第12話 腹を晒すなかれ
侯爵家でのオークションの後。
オークションで押収した20本のメモリアの
クーはその間もずっと後処理で忙しそうにしており、そして三週間ほど経過したその日。
ブロドとチャスがやって来るとすぐに、クーは執務机から双子の座る机の向かいに腰掛けて口を開いた。
「今日は、あのオークションであったことを整理しようと思う」
原料読みをしない日は、こんな風に情報や調査を洗いながら二人の知識を貸すことがしばしばあった。
証拠品として回収できた記憶の持ち主の特徴が書かれたリストについては、あんな原料読みはブロドとチャスのできないことであると既に報告してあった。
侯爵はあのリストを、20本まとめて手に入れた際に一緒に買ったと言っていたが、売り手の詳細は知らないという。知っていたとしても、何人の仲介があったかわからないので、有耶無耶にはなってしまうだろうけど。
散々原料を読むということは一人称視点の記憶からの推察、ということを説明していたこともあり、クーはこれに関しては疑っていなかった。
だから今日はその後の話なのだろうが、少し様子が違った。
大物貴族を捕らえられたので貴族の間での流通はだいぶ減ったと言っていたにしては、大して喜んでもないし、どことなく暗いような。
ブロドは内心首を傾げていた。
クーは手元に用意していた報告書を読み上げる。
「コーリット侯爵は五カ月前に初めてメモリアを接種。簡単に快楽を得られる美味しい話があると、後ろ暗い仲間に声をかけて、メモリアを集め始めた。君たちが売っていたときの値から何人もの仲介を通すことで、侯爵の手元に届く頃には金額は数十倍になっていただろう。そこで最も効率的な売り方を思いついた」
「……オークションだな」
「その通り。それで、貴族たちを集めて夜会というカモフラージュをし、ちょっと危険な話を好みそうな人間をオークションへ招待した。その結果、メモリア以外の違法ルートから仕入れた美術品なんかも売れるようになった」
あらかた予想通りの話だ。けれど、どう考えても本題はそこではない。
クーは報告書の一部分を目で辿ってから、確かめるように言った。
「で、君たち二人が俺の下で働き始めたのが二カ月くらい前だよね。それまではいいとして、その後、侯爵は一体どこからメモリアを集めたんだと思う?」
「……」
この、探るような視線。ブロドもチャスも、表情を変えずにその問いを受け止めた。
ブロドは、あの祭りの日を思い返しながら、ゆっくりと口を答えた。
「……オレらが、お前に隠れてメモリアを売っていると?」
「そうは言っていない。単純に疑問なんだよ。君たち以外にメモリアを作り出せる人間がいるのかどうか、ね」
「知らない。本当にあれ以来、メモリアは作ってねぇよ」
「証明できるか?」
クーが口先で何と言おうと、結局疑っているのだ。
普段のあからさまに本性を隠した笑みも気に食わないが、こういう時のクーは本当にしつこくて、容赦が無い。
「疑いたいなら疑えよ。けど、オレらだってよくしてくれてる人から記憶奪っておいて、何も思わないほど愚かじゃねぇぞ」
ミラードから記憶を奪ってしまったのは不本意だった。
あんなにも子供を想う気持ちを味わわされて、ミラードの記憶は返したから他の記憶を奪いに行こう、なんてすんなり事は進まない。
今までは完全な他人から奪うからこそ、メモリアを作っても何の罪悪感も覚えなかっただけだった。
「なら質問を変えよう」
そうクーは言うも、この回答に納得していないのは明らかだった。残念ながらこういう時、クーは絶対にただでは退かない。
ああ、嫌な予感がする。
まだ次の質問が飛んでくる前だというのに、この不穏な空気は何だ。ブロドは無意識のうちに机の下で拳を握った。
「例の持ち主の特徴の件。あのリストを君たちが売っていないとすると、やはり他に誰かがメモリアを売っていることになるね。――君たち、いつどこでその力を手に入れた?」
これが、最も恐れていた問いだ。
そもそもクーと出会ってから二カ月、訊かれなかったこと自体が奇跡だったのかもしれない。そのくらい、至極当然の質問だろうに、話題には上がらなかった。
「二人で、逃げ出した日」
「逃げ出した?」
チャスが答える。
恐れていたからこそ、答えを用意しておいた。
