だめだ、攻撃は許可できない。

一式鍵

スクランブル

 0211マルフタヒトヒト時、電探レーダーにて捕捉した――俺はいつものように司令部に報告する。国籍不明機というのは建前で、誰も彼もがその正体を知っている。電探レーダーに映っている機影は、アーシュオン共和国連合の戦闘機と重爆撃機だ。重爆撃機が一、戦闘機が四。対するこちらは戦闘機が一個小隊――二機だ。


 愛機F102イクシオンは配備されてから五年が経過するが、一度も戦ったことのない戦闘機だ。アーシュオンが領空侵犯を繰り返し、我らがヤーグベルテ中央連盟は彼らにを繰り返す。――そんなことをこの停戦期間の五年間、さながらルーティンのように行ってきたのだ。


 どういうわけか我が国の上層部は、停戦期間の延長を強く望んだ。だから、露骨な挑発行為に対してもによるものだという主張を変えなかった。アーシュオンもそれと分かっていて、ギリギリの緊張状態を強いてくるというわけだ。


「こちらワイバーン1、敵機を有効射程に捕捉した。ロックオンの許可を」

『司令部より、ワイバーン小隊。まだそれは許可できない』


 聞き飽きたその応答に、欠伸あくびが出そうになる。前回何もなかったのだから、今回も何もないだろう――彼らはそう考える。しかし現場の俺たちは今回こそは何かあるかもしれないという最悪を想定して動こうとする。噛み合わないのは当然だった。よしんば「何か」があったとしても、中央司令部の連中には「何も」起きない。せいぜい責任問題で慌ただしくなる程度だ。


『ワイバーン2より、隊長。ロックオンされてからじゃなきゃロックオンさせてもらえないって、明らかに人命軽視っすよねぇ』

「そう言うな、ワイバーン2。俺たちは国家公務員だ。お上と民意には逆らえんさ」


 俺はレーダーで国籍不明機を捕捉し続ける。少なくとも、重爆撃機だけは見失うわけにはいかない。あれには確実にが搭載されている。


「司令部、あと二十分で国籍不明機編隊が沿岸部を有効射程に収める」

『把握している、心配するな、ワイバーン1。いつも通り、警告を行って帰ってもらえ』

「了解した」


 議論するだけ時間の無駄だ。日中ならまもなく視認できる距離にいるはずだが、今は真夜中だ。目視するのは不可能だろう。F102イクシオンに搭載された探査システムも、連中の隠蔽性能の前には頼りない。電探レーダーも偽装伝達を噛まされているのではないかと不安になる程度には頼りないものだった。簡単に言えば我が国ヤーグベルテ敵国アーシュオンとの軍拡競争に敗れているのだ。戦闘機の製造技術も大きく遅れを取っているそうだ。


 その間に、ワイバーン2が国籍不明機に対して警告を行っている。いつもなら領空をかすめるようにして引き返すのだが、今回はどうなるか。


『だーめっすね、隊長。応答ありませんや』

「いつも通りだな」

『通信機イカれてるんじゃねっすかぁ?』


 不満たらたらのワイバーン2――これもいつも通りだ。うんざりするほど聞かされてきているセリフだ。


 その時、俺の機体が鋭い警告音を発する。敵機を捕捉したのだ。


「朗報だ、ワイバーン2。電探レーダーの情報は正しいようだ」

『悲報っすよ。事が起きたら二対四。そのうえ重爆のカウントダウン付きだ』

「愚痴るな、来るぞ」


 新たな警告音が重なる。によるロックオンアラートだ。


「ワイバーン1より司令部。ロックオンを食らった。戦闘許可を」

『許可できない。ロックオンは許可するが、攻撃は許可できない』

「ちっ」


 俺とワイバーン2は散開して敵機と交錯する。重爆撃機は新型だということがわかった。さながら長剣のようなデザインの巨大な航空機だ。あんな形のものが飛ぶなんて信じられない。


『ワイバーン2より司令部。敵重爆は新型。映像を送った、解析を急げ』

『司令部よりワイバーン2、いつものように警告して帰っていただけ』

『新型飛ばしてきてんたぞ! 冷戦が今日終わるのかも知れねえんだぞ!』


 興奮するワイバーン2。敵戦闘機が二機、ワイバーン2の背後に回ろうとしていた。F102こっちとは機動性が段違いだ。旋回が間に合わない。速度にも劣る。


「ワイバーン2、警戒しろ、背後!」

『隊長も背後に!』


 分かっている。俺の背後と上空に敵機がいる。俺たちは攻撃許可が下りていないから、トリガーを引くことができない。ミサイルを撃つことすら不可能だ。


 敵も味方も曲芸飛行を繰り返す。しかし敵重爆の針路は変わらない。まっすぐに

我が国の沿岸都市ハルメアヴに向かっている。いや、もっと内陸のレピアかもしれない。新型重爆の搭載している兵器が何かはわからない。だが、爆弾でなく、極音速核ミサイルなどであった場合、すでに手遅れの可能性がある。


「司令部、時間がない!」

『早く追い払え』 

「交戦許可を! もう領空に入る!」

『戦争を始める気か!』

「まだ戦争は終わっちゃいないでしょうが!」


 俺の言葉に司令部は一瞬押し黙る。


『と、ともかく、我々の手で再び戦争の惨禍を招くわけには――』

「敵さんがそう思ってなかったらどうする」


 しつこいロックオンアラートに吐き気がしてくる。俺はECM妨害システムを発動させて何度もロックオンを断ち切る。しかし、敵機は二機、どちらかがこちらを狙ってくる。あまつさえ侵入攻撃クラッキングすら試みてきている。


