目が覚めたら裸で湯船に浸かっていた

清泪(せいな)

危機が一発で済むとかそんな考えは甘いんじゃなかろうか

 鼻の先が冷たい水面に触れた驚きで、オレは目を覚ました。

 バシャっと音が室内に反響する。

 見慣れぬ天井、そして水滴の滴る壁。

 薄緑色の壁を白色の灯りが照らしていて──何一つ見覚えがない。

 何処の風呂だ、ここ?


 自分の家でも無ければ実家でももちろんなく、知人の家、というわけでもない。

 いや、知人の家に泊まりに行くことが無いからそもそも知らないから、だとしたら知人の家である可能性は大いにあるのか?

 だけどオレが泊まりに行くような関係性を築けるようなヤツらとここ最近は会ってないし・・・・・・って、アレ、オレ眠る前に何してたっけ?

 ていうか、いつ風呂に入ったんだっけ?


 とにかく浴槽から出よう、そう考えて立ち上がろうとするものの身体に力が入らない。

 あれ、コレ、ヤバい?


 いやいや、これはアレか。

 もしかすると、アレか。

 夢か。

 夢の中で覚めちゃって、夢と理解しちゃうヤツか。

 ああ、ハイハイ、いつものヤツね。 

 わかるわかる。

 夢と理解しちゃって思い通り動けると思いきや、悪い考えのやつが採用されていくパターンのやつね。

 過ぎったもんね、多分、オレ一瞬のうちに過ぎったもんね。

 これ身体動かなかったら最悪だなぁとか、過ぎったもんね。

 だからこれはつまりそういう一瞬のビビりを採用してしまったパターンの夢ね、ハイハイ。

 わかるわかる。

 何だろうな、これってこうオレが実のところネガティブ思考なとこがあるから見ちゃうのかね。

 やだやだ、そういうの理解しながら見る悪夢とか本当やだわ。


 てかこれ、全然目覚めねぇなぁ。

 身体が動かないうわぁぁぁ、みたいな事になってないからオレ目覚めずだな。

 身体が冷たい感じがやたらリアルなんだけど、寝室冷えてんのかな、暖房つけずに寝たっけ?

 夢で見てる浴室だとしたら、ここどの浴室の影響受けてんだろ?

 ラブホとかじゃねぇし、誰かの家っぽいんだけど、何かのドラマかなぁ。

 妙に頭クラクラしてるから浴室内を見渡すのが結構気持ち悪いんだよなぁ。

 酒飲んで寝たのかな、いや寒いのと合わせるとアレか、風邪か。

 寝てる間に風邪引いたか、風邪引いてぼぉっとしてるうちに寝てしまったか、だなコレは。


 夢の中でなんでこんな現実のオレのこと推理してんだよ、こんな夢のパターン初めてだな。

 たまに考える【夢の中、別世界線のオレ説】がちょっと信憑性増してきてんのか。

 いやだとすると、今のこの夢のオレは別世界線で結構死にかけになってんじゃねぇの?

 え、風呂で身体冷やして死ぬとか、笑い話にならないんだけど。


 頑張れオレ、夢の中のオレ、立て、立ち上がれ!!



 コンコンッ。


 浴室のドアが突然ノックされオレは心底驚いた。

 気持ちだけなら身体は跳ね上がり真っ裸で仁王立ちしてるか、あるいは夢から醒めてうわぁぁとか叫んでるところだ。


 だけど、オレの身体はピクリとも動かないし、声も出せず、ただ微かに息を吐けただけだった。


 返事のない浴室のドアがゆっくりと開かれる。

 視線だけを動かしてドアを開けた人物を見るが、また見覚えがなかった。

 女性。

 年齢だとか見た目の良し悪しとか、そんなことは今は考えられない。

 誰だ、この娘?

 いや、確か、この娘──。


 ああ、ああ、ああああ。

 そうだ、そうだ、思い出した。

 オレ、この娘と呑んでたんだ。

 そうだ、そうだ。

 年明け早々だってのに、いや年明けだからか、年末に完了してなかった仕事が何故かオレに回されてきて長い残業させられたんだ。

 んで、遅くなった帰り、食って帰るにも店が閉まり出してる時間帯、食えたら何でもいいかと入った駅地下の居酒屋で出会った女性。

 そうだ、そうだ、妙に気があって話が弾んで、仕事の疲れもあって酒が結構進んだんだよな。

 楽しかったなぁ、美味かったなぁ。

 んで、えーっと、どうしたんだっけ?


 あ、そうだ。

 ちょっと飲み過ぎたから、このまま付き合わせるの悪いと思って先にタクシー使って帰ろうと・・・・・・したんだよな、確か、いや、多分。


 え、アレ?

 だとするとコレ、夢じゃない?

 ええーっと、帰ろうとしたけど運転手に行先伝えられないぐらい酔っ払ってて、彼女が仕方なく自分ちに連れてきてくれたとか、そういうヤツか。

 うわ、だとするとそんな状態でオレ、風呂借りたってこと?

 しかも、その風呂の中で死にかけになるまで寝てたってこと?

 最悪じゃん!

 うわぁ、ごめんごめん。

 謝るから、ちゃんと謝るからとりあえず助けてくれないかな、オレさ、実は動けないんだよね。

 ってこともまともに伝えれないぐらいヤバい状況なんだよね、返事出来ない感じでわかるよね?


 オレは何とか助けてもらおうと彼女に懇願の視線を送る、多分潤んでる。

 視線に映る彼女は、朧気な思い出の中にある笑顔を浮かべることなく、何かの感情を読み取るには難しい顔をしていて、浴槽の水温のように冷たい声を浴室に響かせた。



「あれ、まだ生きてたんだ?」


   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

目が覚めたら裸で湯船に浸かっていた 清泪(せいな) @seina35

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