マリとマリン 2in1 1件落着

@tumarun

第1話 階段踏み外し注意報

 構内2号館2階カフェテリアのテーブルで茉琳は,友人のあきホンと話をしている。


「小さいシチリンがテーブルに届けられましてね」


 ふむふむ


「中で真っ赤になっている炭が入っていますの」


 ほうほう、


「その上の金網の上には餡子のたくさん詰まった白皮のお饅頭が載っているのですね」


 うんうん、


「じじっ,じじっと,皮が焼けて茶色くなって、甘い香りがしてくるのですよ』


 ゴッくん


「熱い皮ごと,口にすると絵も言えない美味しさなんです。炭火焼きの焼き饅頭」


 グジュル


「たべたい、食べたい。すぐ食べてみたいしー。どこ、どこなりなぁ」

 

 あきホンが、甘さと香ばしさを思い出したのか軽く頬に手を当てて、目を細めて、うっとりとはなすと茉琳は,とうとう身を乗り出して聞いてしまっている。




「茉琳さん、病院に定期的に通っていらっしゃるでしょう」


 うんうんと、うなづいて茉琳は、聞いている。


「駅ビルのお隣に、この辺りで1番の高層ビルがあるではありませんか」


 うーん、茉琳は顎下に指を充てて考える。


「だっけ?」

「ええ、そちらの2階の店舗エリアの奥にひっそりとありますのね。隠れ家みたいに」

「それじゃあ,わからないなりな」


 茉琳は体を起こすと、嘆息した。


「この次に行かれた時にでも,寄られてみてはいかがですか?」

「うん、そうするなし」


 にっこりと、あきホンに返事を返す茉琳である。そして、再びテーブルに伏すと頬杖をつき、あきホンを見つめる。


「あきホンって、本当に此処いらを出たことないなり?」


 彼女は目を瞬せると,そのまま目を泳がせた。


「本当にそう思うよ。向こうのことをよく知ってる」


 あきホンの隣に座っている髪をウルフカットにしている女性も、茉琳の意見に相槌を打っている。ちなみに、あきホンは、櫛で丁寧にとかされたストレートロング。


「かおリンは、ご存知でしょう。私が中等部の時に編入致したことを」  


 あきホンはかおリンと呼ぶ女性に問うてみた。


「そうそう、ウチの学校は幼稚舎からの一貫校だから,珍しいって覚えてるよ」

「ですから、その前の小学校の時ですか、かあちゃ、いえ、お母様と一度だけですが食べたことがありまして………」

「その時の美味しさが忘れられないってことなりね。余計に食べたくなってきたしー」


 我慢できなかったんだろう。茉琳は顔をフルフルと震わせている。

 そんな茉琳の仕草にあきホンが頬を緩ませていると、何かを思いつついたようで、手を叩いただ。


「そうそう、茉琳さん。鯛焼きなどはいかがでしょうか? 美味しいって評判で、おすすめの処ありますよ」


 またまた茉琳がテーブルの上に乗り出していき、


「行きたい、行きたい。そっちも行ってみたいなし。教えてなり、教えてなりね」


 あきホンの手を握り、ゆさゆさと揺らしている。


「そこまで乞われるとは、それほど好まれておいでなんですねぇ」

「好きなりよ。銀の餡子とか桜のとか、学校へ通いの子らが差し入れてくれて、

みんなでたべたしー。また、食べたくなったなり」


「では、後ほど、メモにでも書き出してお渡ししますね」

「頼むなりね。試しみにしてるえ」


 会話も終わり、茉琳はホクホクとしていた。

 しかし徐に手を置いたところに平たい物があるのを感じた。自分のトートバッグの影に,それは隠れていた。


「あれれ、これってなんだし」


 持ち上げてよくみてみると、携帯端末タブレットであった。本体を覆うのは、樹脂製カバーだ。


「タブレットなり、絶対に翔のだがね」


 先ほどまで、この席で茉琳は翔と話をしている。途中、このタブレットを借りて使っていた。


「翔、忘れちったなりね」

「日向さんは困っていらっしゃらないかしら。最近ではタブレットが必須になっておりますから」


 あきホンさんも頬に手を当てて,思案顔になっていく。

 突然、茉琳は立ち上がった。両手でタブレットを抱え持っている。


