ヤンデレ女神のエイムが悪い。

棗御月

第1話



『ああ、勇者様! 今回も!』

「俺は勇者でも英雄でもなく一般人! このやり取り100回目くらいなんだけど⁉︎」

『正確にはまだ78回目ですね。はっ、私との時間をそこまで濃厚に感じてくれてる……⁉︎』

「ちっげぇわ! くそ、相変わらず無駄にポジティブ……!」


 拝啓、同じ地球の、同じく一般人の皆様。

 皆様は死が文字通り鼻先を掠めたことが何回ありますか?

 私はだいたい78回です。


 いやん、褒められちゃった、と目の前で腰をクネクネさせている天上天下最高級美少女にしか見えない存在が神です。一般的なイメージに反して黒髪だし思ったより背が低いし日本語しか話せないらしいけど、どうやら神です。

 3回目くらいからだんだん慣れてきて威厳とか感じなくなってきました。


 そしてここは、漫画とかでよくある精神世界っぽいなんか白いところ。俺とこの神しかいない。他の存在がいたことはないし、夢を見ている時なんかに呼ばれるから逃げられるわけでもない。

 不可思議体験以外のなにものでもないけど、慣れたら日常だ。


「で、今日はなに? あんまりここにいると眠りが深くなりすぎて起きた時に頭痛くなるんだよね」

『そうだった、忘れるところだった! ねね、なんで避けるの?』

「前も言ったけど、避けてる自覚はないんだってば」

『避けようとしなくて神様の攻撃を避けれる人なんかいないと思うんだけどなぁ』


 むーん、と悩んでいる女神様をさておいて、今日の下校中を思い出す。

 何事もなく学校生活を送り、何事もなく友達と別れて帰路に着く。家に近づき、人通りも減ってきたあたりの道でソレは起きた。


 青信号になり、道を渡ろうとする俺の目と鼻の先を爆速で通り抜ける大型トラックに轢かれかけたのだ。

 あと一歩前だったら、あとほんの少し運転手がハンドルを切っていたら、もしどこかのボタンが掛け違っていたら今頃はアスファルトの血染みになっていただろう。

 当たり前だけど、前方不注意だったわけでも音楽を聴いたわけでもなんでもない。某猟犬所属の蛇ほどではないにせよ気を張っていたにも関わらず、ほんの一瞬の意識の隙間に突っ込んできた。

 偶然生き残っているだけ。


 そして、自白している通り下手人はこの目の前の女神だ。


『神様の奇跡で許される範囲内で狙撃するのも大変なんだよー。素直に殺されてよー』

「神様の奇跡を使ってやることが俺の殺害なのはどうかしてると思うんだけど」

『どうかしてないもーん。愛ゆえだもーん』

「おっそろしい愛だなぁ」


 本当なのかは分からないが、どうやらこの女神界隈でのシステムは日本っぽいのとギリシャ神話っぽいのを併用した感じらしい。

 つまり、わりと普通に人と神様が絡むし、わりと奇跡は起きるし、ついでに神様が人になったり人が神様になったりする。人間が知らなかったり気がついていないだけで、ポンポン人事交換が起きるから木端の神様でも大変なんだとか。神様が自分のことを木端と呼ぶのは大丈夫なのかな?