「そう。私たちは8歳の時に親元を逃げ出した。その日、お腹が空いて貴族の屋敷に忍び込んだの」
「何でまた逃げ出すなんてそんなこと」
「酷い親だったのよ。そこじゃなくて、その忍び込んだ先で、妖精に会ったの」
「妖精?」
「そう。で、そこでこの力をもらった。その後は、気を失って覚えてない」
クーは顎に手を当て、チャスをじっと見つめる。
「……何故、妖精だと?」
「だってそんな不思議な力を与えてくれるなんて妖精くらいでしょ。しかも、人間とは思えないくらい美しい女性だった」
チャスは、大真面目に頷く。それは、あながち嘘ではないからだ。
あの逃げ出した日、確かに二人は力を得た。そして、気を失った。
「……本当に、妖精を信じているのか?」
「なら逆に聞くけど、この摩訶不思議な力については信じていないの?」
「いや、それは流石に信じてるさ」
「ってことは、この世には人ならざる力もあるってことでしょ。妖精だっているんじゃないの」
そこまで言って、チャスは腕を組んだ。これ以上話すことはないと、態度で示しているのだ。
クーの視線がブロドに移り、ブロドはチャスに同意の意で頷いただけだった。
妖精の力は存在する。記憶を奪う能力は、紛れもなく妖精の力だ。
けれど、その力の根源であるメズは、妖精の血が入っているが人間だ。妖精の末裔だから力があるけれども、既に血は薄まり人間には違いないらしい。
チャスの言う「人間とは思えないくらい美しい女性」というのはそのままの意味の、ただの形容詞である。
メズたち仲間のことは、クーには話さないと決めていた。
どのみち彼らはこの国にはおらず、以前ブロドとチャスがいた隣国の山奥を拠点にメモリアを売っているが、隣国内での話だ。この国にいない人間のことは、いくら政府高官直属のクーだって手の出しようがない。それに、メズたちだって持ち主がわかるような能力は持っていないから、侯爵の件とは無関係のはずだった。
何より彼らはただの商売仲間ではなく、家族同然の存在。クーに言う気にはさらさらなれなかった。
「……わかったよ」
クーはまだ半信半疑だろうが、頷いた。
とにかく、一番話したくない過去については守った。これ以上追及はされなければ万々歳である。ブロドもチャスも、表情こそ大きく変えないものの、肩の力が少し抜けたことが互いに見て取れた。
「じゃあ、この持ち主を特定できることについては、他に似たような力がある可能性も?」
「ないとは言い切れないけど、知らないわね」
「メモリアの受け渡しの際にそういう話を噂でも耳にしたことは?」
「オレらから買いに来ていたんだから、別の売り手の話なんてしねぇだろ」
まぁ、双子が直接売る相手は破落戸かどこかの組織の下っ端。あまり詳細を知らされていないことは、クーもわかっていたのだろう。「ま、それもそうか」とこれについてはあっさりと引き下がる。
そこでタイミングよく扉を叩く音がした。クーが返事をすると、「入るわよ」と名乗りもせずに女が入ってきた。
ブロドとチャスも見知った女性。クーの同僚の中で唯一双子と面識のある人で、サラと言った。クーとは、軍に来る前からの昔馴染みだとかで気安い仲らしい。
「ブロドとチャスが来てる時間にごめんねー。邪魔したくないんだけど、急ぎのお届けものですって」
サラは三人の座る机の上に、小箱を置いた。コトン、と小さく音が鳴るのを合図にしたように、サラも加わって四人で箱を覗き込んで蓋を外した。
「……」
「……」
「……」
「あらあら」
そこには、金色の液体が入った小瓶が3本並んでいた。
それが意味するところは、クーの追及が強制的に終わるということだ。
クーは項垂れ、ブロドとチャスは顔を見合わせる。内心では手を上げて喜んでいた。
サラはその様子を見て、「うーん」と首を傾げた後、クーの肩を優しく叩き。
「もう見たくないのはわかるけど、いい大人なんだから仕事はしなさい」
「俺はもう疲れてる……」
「――いいわね?」
童顔の顔で可愛らしく微笑んでいるのに、目が笑っていない。さすがの長い付き合いというか、クーと似たところがある。
この中で最も強いのは、間違いなくサラだった。
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