第7話 追加の仕事
ブロドは、目の前の広げられた紙に、今しがた読んだばかりのメモリアの中身について記載していた。
メモリアとは、あくまでその記憶の持ち主の一人称視点でしか作られないため、持ち主の顔や名前はわからないことが多い。運よく鏡でも見てくれれば顔がわかるし、誰かが呼び掛けてくれれば名前がわかったりするのだが、そう都合よくないわけで。
(「サマンサ」、大人、女、栗毛、年齢は30くらい……。「エリー」、女、同じく栗毛、20くらい……)
その少ない情報でも、今までメモリアの中身を調べようがなかったクーからすれば、ありがたい情報らしい。
持ち主や、記憶の中で出てきた人物に関する情報を羅列したブロドは、続けて場所や感情など、わかるものから書き出していく。
これが、双子の今の食い扶持だ。
クーがメモリアの
あの祭りの後。
双子の家まで押しかけてきたクーは、またもや憲兵へ突き出されたくなければ言うこと聞けと、働く庁舎へと連れてきた。
その庁舎というのが憲兵団の詰所で、つまりはクー自身が憲兵だったわけである。
憲兵に突き出される以前に、既に憲兵に捕まっていたということだが、どうやらクーの立場は特殊なものらしかった。
どこの隊にも所属しない特殊憲兵というもので、変わった任務しかしないという。政府の高官直属の軍人らしく、一応の括りで「憲兵」を名乗っているだけで実際にはいわゆる「憲兵」とは違うんだとか何とか。
そんなこんなでクーの正体を知って、更に従わざるを得なくなった。
憲兵、つまりは軍お抱えの雑務係のような雇用契約になってはいるが、その実はただの脅しによるものだ。無論ブロドだけでなくチャスも反抗したが、逃亡はとてもできそうになくて、諦めてクーの手伝いという仕事を選んだ。
ということで今日も、二人は読み取った情報を書き出していた。渡された10本のメモリアの情報を残していく。
先にペンを置いたチャスが、隣に座るブロドを見た。
「どう、ブロド」
「……これ以上はわかんねぇから、終わりにする」
やはり一人称視点から、持ち主を特定するのは難しい。けれどもクーは、「記憶がない」と申告した人々の個人情報を取りまとめていて、それと照合して一致する記憶があれば返却しているらしい。
ブロドとチャスの能力があって実現できている策。そして、双子の身の安全はこの仕事を引き受ける限りはクーによって保障されるということになるのだ。
チャスはブロドの紙を取って、自分の分と一緒に、奥の執務机に座るクーに渡した。
「今日は終わりよ」
「ありがと……」
クーは礼を口にはしたが、珍しく煌びやかな雰囲気は鳴りを潜め、目の下にはうっすらクマができていた。追加で言及すると、どう聞いても語尾から疲労感が漂っている。
「……じゃ、帰るぞチャス」
これは関わらないほうが吉だ。
そう判断して、ブロドはいつもと様子が違うクーには触れずに、帰宅しようと椅子から立ち上がる。チャスも構うつもりはなく、「そうね」返事をしようとしたが、その時チャスの手首がぐっと掴まれた。
「……ちょっと、離してよ」
当然、クーが掴まえている。
「優しい言葉の一つくらいかけて欲しいんだけどなぁ」
「そんな必要はないと思う」
無情な返事に、クーは机に額を当てた。コンと軽く音が鳴る。ただししっかりとチャスの手首を掴まえたままだった。
「…………俺は傷ついたよ……」
大の大人が悲しみを全力で表現しているのだろうが、クーのことだ。相手にすると面倒になること間違いない、と無言を貫きその光景を眺める。
一向に希望通りの優しい言葉がやってこないことに、クーが白旗を挙げる、わけもなく。
「傷ついた俺のために、二人には追加仕事をしてくれるんだよね?」
顔を上げれば、いつも通りにっこりと笑みを張り付いて、不穏な発言が。
「はい?」
「やらねぇぞ!」
あくまで原料を読むことが雇用条件のはずなのに。チャスはクーから逃れようと、手首を捻るが、悔しいことにびくともしない。
「離してってば!」
「まぁまず話を聞こうよ。危険手当も出すし、みんなでおでかけ、なーんて楽しそうだろう?」
胡乱げな視線は、クーには効果がなかった。
執務机の上に、いくつかの資料が並べられる。複数人の名前が並んだ紙、数字が並ぶ書類、この王都の地図、それから報告書と思しき文字の羅列。
ブロドは反抗する気も失せ、ひとまず状況把握をしようと報告書を手に取った。
クーがメモリアに関する記録や報告書をよく読んでいるのは知っていたが、実際にブロドたちが読むのは初めてだった。
作成日と作成者の記載の下に、まず3人の人物の名が書かれていた。その下に本文が続いている。
『――上記3名の貴族は、いずれもメモリアを保持・定期接種していた理由で同行し、公医師の同席の元、事情聴取を試みた。いずれも中毒症状有。会話の成立も時折り怪しく、メモリア中毒による正常な感覚が無くなっているとの見解。支離滅裂な言動も目立つため、逮捕は不可と判断。先に収容し状態の回復を待ってから詳細な事情を聴取する予定。貴族院へは3名の屋敷の調査承認を要求済み。』
