苺はいずこ

 次に焼くのはショートケーキ。

 父への差し入れも兼ねた、新作開発だ。


 さらにロティと共に市場へお出かけでき、ワクワクすることばかりでレミアの足取りは軽やかだった。


 羽があればそのまま飛んで行けたかもしれない。

ついでに言えば、屋敷をこっそり出るのももっと簡単になったことだろう。



「……しかし、相変わらずお前は一人で出歩くのか」


 屋敷を出て、王都の中心へと続く道を進む途中。

 人通りが多くなる前に、ロティは気になっていたことをレミアに投げかけた。


「ふぇ? ロティさんいますよ、一人じゃないですよ」

「俺はお前のお守り役じゃない。

 仮にも貴族なら、護衛くらいつけたらどうなんだ」

「だ、だって、ロティさんいますし……」


 苦言を呈され、反射的に全く同じ言い分を繰り返すレミア。

屋敷の者に言わず出てきているから、護衛がいないのも当然と言えば当然ではある。しかしそれ以上にロティへの無条件の信頼がとても厚い。

あまりにも厚すぎて、ロティが不審に思うほどだった。


「お前に用がある小悪党には手を出さんぞ。こっちにも来るなら話は別だが」

「そんな寂しいこと言わないでくださいよう……や、でも今は私が雇用主なわけで、従業員であるロティさんを守るべきなのは、むしろ私の方……!」

「……出来もしないことを言うんじゃない」


 レミアはきりっとした表情に切り替え、怪しい者がいないか探し始めた。

彼女なりに厳しい目つきのつもりらしい。しかし残念ながら、全く覇気や威圧感はない。しいて言うなら、かくれんぼで子供を見つけるべく意気込んでいる目だった。


 この娘には熱意以外が抜け落ちている。ロティは以前そう評価を下した。

その熱意が生み出す真摯さや根性など、認めてもいい部分があるのは事実だ。

しかし、相変わらず他の面――特に危機へ対処する能力は、どう見てもその辺の人間と同じか、それより低い。

 身体能力に至っては、おそらく吹けば飛ぶ。


 もっとも、炎の精霊が近くにいれば悪党も警戒する。

そうそう手は出してこないだろうが、だからといってレミアがそのことに安心していると足元を掬われるだろう。


 理由は何であれ、周囲に気を向けているのだから余計なことは言わない方がいいか、とロティは大人しくレミアの一歩後ろについていった。



◆ ◆ ◆



 市場は王都の正門から城へ続く目抜き通りのちょうど真ん中あたり、特に王立広場の出入り口を中心に形成されている。あらゆる階級の人が訪れやすく、商人にとっても品物を持ち込みやすい所だ。


 お昼ご飯を食べに来た人がそれぞれの持ち場に戻る時間帯だったが、それでも木組みの屋台が並ぶ区画は次々と訪れる客で賑わっていた。



「うぅーん、さすが王都の市場です。新鮮なお野菜、果物がいっぱいです!」


 喧噪の中をくぐり抜けて広場まで出てくると、レミアは一つ大きく伸びをした。


 広場には近隣の村から品物を仕入れてきた商人が多く、石畳に敷いた麻布と木箱だけの簡素な店が所狭しと出ている。

 色とりどりの作物が出迎えてくれる様は中々の壮観だ。


「人が多いな……さっさと必要なものを揃えて戻るぞ」

「そうですねえ。ロティさん、人がいっぱいのところは苦手ですか?

 実は私もです」


 レミアがそう言うと、ロティは心底意外そうな顔で彼女をまじまじと見た。


「お前は、人混みを生み出す側じゃないのか……?」

「そそ、そんなことありませんよ、確かにお店が繁盛するのは嬉しいですけど!