 ざっくりまとめると。

 "不幸な神様のイタズラに巻き込まれちゃったから仕方ないよね"というガバガバな論法で、どうにか俺をぶっ殺して同じ位階に引き上げようとしているらしい。

 まあ、意図せず何回も避けているからこうやってお叱りのお呼び出しをされているんだけど。


「てか、神様の奇跡の使い方はそれで合ってるの? 上司に怒られたりしない?」

『私、担当区域の世界はちゃんと管理してるもん。世界の存続がやばい時のヘルプも結構いくからおじさまの神様たちには可愛がられてるから大丈夫だよ』

「ナチュラルに話のスケールがでかいし大丈夫な理由がコネじゃん」

『コネ使えばキミと一緒になれるんだったら使うに決まってるじゃん』


 普通でしょ、って顔をされると非常に困る。おかしな発言やボケなら突っ込めるけど直球には弱いんだ。

 方法が大いに俺の常識と噛み合わないだけで根底の気持ちはすっごく理解しているし。


『ちなみに、今キミが寝ている部屋の本棚が偶然グラついて倒れかかってます』

「ちょっ──⁉︎」

『…………チッ、机に引っかかって狙いがずれた。また無傷かぁ……変に苦しめたくないから痛みにくい方法でさっくり殺してあげたいんだけどなぁ』

「意識を奪った上で確実に獲りに来られるの怖すぎるんだけど⁉︎」


 ほら、と見せられた現実の方のライブ映像では、倒れた本棚と散らばった書籍で自室が酷いことになっている。

 狙いは僅かにズレて耳の毛を掠めるだけに留まったらしい。

 めでたしめでたし、じゃないんだよな。両親が俺の部屋に飛んできたっぽくて、急速に意識が浮上していくのを感じる。今日はここまでだろう。


『またね』

「女神さんや、俺は別に普通に夢の中で会うだけでも満足しているんだけど」

『キミはそうかもしれないし、キミの意思も尊重はしたいんだけどね。やっぱり待ちきれないんだぁ、キミが死ぬの』


 笑って手を振る女神。

 表情や優しげな手振りとは裏腹に言っていることが怖すぎる。


 小さくため息を吐き、目を閉じる。

 すぐにあの世界の雰囲気は離れていって、すぐに心配そうに呼んでくる声が聞こえてきた。


 目を開けて言葉を交わす。

 不思議と割れもしてなければダメになった本もない。倒れた理由は当然のように不明で、全員無事ではあった。

 あの女神様とした約束が守られていることを確認してそっと胸を撫で下ろす。


 倫理観や常識が吹き飛んでいようがあれは女神様で。

 どうやら間違いなく、本気で愛されているらしい。



◇ ◇ ◇



 朝。

 昨晩に倒され、30分くらいかけて復旧させた本棚は昨日までとほとんど変わらない様子に戻っている。漫画の順番や飾ってあったものの位置が少し違うけど気にしていたらなにもできない。

 下手したら明日の夜も倒されるだろうし。

 布団を剥いだら洗面所に向かう。


『いつも通り最初は顔を洗うんだね』

「……」

『どしたの? 洗わないの?』


 顔に水をぶっかける。まだ寝ぼけているのかもしれないし、寝起きで目が掠れているのかもしれない。ドライアイだったり寝起きだったりすると見え方が変になるよね。

 バチャバチャになった顔をタオルで拭く。


『タオルで顔をゴシゴシするとお肌に良くないらしいよ?』

「…………なんでいんの?」


 昨日までは夢でしか出てこなかったのに。超常現象に命を狙われるのはともかく、この夢は自分の内なる変な願望が出てきたのかも、と思い込むことで墓場まで持って行こうと思っていたのに。

 なんでだか分からないけど、女神様が鏡にだけ写ってる。


『夢の時間だけだと寂しいじゃん。昨日は中断しなきゃいけなかったし』

「8割は君のせいだと思うけど……ってか、洗面所で独り言を言ってたら家族から怪しまれそうで怖いし止めていい?」

『ええええ〜⁉︎ せっかくの朝なのに! 見てるだけじゃなくてお話もできるようになったのに!』

「どうせ今までも見てたんだろうし、鏡とかじゃないと見えないだけでついてはくるんでしょ?」

『それはもちろん』


 つまり、学校にいようが自室にいようが友達と遊んでいようがこの女神様はついてくる。

 しかも鏡とかみたいな反射物以外には映らないっぽいからいつでも会えるわけでもなく、ほとんどの時間は女神様の方から一方的に見られるだけという。気が休まる時間がない。

 洗面所から出る。用意してもらっていたご飯をたべ、着替えをし、親と挨拶をしている時間もなにかにつけ声をかけてきた。当然のように俺以外には聞こえていないようだから正直頭がおかしくなりそうだ。


 荷物を持ち、ふと気になって玄関の姿見を覗き込む。


『ここで服装チェーンジ! ね、ね、どう? どう?』

「……似合ってるけど」

『やたっ』


 なぜか俺が通っている学校の女子用制服にチェンジした女神様が見える。黒髪なせいで妙に似合うのがムカつくというか、なんというか。

 嬉しそうに無音でぴょんぴょんしてる。


「行ってきます」

『行ってきまーす!』


 家を出る。

 角を曲がり、何気なく踏み出した足の下にあったマンホールが抜けた。


「あっぶねぇ……!」

『むぅ、これは会心の出来だと思ったのに』

「普通に今世紀最大級に情けなく死にかけたよ、うん」


 もし反射的に残っている足に力をこめて飛んでいなかったら落ちていたと思う。

 暗くて深いマンホール下に落ちていたらどうなっていたことか。とりあえず管理会社か市役所っぽいところに連絡入れるけど、たぶん神様の不思議パワーで奇跡的にすっぽ抜けただけだからたぶん普通に嵌められる気がする。

