊や呪いなど信じない私だが、ここは異世界だ。マジで死にかねん。
「まあまあまあ。これは呪われた絵画として、さる筋では有名らしくてね。魔術師が鑑定したところによると、魔力のたぐいは感じられないらしい。だけど、この絵画の持ち主は次々と不審な死を遂げているというんだね」
しれっと『魔術師』という言葉が出てきたが――繰り返すが、ここは異世界なのだ。
ファンタジーがそのもの現実として存在する、我々の知る地球とは似て非なる文明を築いている別世界なのである。
そして、この世界には魔法が存在する。ドラゴンもいるし、アンデッドもいる。持ち主を死に至らしめるという、呪われたマジックアイテムがあったとしても、今さら驚く私ではない。
「でも、マジックアイテムではないんだな、これが。もう一度言うけど、鑑定した魔術師が言うには『魔力のたぐいは感じられない』そうだ。つまり、この絵自体はただの絵なんだよ。――にもかかわらず、呪いとしか言いようのない事象が多発している」
「……それがどうした?」
……まあ、多少興味がないでもない私だが、ここでそれを顔に出せば、ますますアランが調子に乗るだろう。
「つまりだね、この謎を解き明かせば、この事務所の名が売れるだけでなく――僕の連載コラムの良いネタになるという訳さ。『実録! 呪われた絵画と一晩共にしてみた!』」
「…………」
……こいつが自分の稼ぎで何かを買うぶんには、文句は言うまい。それが将来の稼ぎに繋がるのであれば、今回だけは目をつぶってもいい。しかし、だ。
「……お前、騙されてないか?」
「うん?」
「いわくとやらが事実だとしても、お前の買ってきたその絵が、その"うわさの絵画そのもの"だという保証はないだろう。……魔力が感じられないとかいう話も、それが贋作だからなんじゃないか?」
「…………」
おい、目をそらすな。
「そも、仮にうわさも品物も本物だとすれば、それなりの値段がするものじゃないのか? こういう芸術品というやつは特に、そういうストーリー性に価値が発生するものだろう」
「……ま、まあまあまあ! 本物かどうかはさておき、」
……いったい、いくらしたんだ?
「肝心なのは呪いの正体だよ。その謎を解き明かすことさえ出来ればいいのさ。という訳でエリック、ちょっと考えてみようじゃないか! 毎日肉体労働ばかり、たまには頭を使わないときみの灰色の脳細胞も退化しちゃうよ?」
「お前な……」
呪いよりもおそろしい現実的問題に頭を抱えたくなったが、実際問題として、品物は既にここにある。偽物をつかまされていたとしたら、売った相手は既に姿を消しているだろう。そうでなくても、返品返金は絶望的だ。
知り合いの商人のツテを辿れば、なんらかのかたちで換金できるとして――その工程を考えるだけで気が重くなるのだが。
こうなってしまったものは、仕方がない。
……せっかくだ。少しくらい付き合ってやってもいいだろう。
「じゃあ、気を取り直して――この絵について説明しよう。なんでも、とある貴族が自分の娘を描かせたものらしいんだ」
豪奢なドレス姿をした、若い女性の肖像画。
バストアップに描かれており、その女性の姿以外に描かれたものはない。背景はドレスの色と同じ、オレンジがかった赤色だ。
額縁は木製で、これといった装飾はない。先日の商人ギルドとの仕事で美術品をいくつか見かけたが、そちらと比べると実に質素だ。ますます「本物」かどうか疑わしく感じる。
……絵画について詳しくはないが、私たちの元いた世界の「西洋画」と大して変わらない印象を受けた。絵自体の良し悪しについてもよくは分からないものの、まあ人物画としてはありふれた感じだ。
「……ここに一つ、いわくがある。描かれている人物と、モデルになった人物は別人らしいんだ」
「……どういうことだ?」
「貴族には娘がふたりいて、描かれているのは妹の方なんだけども、この絵のモデルになったのはその姉だという」
いわくつきの絵画といえば、絵のモデルとなった人物に何かあるというのが定番のパターンではある。
「つまりどういうことかというと、
それだけでも絵の価値をつくる「ストーリー」として、多少は成立するだろう。
「貴族は毎晩のようにこの絵を眺めながら酒を飲み、娘の思い出に浸っていたという。するとある日、突然死んでしまった」
「ふむ。突然だな。小説家志望のくせに、なんの脈絡もない」
「うるせいやい」
酒で肝臓でも悪くしたか。悲しみのあまり自ら命を絶ったのか。まあ、いくらでも邪推はできる。しかし、本題はそこではない。
「ともかく……それからなんやかんやあって、この絵は他の人間の手に渡ったんだ。先の貴族のように夜な夜な絵を眺めていたその人物もやはり、ある日突然死んでしまったという。半狂乱になったかと思うと、窓から身を投げ出したそうだ」
……不運な事故、あるいは別の理由からの自殺と解釈できる。
「夫が妻を殺し、自らも命を絶ったりとね」
……男女の問題である。妻の不倫を疑った夫の暴走。良くある話だ。
「そして極めつけは、火事だ。絵の持ち主の家は全焼、持ち主も当然死亡。にもかかわらずこの絵だけは無事だったとか……」
火事にもかかわらず、燃えずに残った絵。火事現場で常に見つかるという呪われた絵の話。そういう怪談は元いた世界でも聞いたことがあるし、そしてそれにはいちおう現実的な仮説が立てられていたはずだ。
「そんなことが何回か続いて、この絵は呪われた絵画として有名になった訳だ」
それら偶然の積み重ねがやがて「呪い」として語られたのだろう――と、私は考えるのだが。
とりあえず、質問してみるか。
「まず疑問なんだが、どうしてみんな、夜な夜なこんな絵を眺めていたんだ」
「こんな絵、なんて言ってると、きみも今に呪われるぞう。……よく見てみなよ、美しい少女の絵だろう? エンタメに乏しい異世界なんだ、独り身男性の晩酌のお供にちょうど良い感じなんじゃないかな」
「そういうものか――」
と、改めてその絵に目を向けた時だった。
「……?」
娘の瞳が動いた……、気がした。
……何かの見間違いだろう。あるいは無意識のうちに、プラシーボ効果というやつにでもかかっていたのかもしれない。
「まあ実際のところ夜な夜な眺めていたかは知らないけどね……どうやら、代々の持ち主たちにはこの絵をじっくり観察する理由があったようなんだ」
「まだ何かあるのか」
……変な話を聞かされたせいだろうと気を取り直し、絵からアランへと視線を戻す。
ヤツはにやりと笑った。
「実はこの絵には、例の亡くなった貴族の遺産の在処が記されているらしいんだ」
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