跳躍王

古博かん

樽の内部はこうなっています

 おれの名前はトミー。跳躍王を名乗る男だ。


 かれこれ一九七五年から足かけ四十年以上、大樽から跳び続けてきた。

 もちろん、数多くの危険が伴う仕事だが、子どもたちが喜ぶんだから仕方ない。

 おっと、喜ぶのは何も子どもたちばかりではない。

 酒のお供に、賭け事の余興に、一家の団欒に、時には大人たちの方が全く大人気おとなげなく大はしゃぎしながら、おれの魅力の虜になる。


 とはいえ、おれも慈善事業で跳んでいるわけじゃない。

 時には厳しい罰を与えるし、ファインプレーには恩赦を与えてきた。

 選択肢で迷う優柔不断な連中の最後の一押しをすることもあれば、新たに敷かれたレールのごとしルールに乗ってやることもある。そこら辺は、長年の経験から臨機応変に立ち回ってきた、とだけ言っておこう。


 さて、今日も夕方から出動予定だ。今のうちに、機関部分のメンテナンスをしておこうか。

 安心と信頼の実績は、一日にして成らずだ。というわけで、大樽の内部へ潜る。


「アーホイ、ジョーンズ。調子はどうだ?」


 中枢部には、おれの台座となる巨大な円柱と、その円柱を押し出す強力なバネが稼働している。

 バネは機関の根底部で、今日も伸びたり縮んだりしながらビヨン、ビヨンと面白い音を立てている。このバネこそが、おれの相棒ジョーンズだ。


「ヨーホー。トミーじゃないか、ご覧のとおり万事順調だよ。外郭トリガー野郎の方はどうだ?」


 ビヨン、ビヨンと屈伸しながら、バネと円柱を覆う外郭部分に声をかければ、バチン、バチンと射的中かと思うような音が返ってくる。


「誰に向かって言ってルカ? 捻じ切られたいノカ、バネ野郎」


 ぐるんと勢いよく外郭が回り、鋭利なトリガーが姿を見せた。

 このトリガーの爪が押し込まれた円柱の端に掛かって、バネを押し縮めて反発力に変える。加えて回転可能なトリガーは、毎回その発動位置をランダムに変えられる——というのが、シンプルながら最も重要な機関システムだ。


「リーも順調そうだな」

「アイヤ、顎ひげ。降りて来たノカ。もう時間カ?」


 ウォーミングアップが足りないと言わんばかりにバッチン、バッチン爪を弾き続けるリーもまた、なくてはならない大事な相棒だ。


「いや、まだ十分に時間はある。おれの安全はお前たちに掛かっているんだ、二人とも、今日もよろしく頼む」


 仕組み上、ラウンド中は自由を制限されるジョーンズと、それを押さえ込むリーは何かと反目しがちなのだが、なんだかんだと四十数年来の付き合いがある気の良い仲間だ。

 さて、おれは短剣でも磨くか。

 歴戦のコレクションは全部で二十四本、どの一本が欠けても任務の遂行に支障をきたす。これもまた大事な商売道具だ。


「すーぐ来るぜ〜、ウェラーマンが〜♪ 砂ー糖、紅茶とラム持って〜♪ 仕ー事が、終わったら〜、旅立ちのとき〜♪」


 ご機嫌で歌うのもまたたしなみであり、床を打ち鳴らしてリズムを刻みながら短剣の手入れをする時間も、また楽しいものだ。

 相棒たちも、やれやれといった様子で肩をすくめながらも、気がつくと合いの手を入れている。

 さあ、準備は万端だ。

 いつでも掛かってこい、とことん相手になってやるぞ。


 ピンポーンと明るく鳴り響く玄関チャイムとともに、ドタドタと走り込んでくる元気な足音。「ただいま」と「お邪魔します」が同時に聞こえたと思うと、やや重量のありそうな物音が、どさどさと居間に響いた。