 しかるべき場所への連絡を終えてため息をひとつ。


「マンホールが抜ける奇跡で殺された人間でも神様になれるのかな」

『それはまあ、こうちょちょいっとしたらいけるから』

「そんなに緩い制度で大丈夫なんかな……」

『ちなみに私は今キミの首筋に吸い付いてまーす。きゃあ、オトナ!』

「どうせ口でも狙って外したんでしょ」


 どこからともなく重量鉄骨が飛んできて2秒前まで自分の足があった場所に突き刺さった。

 飛び散ったアスファルトの飛沫が痛い。


「殺意のインフレが尋常じゃなくない⁉︎」

『しーらなーい。今のも外したわけじゃないし。記念すべき80回目に大外しなんかしてないもーん』

「そうですかぁ……」


 たぶんだけど首筋に噛みつかれてる。ちょっと寒気がするんだよね。

 その後も周囲に人がいようがいなかろうが声をかけてくる女神様に適当に返答をしたりしなかったりしながら登校をする。

 教室にたどり着くと、クラスでも快活さと可愛さで人気の咲良さんが声をかけてきた。


「おはよー! ね、ね、昨日のあれ見た?」

「見た見た、途中の天然が出たところで笑っちゃった」

「わかるー! 思わずおっきな口開けて笑っちゃってさー、ちょっと恥ずかしかった」


 にしし、と可愛らしく笑って友達のところに駆けていった。相変わらずの天真爛漫さと可憐さだ。


『う わ き も の』

「……怖いし返答できないから教室では話しかけないでってば。浮気でもないし」

『鼻の下伸びてた! カワイイ子に声をかけられて喜んでた!!』

「それは……仕方なくない?」

『私だって可愛いのに』

「あのね、どれだけ可愛かろうがね、積極的に不意打ち上等で命を狙ってくる相手になにも思うことなんてできないんですよ」

『こっちに来た後なら狙われないよ?』


 すごい、ナチュラルに話が通じないというか、単純に怖い。


「あのね、何度も言うけど俺は勇者様でも英雄でもないし、普通に生きれるだけでも嬉しいんだけど」

『それは知ってるよー。でも、私がキミと今すぐにでも一緒になりたいのも知ってるでしょ』

「文字通り死にそうなくらいには知ってるけども」

『じゃあ素直に喰らってくれたらいいじゃん』

「あのね、避ける間もなく外れてるんだよね」


 昨晩の本棚に続き鉄骨も外しておいて俺が避けていることになってるのは変じゃない?