「ウチが持ってく。うちが翔に届けるだし」

「日向さん、今はどちらで講義をうけられているのかしら。茉琳さんご存知かしら?」

「聞いてなかったなり、ても、翔は一回生で一般教養課程だから、講義は6号館のはず、ウチ行ってみるえ」


 茉琳は踵を返して走り出す。あきホンやかおリンたちは置いてけぼりにしていってしまう。

 しかし、カフェテリアの出入り口を出ていって姿が見えなくなった途端、


「ひゃれ!」


 彼女の声だけがカフェテリアへ帰ってくる。

 あきホンのかおリンも慌てて,テーブルから離れて出入り口に急いだ。

 踊り場へ2人が着くと、踊り場に座っている茉琳を発見する。彼女は手を後ろに回してお尻あたりを摩っていた。近づく2人に気づいた茉琳は、振り返り、


「階段の1段目で踏み外したなり。ちょっち痛いなしー」


 眉尻を下げて、恥ずかしそうに痛そうに話してきた。


「大丈夫でおありですか?」

「本当に,行けるの?」


 茉琳の行状については,この2人は知っていた。


「ヒールが、引っかかっただけなり、だいじょぶ、だいじょぶ」


 階段の手摺りに捕まりながら茉琳は立ち上がる。腰が引き気味の立ち姿が哀れを誘ってしまう。


「一緒に行きますよ」


 あきホンは、心配して聞いてみるのだろけど、


「だいじょぶ,だいじょぶなしぃ。1人でだいじょうぶなりぃ」


 彼女は手摺りにをつたって降りていった。


「転んで尾骨を折ってしまうと聞いたことがありますの。痛みが続くようなら、お医者さんへ」


 階下に告げた。


「わかったなり、ありがとうなしね。いってきますなり」


 下から声が無事に聞こえてきた。のだけれど、踊り場に残った2人は顔を見合わせる。


 同じ踊り場というか、ここ自体がエレベーターのエントランスも兼ねている。

「最初からエレベーターを使えばよかったのにね」


 かおリンは呟いた。


「慌てているにしても、心配ですね。危機一発にならなければいいのですか」

「あきホン。危機一髪だからね」

「聞いて,お分かりになるのでしょうか?」

「ニュアンスで、ね」

「………」


 なんとはなしに2人は階段を覗き込んでしまう。




 しばらくして、茉琳は、件の6号館に到着した。ここに来るまでタブレットを落とさないように抱きしめて、慎重に歩を進めてきた。

 自分はいつ気を失うかわからないことは自覚している。だからこそ、翔のタブレットを大事に持って来た。臀部の痛みはズキズキと続いている。

 そのせいだろうか腰を引いて歩いて来たせいで、すれ違う学生たちには訝しんだ目で見られていたんだろう。


「あなた,変な歩き方してるから、周りのみんなジロジロ見てたなり」

「仕方ないよ。お尻を物凄く強く打ったんだよ。痛くって」

「じゃあ,なんでカフェテリアに戻って休まなかったなり?」

「翔はタブレットがなくて,きっと困ってるよ。持って行かなきゃ」


 会話をしているのだが、喋っているのは茉琳1人。講義が始まっていて6号館付近に人目がないのが幸いした。  

 もし、いれば奇異の目で見られて指さされて噂されてしまうだろうて、変な奴がいると。

 実を言うと,ここ最近の彼女の行動が変だと、すでに大学のなかで出回って、噂になっている。


「そこまで、してあげなくてもいいなしーな」

「翔には、お世話になってるいるんだから,これくらいしてあげないと」


 茉琳は、既に6号館の中に入っている。そして今は階段を登っている。


「タブレットだってなくなっているのに気づけば、元のところに戻って探しに来るはずだしー。途中会わなかったなりね」


 確かに、カフェテリアのある2号館から、ここの6号館までの道のりで翔本人とは会っていない。


「今、何階まで登ったなし、疲れて来たなりよ」

「確かに,足がパンパンになってる。茉琳,あなた普段,運動してないんぢゃないの?」


 ただでさえの運動不足に加えて、先ほど臀部を打ちつけたことで、痛みを紛らわすために、ぎごちない上り方になってしまい、茉琳の体力を消耗させていた。

 