 あんまり人が多いとこう、楽しいけど気疲れしちゃうんです」


 とんでもない誤解だと言わんばかりに、懸命に言い募るレミア。

 それでもまだロティの目が疑わしそうだったので、訴えかけるようにじいっと見つめ返す。分かってくれるまで瞬きしない、と決意を込めた瞳だ。


 視線を合わせることに耐えきれなかったのか、ロティはさっさと目を逸らした。


「俺は楽しくもならん。

 そもそも人間とは種族も違うしな。そこへ混ざる理由がない」

「言葉が通じてても、やっぱりそこは違うって思っちゃうんですねえ……。

 ちょっぴりさみしいような、でも無理強いするのはよくないような……」


 以前もロティは人の目を好ましく思っていない様子だった。

精霊という種族自体にあまり大勢で過ごす習慣がないのだろう。

オロンも、人が多い所に精霊が来ることはほとんどないと言っていた。



「暇があれば魔法使いの歴史でも見てみろ。

 精霊が愛想を尽かすようなロクでもないことが幾らでも出てくるぞ」


 まあ、魔法使いに限った話ではないが、と淡々とした口調で続けるロティ。


 愛想を尽かす。精霊全体が、人間に。


「おおう……もしかして、結構根深い溝があったりします……?」

「そうだな。精霊によっては、すぐさま牙をむく奴もいる。

 そういう奴は人里から離れた所に引っ込んでいるから、まず遭遇しないだろうが」


 つまり、人間に対して非常に敵対的な精霊ということだろうか。

初対面の時、ロティには追い払われるだけで済んだ。

しかしこうして協力してくれるようになるまで大層渋い顔をされ続けたのも事実だ。

なんなら一度周りを火柱で囲われた。


 それよりも過激な対応をする精霊がこの世界にはいる。

ロティたちのような精霊を想像していたレミアには、思いもよらないことだった。


「なるほど、穏やかじゃない精霊さんもいるんですねえ……」

「他人事じゃないぞ。

 お前も相手を間違えていれば、そいつらの餌食だったというわけだ」

「ロ、ロティさんでよかったです、はい!」


 こうして共にいてくれる辺り、ロティはまだ友好的な方なのかもしれない。

愛想を尽かした側の精霊たちには、出会わない方がお互いにとって幸せなのだろう。


「……でもやっぱり、ロティさんがちょっとずつでも好きになってくれると嬉しいです。人間のことも、私のことも」

「まともな常識を身につけてから言え」

「くすん、道のりは険しい……」


 いつになくしんみりと呟いたレミアだったが、返って来たのはいつも通りのつれない言葉だった。



 気を取り直し、本来の目的である苺を探し始める。

赤い果物はいくつか並んでいるが、苺らしきものは見当たらない。

いくつか店を覗いても全く見つけられなかったので、レミアは意を決して店主に尋ねることにした。


「すみません、苺って今売ってますか?」

「苺? 悪いね、うちは農家が作ってるものしか扱ってないんだ」


 果物を美味しそうに見える角度に置き直していた店主が、レミアの方を向く。

 彼が一瞬ぎょっとして手を止めたのは、レミアから数歩離れた所にいる精霊らしき男、すなわちロティがじろりと店の方を見ていたためだろう。


「あれ。苺って、農家さんは作らないんですか?」

「そりゃあ、森に行けば採れるようなものだし、王都に住む人たちの口には合わないからねえ」


 店主からの回答に、レミアは目をぱちくりさせた。 


「かじって頬張ると甘酸っぱさが口いっぱいに広がる……そんなジューシーな苺が、お口に合わない……?」

「かじって頬張る? そんなに大きい苺は聞いたことがないなあ。

 親指の爪くらいの大きさしかないと思うよ」

「ん、んん? 私が知ってる苺って、いったい……?」


 どうも店主と話が噛み合わない。

森で採れて、親指の爪ほどの大きさ。それだと木苺の特徴だ。

店主が言っているのは木苺のことなのだろうか。


「もういいだろう。店で扱わない以上、この辺で探しても見つからん」

「そ、そうみたいですね……すみません、ありがとうございましたー」


 店主に礼を告げ、その場を離れる。



 市場区域を出るまでの間、レミアはひたすら首を傾げて考え込んだ。


「もしかして、私がいつも見ていたのは品種改良されて大きくなった苺さん……?

 それとも、こっちでは小さいのが当たり前……?」


 とにかくこれはショートケーキの危機だ。

お馴染みの苺が使えない、もしくは大きさが違う。

多少の調整は覚悟の上だが、大幅に違うものならばクリームやスポンジの配合もそれに合わせて考え直さなくてはならない。


「お前の言う苺が何かは知らんが、森で採ればいいだろう。

 近いものならそれで済む」

「そうですね……こちらの木苺がどんな味なのかもまだ分かってないですし。

 もしかしたら、飛び切り美味しいかもしれないですし!」


 考え込んでいても仕方ない。

 苺がないなら木苺だ。


 ロティが木苺を見かけたという場所へ、今度は彼の案内で向かうことにした。




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