 食らいにいこうと考える間もないものばかりで攻撃をされてるし、気がついた時には危機一髪で生還してるんだよ。俺の意思は全く介在してないんだよ。


『あーあ、悲しくなっちゃった。本日は雨でーす。私の涙がキミの周囲に集中的に降り注ぐでしょう』

「マンガでしか見ないような神様レベルの雨男が神様の手で達成されちゃったよ」

『そんな楽観的なふうにして流そうとしてもダメだから! 絶対にびっくりさせるから!』


 はいはい、と流して席に着く。

 この周辺にはほとんど反射物がない。つまり女神様の姿も見えないわけで。声は否応なしに聞こえてくるんだけど、周囲の同級生も増えてきたし反応するわけにもいかない。

 どれほど騒がれようが、首に腕を回して抱きつかれているような感覚があろうが、咲良さんの方を見て威嚇をする声が聞こえようが反応するわけにはいかないわけで。

 普段と違って妙に気を使うから大変だった。こっちが反応できなかろうが平気で話しかけてはくるし。


 後半に至っては、やれ筆談できるでしょ、やれ手話を覚えて、となんとしてでも会話をしてきたのが本当に大変だった。



◇ ◇ ◇



「マジかよ……」

『ふふーん、だから言ったでしょ? 驚くって』

「こんな濁流レベルの大雨と雷を降らせてくるとは思わないじゃん」


 学校の玄関口の先に小さな川でもできたのかっていうレベルで水が流れてる。靴のゴム部分は全部埋まるんじゃないかっていう、予報からめちゃくちゃ外れた大雨だ。

 同じく帰宅部の人たちが出入り口で騒いでいる。ほとんどの人は止むまで待とうとしているっぽい。

 当然だよね。雷も鳴ってるし、不思議なことに2階とかから見たら少し遠くの場所は雨が降ってるようには見えないわけで。他の人はそうするのが最適解だろう。

 でも。


『行こ?』

「オッケー」


 俺だけはこの雨の中に踏み出していかないといけない。そうしないとこの雨は止まないだろうし。

 先生にどうしても帰らないといけないと伝え、ビニール傘を借りる。めちゃくちゃに心配されつつも一歩を踏み出した。


 出入り口のガラス。地面を流れる水。そして、降ってくる最中の雨。

 全ての反射物に女神様の姿が映り込んでいる。特に雨に反射した時は画像の揺らぎみたいになるせいでナチュラルにホラーっぽさがある。

 でも、女神様は笑顔で相合傘を求めてくるだけ。


『ねー、雷って傘とか木に落ちやすいはずだよね?』

「そうだね。高いものに落ちることが多いはず」

『じゃあなんでキミには当たらないの⁉︎ もう結構撃ってるはずなんだけど!』

「だろうね……」


 こっちがなにかをしているわけじゃない。ただ歩いているだけ。

 でも、たぶんこの女神様は俺になにも当てられない気がした。根拠はそれだけだし、たぶんこの根拠だけでも踏み込んでいける。というかそれがなかったら怖すぎて学校に篭っていただろう。

 隣で騒ぎ、怒り、どうやってか雷で殺さんと狙っている女神。

 きっと彼女は当てられないという、謎の信頼だけが踏み出させてくれた。


「ね、女神様」

『なにぃ、今集中しているんだけど!』

「やっぱりこうやってお話ししているだけで結構楽しいんだけど、女神様はそれじゃ嫌?」

『嫌! 足りない! 浮気するし!』

「浮気じゃないんだけどなぁ……」


 うがーっと怒り散らかしている姿を見るとなぜだか安心する。

 今まさに命を狙われているということを忘れるくらいには心地良い。次の瞬間には雷に撃たれているかもしれないし、トラックに襲われているかもしれないし、重量鉄骨がなんの関係もなく降ってくるかもしれない。

 でもきっと大丈夫だという、謎の確信がある。


「俺と一緒に生きて、俺が死んでからじゃダメなの?」

『ダメだよ、だって私は死んじゃってるんだもん』

「一緒に生きたらいいのに。他の人の理解はもらえないかもしれないけどさ」

『そうやってキミと過ごして満足したら私だけ消えちゃうもん。それは嫌』

「だから心残りで縛られてでも一緒にいたいんだ」

『そうだよ』


 そっかぁ。


「じゃ、まだ死ねないなぁ」

『なんでよぉ』

「満足したら消えちゃうからダメなんでしょ?」

『そう! ずっとキミと過ごす!』

「じゃあ俺はなんとしてでも寿命で死なないとね」


 むう、と不満そうな顔を見せる。

 少し膨れた頬を無遠慮に掴んで。


「好きな子を満足させないまま死んだりしたらこの世界に縛られちゃいそうだもんね」


 頬を掴まれながら目を白黒させている。

 なにを言われたのかすぐには理解できなくて混乱しているらしい。


『〜〜〜〜⁉︎』

「あ、復活した」

『ね、今の! 今のもっかい言って!』

「やーだー」

『もっかい! 一回でいいから! ねぇ!』


 雨は止んだらしい。

 蜘蛛の切れ間から刺す光のせいで見えたり隠れたりしながら女神様が跳ね回る。

 飛びつこうとして、目測を誤って、地面に突っ込みそうになるところを捕まえた。恥ずかしそうに頬を掻きながら腕に抱きついてくるのを受け止める。


『ね、ね、私も好きだよ?』

「はいはい」


 ノーコン女神様がどうやって神様の気持ちを射止めてこの猶予時間をもらったのか。

 それくらいは聞き出さないと死んでも死に切れない。


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ヤンデレ女神のエイムが悪い。 棗御月 @kogure_mituki

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