不穏な書き出しに、ブロドは眉根を寄せた。
隣からチャスが覗き込む。
『事情聴取の際、メモリアの入手先はオークションであるという言葉が2名より発せられた。オークションの開催場所・主催者等は聞き出せておらず詳細は不明。真偽について検討の余地は大いに有。ただし、3名中2名が入手経路をオークションと発言したことは調査に値すると判断し、ここに報告する。』
顔を上げてクーを見た。
疲れを隠しきれていないが、不敵な笑みを浮かべたクーは、地図を持ち上げた。
「そういうこと。で、俺はここに目を付けた」
地図上に丸が書き込まれた場所は、王都の郊外にある貴族の屋敷だった。
自分たちの領地以外にも、多くの貴族は王都に屋敷を構えている。屋敷を建てている地域は一カ所にまとめられ、憲兵が警備しやすいようにしているが、その中でもひと際大きな敷地をクーは指さした。
「メモリアを売りさばく闇オークションなんて、ありえそうな話だろ? オークションなんていう羽振りのいい催しができるのは、基本的には貴族だ。だが、オークションを開催しているなんて話はどこにもなくてね」
「え? ならどうしてそこって言えるの?」
「やましいことがない普通のオークションなら、開催を隠す必要が無い。でも今回は、憲兵が最近問題視しているメモリアを売るためのいわば闇オークション。つまり、大っぴらに情報は出回らないんだろうけど、近々行われる一番大きな夜会が怪しいんだよ」
「怪しいって?」
今度は数字がずらりと並ぶ書類が指された。
これは貴族の収支報告書で、貴族院という機関に提出が義務付けられていると説明される。領民から税を取る権利の代わりに、お金回りの報告を必ず行うというわけだ。
「この屋敷の持ち主はコーリット侯爵と言って、良くも悪くも普通の侯爵家だったんだ。でも最近、王都の屋敷で頻繁に夜会を開催していて、しかも領地側でも屋敷の改修など急に金回りが良くなっている。でも、収支報告書を見る限り、例年と税の徴収金額も変わらないし、新しい施策をしているという報告も無い」
「ここには載っていない収入源ができたってことね?」
「そういうこと」
満足したように頷くと、「ちなみに聞きたいんだけど」と双子を見やった。隠すつもりのない、疑いの眼差し。
「――君たち、コーリット伯爵にメモリアを売ったりした?」
雇用関係が築かれて普通に会話くらいするようになっても、もともとの出会いを考えれば、そしてクーの立場を考えれば、このくらいの疑念は当然のものだろう。
「オレらは、直接売買する奴らには売らない。必ず、何人か間を挟んで、身の安全を取る」
クーに抑えられた現場にやってきた破落戸も誰かの遣いだった。
お互いに、身元がわからないように動くのがメモリアを安全に売るためには必要だった。
クーも、ブロドの回答を予想していたように頷いた。
「つまり、君たちは最終的にメモリアがどこで誰の手によって売り捌かれているかは、関与しないってことだね?」
「ああ」
その闇オークションとやらで売られていたとしても、それはブロドとチャスのあずかり知らぬことだ。
クーは、もう一度地図を指し示した。
「じゃ、問題ないね。ここに、明後日の夜乗り込む。でも、メモリアを扱うオークションが本当に行われているかは、正面から入っても調べきれないだろう。だから、二人は密偵として会場に行ってくれ」
「密偵? そんなの、どうやって入るのよ」
お世辞にも夜会などという場に相応しいとは言えない双子は、お互いを見た。
振る舞いはどう頑張っても庶民の枠から外れられないし、正装なんてした記憶も無い。
ブロドはチャスを見て、チャスはブロドを見て、二人して首を横に振った。
「無理だな」
「無理ね」
それにクーはにっこりと笑う。先ほどまでの探るような気配は失せていた。
「安心して」と得意気に言う。「給仕係だから」
「給仕?」
「それこそ、外部の人間なんて入れないんじゃない?」
貴族の使用人は既にいるだろうし、怪しい取引をしているなら尚のこと、そんな場に見知らぬ人間を入れるわけがないのに。
「それがね、ちょうど人手が足りないって募集していたんだよ。オークションが本当にあっても新人は入れないと思うけど、会場内をうろつけるから屋敷内を詮索することは可能だろ?」
意気揚々と説明してくれるが、そもそものスタートが間違ってやしないか。開催が明後日の夜会の求人なんて、今日から応募なんてできるはずがない。
「おいクー。給仕はできても、明後日なんて間に合わねぇだろ。お前、やっぱバカだろ。オレらが協力するかは置いておいても、そういうのはもっと前もって――」
「ああ、大丈夫だよ。とっくに応募完了して、合格通知もらってるから」
呆れた声を出したブロドに、クーは悪びれもせずそう言ったのだった。
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