「よーし! 今日のホラゲー実況の順番、誰からにするか決めるぞ!」


「顎ひげ、ぶっ飛ばしたやつ最後な」

「落ちる前にキャッチしたらセーフ判定でもいい?」

「終わんねーじゃん、それじゃ」


 毎度毎度、元気な小僧ガキどもだ。

 リビングテーブルの上にドンっと移動させられて、いよいよ、こちらもゲーム開始だ。


「始まルネ? 顎ひげ、準備はいいカ?」

「おう、セット完了だ。いつでも出られるぞ」

「ったく、この体勢相変わらず、きっちぃなあ」


 所定の位置についたジョーンズが、ギュンギュンに縮こまった状態で愚痴をこぼす。それをほくそ笑んで押さえているのがリーだ。


「最初はグー! じゃんけんぽん!」


 いつも思うが、なぜ大人も子どもも最初にグーを出したがるのか、なぜ一発真剣勝負をしないのか、大樽から顔だけ出して最初の茶番を見守る身にもなってほしい。


「よーし! おっれ、いっちばーん!」


 あいこを六回ほど繰り返して、ようやく順番が結したらしい。握り拳を挙げて揚々と最初の短剣を手にした小僧が、二十四本あるスリットの一発目をぶち抜いた。


「アイヤ! やっちまったヨ!」


 がしょーんと音を立てて解放された反発力。リビングのローテーブルを囲む誰もが、あんぐりと口を開けて視線を上向けた。


「初っ端から、やってくれるじゃねーか、ボウズ」


 開始五秒で最初のひとっ跳びをすることになるとは、今日のガキどもは随分とせっかちと見える。それならこちらも、一発かましておいてやらないとな。

 見よ、これが後方伸身二回宙返り三回ひねり——H難度の技術テクニックだ!

 当然、フィニッシュは両足揃えての一発着地——スッとテーブル天板の上に真っ直ぐ降りた——決まったな。


「こっちも、やっちまったヨ……」

「ちょ、トミー、おまっ! それ、シライ3じゃねーか! 何やってんだよ!」


 大樽の中からジョーンズがゲラゲラ笑っている声が聞こえる。

 そして、バッチン、バッチン爪を弾く音と「黙レ、バネ野郎。うるさいネ!」と叱責するリーの声も漏れてくる。


「立った……。顎ひげが、立った」


 片や、テーブルを囲むガキどもは一瞬静まり返ったあと、わっと歓喜して大はしゃぎだ。


「うぉーっ、まじか! 顎ひげ、すっげー!」

「何回転した、今 !? ヤベェ、神ってる!」

「でも、とりあえず、タカシ実況最後な」

「うわっ、まじで、サイアクじゃん——」


 四者四様に反応を示す小僧たちは、その後も最後の一本を待たずして、ポカスカポカスカ打ち上げまくる。

 キャッチしたらセーフのルールで、終わりの見えないサドンデス勝負に陥り始めた頃、キッチンでおやつの用意をしていた御母堂ごぼどうが、氷のような微笑みと共に現れた。


「タカシ、ゲーム実況もいいけど、その前に宿題は終わらせなさいね? お友達もよ、いいわね?」


 ええ〜と一斉に巻き起こるブーイングも何のその、御母堂は一切動じることなく、おやつとジュースを乗せた盆を卓上に置いて一通り配り終えると、そのまま散らばっていた短剣を一本流れるような手付きで拾い上げ、まだ半分以上残っているスリットの一つを見極めて迷いなく差し込んだ。


 がしょーん、カン、カン、ころころころ。

 予備動作も何もなく、ぶっ飛んだおれは、空気を読んでそのまま横倒しに転がっている。ここで対応を誤ると修正不可能な危機ピンチに陥るのが目に見えている。


「御母堂……相変わらず、容赦ねーな……」

「さすが、ソードマスターはキレが違うヨ」


 大樽の中でも固唾を呑んで見守っているらしい。

 結局、この勝負を最後に御母堂の一人勝ちという決着がついて、ガキどもは大人しくテーブルを囲んで、時々おやつをつまみながらみんなで宿題をやり始める。毎度、純粋に良い子だな。


 ぞんざいに片付けられたおれたちは、にっこりと策士の笑みを浮かべる御母堂の手によって定位置に据えられて、今日の任務を終えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

跳躍王 古博かん @Planet-Eyes_03623

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