ダンボールハウスのサンプル観察

芳岡 海

ダンボールハウスのサンプル観察

「おかえりなさい、あなた。おふろにする? ごはんにする?」

 まおちゃんが言います。

 なあくんは不思議そうに聞き返します。

「なあに? それ」

「ふうふのセリフだよ。なあくんしらないの?」

「しらなーい」

「おれんちはお母さんのほうがかえってくるのおそいから、そんなこといわないよ」

「カンちゃんは赤ちゃんのやくなんだからバブバブしかいっちゃダメ!」

「ちぇっ」

 カンちゃんは不満そうに口をとがらせます。

 でもこのダンボールハウスはまおちゃんとまおちゃんのパパが作ってくれたものだから、ここではまおちゃんがえらいのです。


 なあくんは、お母さん役のまおちゃんの言うとおりにお父さん役をしています。


 カンちゃんはつまらないのでごろごろと転がってみます。

「あっ、カンちゃん。かってにどっか行っちゃダメだよ」

「バブバブ」

「もー!」

 いひひ、と赤ちゃん役のカンちゃんは笑います。


 それからダンボールハウスの入り口に顔を出して、カンちゃんは外をのぞきました。

 ダンボールハウスはまおちゃんの家の庭に置いてあるので、外に顔を出すと風がそよそよと吹いていました。


「あっみてみて! ひるなのにほしがでてる!」

 カンちゃんが指をさして叫びました。

「えーそんなわけないじゃん」

「ひこうきじゃない?」

「ちがうよー。すごいひかってるもん!」

 カンちゃんの勢いにつられて、なあくんとまおちゃんも外に顔を出します。

「ほんとだあ」

 なあくんはのんびりと言ってくれるからカンちゃんはうれしくなります。

「ひるだからほしじゃないよ!」

 まおちゃんが言うからカンちゃんはちょっと自信がなくなります。でも三人は仲良しです。

「じゃあなに?」

「わかんないよ」

「やっぱりひこうきかなあ?」

「ゆーふぉーかもよ」


***


 うーん、と伸びをして彼は疲れの溜まった体をほぐす。

「どうだい、そっちの進捗は」

 通りかかった同僚が声をかけてきた。

「まあまあ順調なんじゃないかな」

 作成中の報告書を眺めながら彼は答えた。同僚がそれを覗き込む。

「おお、なかなか細かいね」

「そうなんだよ。亜種のいない種族だからシンプルかと思いきや、生態はわりかし複雑だね。今は群れの作り方のパターンをまとめているところだよ」

「群れか。生存戦略としての」

「そう。それが結構複雑。大きな群れの中で細分化した小さな群れを作っている。いくつもの群れを兼任しているらしい」

「友好的だな」

「そうでもない。群れ同士の縄張り争いは常だ」

「兼任しておいて、どうやって縄張り争いをするんだ?」

 おもしろそうな話をしていると見えたのか、同僚がもう一人、話に加わってきた。

「それが複雑なんだ。生殖のための群れと、社会的な統率による群れと、精神的な繋がりによる群れがある」

「精神で呼応するのはなかなか高度な生物じゃないか」

 同僚が言うが、どうだろう、と彼は首を傾げる。そして

「今日観察したこのサンプルがわかりやすい」

 そう言って彼は、報告書と併せて見ていた視覚・聴覚情報を同僚たちに見せた。

「幼体が成長過程で成体の真似をする様子だよ。まず、つがいとその子ども、というひとつの群れを真似ている。それから同時に社会的な群れを真似ている。『シゴト』とかね。その彼らは精神的な繋がりでここに集っている。さらに僅かに上下関係が生まれているんだ」

「幼体に上下の別などないだろう」

 同僚の一人が不思議そうに言う。

「それも真似の一つだろう」

「本能的に上下関係を作る生物なんじゃないか」

「まだわからない」

 同僚たちの意見に彼は肩をすくめてみせた。

「あと意見の合う合わないで群れを作ったり離散する」

「そんなことで?」

「ああ」

「じゃあさっきボクが『幼体に上下はないだろう』ってキミの報告書と違う意見を言ったから、研究室は解散か?」

「いや、もしキミの方が上下関係で下なら、キミが追い出される」

 それは困るなあ、と同僚はおかしそうに笑う。

「なかなかおもしろいね、ニンゲンの観察は。太陽系第三惑星なんて辺鄙な研究だと思ったが」

 同僚は研究所の窓から惑星を見下ろした。恒星の光があたった部分が青く光っていた。この研究所の出張所は、地上からごくまれに光って見えることもあるが、ニンゲンからはその実体を認識することはできない。それは彼らがニンゲンを出し抜いているようなものではなく、そもそも実体の認識の仕方が違うのだから仕方ない。

「彼らは精神で呼応しているのか?」

 もう一人の同僚がなおも興味深そうに彼に聞く。

「そんな高度な繋がりではなさそうだ。この三体も自然発生的にここに集まっている。一日ごとに離散し、また自然発生的に群れる緩やかなものだ」

「そんな不安定な群れにどんな精神の繋がりがあるんだ?」

「つまりこういうことだろうね」

 そう言って彼は報告書に文字を打ち込んだ。そこには(もちろん太陽系第三惑星のホモ・サピエンスの間で使われる言語の一つに訳せば、だが)友情、と書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンボールハウスのサンプル観察 芳岡 海 @miyamakanan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