「司令部、こちらは論理攻撃を受けている。直ちに交戦許可を求む」

『ワイバーン1、それは許可できない。警告を繰り返せ!』

『そんな余裕あるか! 重爆撃機を撃墜する。トリガーをよこせ、司令部!』

『許可できないぞ、ワイバーン2。査問会に送られたいか』


 こっちは油断すればシステムを破壊されるような危機的状況だ。うんざりするほどの数の緊急出撃スクランブルをしてきたが、ここまで生命の危機を感じたのは初めてだ。司令部にもシステムの侵食具合は見えているはずだ。なのにこれでもと言い張るつもりか。


 司令部からの許可がなければ機関砲の一発も撃てないのだ、俺たちは。


 システムの警告音が不意に止まった。


「なんだ!?」


 まるでかのように、突然訪れる不気味な沈黙。


『隊長、やべぇっす。コントロールが効かない!』

「落ち着け、ワイバーン2」


 いや、落ち着くべきは俺だ。脱出するなら今しかない。


「脱出するぞ、いいな」

『ムリっぽいっすよ、隊長』

「なんだって」

『電気系統が乗っ取られてる』

「嘘だろ」


 いや、嘘ではない。緊急脱出装置が完全に沈黙している。試しにボタンカバーを叩き割って押してみたが、返ってきたのは沈黙だ。


 海面激突まであと数秒。


 妙に全てがスローに見えた。システムの稼働状況は真っ赤になっている。表示されている数字が意味を持っていない。


 視線を前に向けると、戦闘機たちが悠々と重爆撃機の両脇に展開しなおしていた。


 ちくしょう!


 手を伸ばせば届くのではないかというほどの距離に、海面があった。この速度で激突したら、万に一つも助かるまい。


 停戦後、初の戦死者――にはカウントされないだろう。事故による行方不明。そう発表されるに違いない。


 ちくしょうめ!


 俺はダメ元で操縦桿を引く。反応はない。エンジン出力もゼロだ。逆噴射で減速することもできない。


 まさにその時、突然エンジンが唸りを上げた。ノズルを下方に向けて、全出力で海面を焼いた。言いようのない衝撃が俺の全身を打った。が、コックピット内に展開されたASG耐ショックジェルによって何とか耐え凌ぐことができた。


「ワイバーン2、無事か」

『死んではいないみたいっすね、でもなんでいきなり』

『はーい、ワイバーン小隊のお二人さん。おまたせしたよ、ごめんごめんー』


 聞いたことがある声だった。


『機体のシステムはもう大丈夫だ。ログも僕の方でばっちり取得済みさ』

「まさか、ヨハン・ブルクハルト博士!」

『正解』

『どこからだ、この通信は。ブルクハルト博士を拘束しろ』


 司令部とは別のところから通信を入れているらしい。


『おっと、司令部の諸君。僕を拘束するだなんて、とんでもないこと。通信遮断も無理ゲーだ。僕をいったい誰だと思っているんだ』


 そんなやり取りの間に、敵の戦闘機がまたこっちへ向かってきた。システム侵入が失敗したと悟ったのだろう。再びロックオンアラートが鳴り響いたが、俺たちにはもう回避のすべすらない。機体はさっきの無茶な制動でボロボロだった。


『はいはい、アーシュオンのみんなも黙っていようね』


 ブルクハルト博士が言うや否や、四機の戦闘機は空中で激突した。ビリヤードのように面白いくらい動きだった。パラシュートは見えたが、ぶら下がっているのは肉塊だった。


『ブルクハルト博士、このようなこと、国家反逆罪だぞ!』

『ざーんねん、僕は利敵行為ははたらいてないんだなぁ、これが。友軍の危機を救っただけで、アーシュオンにはだもんね。トリガーを引いたら死ぬよってね』


 一瞬で四人を殺したにも関わらずブルクハルト博士の声は軽快だった。マッドサイエンティスト、サイコパス――そんな二つ名がついている理由を俺は知った。


『さぁ、残るは重爆君だけど、彼はどうするかな』


 鼻歌交じりにブルクハルト博士は言う。俺とワイバーン2はなんとかして高度を上げて、重爆撃機を捉えようと試みる。


『おや!』


 重爆撃機のパイロンが開く。機体イクシオンの解析で、それが極音速ミサイルであることが判明する。


『司令部よりワイバーン小隊。警告を繰り返――』

『おせぇんだよ』


 一瞬誰の声だか分からなかった。そのくらいに凍て付いた声だった。


『領空侵犯を犯したは、突如自爆した』


 上空が白く輝いた。何らかの反応兵器が起爆したと思われるその閃光が、夜の空を焼き払う。俺たちの機体が無事で、重爆のそばにつけていたら確実に巻き込まれていただろう。


 幸いにして――。


『幸いにして、我が国の戦闘機二機は甚大なダメージを受けながらも生還を果たす』


 ブルクハルト博士のシナリオが読み上げられていく。


『僕は全てのログを持っている。アーシュオンには自爆ログだけ残してあげたけどね。これで司令部の、えー、ナントカ君。君は僕たちに手を出せなくなったわけだ。僕に何かあれば、およそあらゆる手段で国民に火がつくだろうからね』

「ブルクハルト博士」

『なんだい、ワイバーン1』

「今回、奴らの攻撃は」


 そもそもアーシュオンは本当にこっちを攻撃するつもりだったのか――そう尋ねようとした。


『おいおい、ワイバーン1。僕はただのだよぉ』


 ブルクハルト博士は、俺の疑問を否定しなかった。


 僕はただの――。


『隊長、なんにせよ、俺たちゃ五体満足で帰れるっすよ。とりあえずその辺にしておきましょうや』

「……そう、だな」


 夜明けまで、まだ少し時間はある――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だめだ、攻撃は許可できない。 一式鍵 @ken1shiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