 後、数段で踊り場まで登れるかと言う時に、


「………」


 茉琳は誰かに,呼ばれたような気がした。

 そちらに気が向いてしまい、足元が疎かになる。疲れが溜まって動きが鈍くなっているのも重なった。


「あっ」


 つま先が階段を踏み損なってバランスを崩してしまう。

 さらに悪いことに、このタイミングで、茉琳の顔から表情が消える。目は虚になり、唇もだらしなく開いてしまう。意識がなくなったのだ。

 茉琳の持病だ。膝からも力が抜けて、



 後ろに倒れていった。踏ん張ることもできずに頭から落ちようとしていた。


「茉琳!」


 彼女を呼ぶ叫び声が上がる。




ボフッ

グキャ

「うがぁ」



 茉琳の体が崩れ落ちた時に階下から男が駆け上がって来た。丁度、そこへ茉琳が崩れ落ちて来る。


 お尻から、


 見事に上を向いていた男の顔に臀部が着地。男の首が悲鳴をあげて、うめき声もした。

 そして偶然の神様が仕事をしてくれたようで、落ちてくる茉琳を立ち尽くす男がお尻を顔面に受けてベクトルが一致。バランスが取れて固まってしまった。

 しばらくして、茉琳の臀部が男の顔を擦りながら滑り落ちていき、彼女は階段にへたり込んでいった。まさに危機一髪の状況。

 露わになった男の顔は


日向 翔


 茉琳がタブレットを渡そうとした本人であったりする。




「痛い! お尻が痛い」


 茉琳が意識を戻した後の一声目が上がる。


「痛いなり、さっきに増して痛いしー」


 鼻にかかる涙声が聞こえて来た。


「いてて、俺も首が痛い。茉琳、重すぎ!」


 翔も自分の首筋をさすりながら嘆いていた。


ぐぬぬぬぬぅ、


 しばらく2人とも懊悩していた。

先に、


 「あれ,あれれ? なんで翔がここにいるの?」


 茉琳は翔に声をかけていく。


「なんでじゃない。あきホンからメールが来たんだよ。茉琳がこっち来るって、後、'階段 '

て。慌てて教室を飛び出して階段を見たら、茉琳か階段を登っていくのが見えたんだ。すぐに追っかけたよ」

「じゃあ…」


 茉琳は愕然として唇が閉まらない。


「お前が階段踏み外したんだよ。更に立て直すこともしなかった。そのまま落ちてきたんだぞ」


 彼女は握りしめた拳で口元を隠す。


「じゃあ…」

「なんとか、間に合ったかなぁ」


 翔は染まっていく頬を指で掻きながら、ソッポを向いた。


「お前のヒップアタックは,顔面にくらったけど」


 途端に茉琳の頬も染まった。


「なんか、変な匂いとかしなかったなり?」

「一応、しないにしとく」

「一応ってなんなシー?」


 そこで翔は表情を改めて、


「なんでここに来たのかはわかった。タブレットでしょ」


茉琳はうなづいた。


「タブレットの場所は、スマホのアプリで把握できて、茉琳が持ってるんだなあって思ってた、講義の中身もスマホで代用が効いたし、なんとかなってたよ」

「じゃあ、うちがしたことって…」


 茉琳は、その後の言葉を続けられなかった。

 

 翔が茉琳の頭を抱き寄せた。茉琳の耳元で翔は呟く。


「心配かけやがって、茉琳が死ぬかもって思ったよ。無事でよかった」

「翔」


 茉琳の声は力無く、か細い。


「茉琳は優しい。だから、その優しさだけ貰ってあげる。ありがとう」


 途端に茉琳の目から涙が溢れた。落ちた恐怖がぶり返し、そして…


 化粧が崩れるのも構わずに彼女は涙を流し続けていた。心配で追いかけて来た、あきホンと、かおリンに呼びかけられるまで、翔の胸の中で泣き続けていた。

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