第11話 ほんの小さな、些細な恨み(1/3)
「――噂を聞いてきました」
警邏隊は当てにならない。
あんな無能な警邏官に頼ろうとしたのが間違いだったのだ。
姉を殺されたティナは第三地区の聖堂跡地へ足を運んでいた。
「私の姉が殺されました。警邏隊は自殺だって決めつけたけど、絶対にそんなはずはない……!」
絶対に自殺のはずはない。
お金を貯めて、一緒にお店を開く――それが二人の夢だった。
自分の店を持つため、がむしゃらに働く。
どんなに辛いことがあっても、夢のために頑張ろうと、二人で誓いあった。
「なのに、警邏隊は何もしてくれない……だから、ここに来ましたっ!」
彼女は店の開業資金として溜めていた金を全部祭壇へ置く。
10オーバル――金貨10枚。
夢には程遠い小さな金。
いずれ姉と二人で夢をかなえるためにコツコツと溜めてきた有り金を全て捧げた。
「どうか、姉さんの仇を……!」
どうか神様、そこにいるなら聞いてくださいな。
この無念、この恨み、どうか晴らしてはくれまいか?
――“その願い。確かに受け取った”
どこからともなく声が響く。
ティナは自分の気持ちを込めるように金貨を握り締めると、それを祭壇に供え聖堂跡地を後にした。
「――全ての発端はこの前の“人形事件”だ」
聖堂跡地に集められた始末屋たちは仲介人のウィードから事のあらましを聞く。
「人形師に人間の剥製を作らせていたのは警邏隊総本部総隊長の息子、リカール・アブサン。彼は人間の剥製だけでなく、人の人格を消して人形に変えてしまう薬の作成も依頼していた」
リカールは無邪気な残虐さを秘めた男だった。
まるで子供が人形で遊ぶかのように、人の人生を壊して弄ぶ愉快犯。
「奴はその薬を手に入れ、多くの人生を壊した。調べてみれば、誰も訴えなかっただけで、それなりの人が被害に遭っているようだった」
人格を消す薬を使われて、大切な人が操られてしまった――そんな風に考えたとこで、芝居の見過ぎと一蹴されて終わってしまう。
始末屋とて、モノが薬の研究ノートを見つけていなければ眉唾の妄想と一蹴していただろう。
「つまり、今回の仕事は前回の後始末だ。的は総本部総隊長の息子、リカール・アブサン。その悪事に加担し手助けしていた執事のキース」
ウィードは金貨を祭壇に並べる。
真っ先に祭壇へ向かおうとしたベルーガをリリィが手で制する。
「……何のつもりだ?」
「白々しいですわね。恋敵を始末できるとあって、浮かれているのかしら?」
今回の的、リカールとベルーガの間には浅からぬ因縁がある。
相棒を奪われた腹いせにと彼が始末に赴くことを、リリィは良しとしなかった。
「そういえば、旦那と今回の的は因縁があるんだっけ?」
にらみ合いが続く中、カレンが先んじて祭壇へ向かい自分の分け前を取る。
「憂さ晴らしの人殺しは、始末とは呼べませんわよ」
「……何勘違いしてんだ」
ベルーガはうっとうしそうにため息をつきながらリリィを押しのけ祭壇の上の金貨に手を伸ばす。
「俺たちは、始末してくれと頼まれた的を始末する、ただそれだけだ」
私情など関係ない。
ただ始末屋として、始末してくれと頼まれた相手を始末する。
決して、自分の憂さを晴らすために殺すわけではない。
「別に俺は、執事の方をやったって構わないぜ。腐っても総隊長の息子を、確実に始末できる自信があるならな」
今でこそ自堕落な道楽息子だが、リカールは跡目を期待されて幼少から英才教育を受けてきている。
生半可な戦闘力ではまず仕損じてしまうだろう。
「……そういうことだ」
誰も反論できなかった。
この場の誰もがベルーガの強さを知っていた。
ウィードはそれを見届けると自分の取り分を懐に収め、ランプの灯を吹き消した。
「――いかがでしょうか?」
盲目の研ぎ師、ライはベルーガに刀の仕上がりを確認させる。
仕事の前の準備は何よりも重要だ。
彼は信頼のできる職人に刀の手入れをさせてから始末に向かうのが常だった。
「……ああ。これでいい」
「恐れ入ります」
ライは恭しく頭を下げながら仕上げの工程へ入る。
「……もう一研ぎ、頼めるか?」
「……ええ。もちろんですとも」
ベルーガは腰に挿していたアリスのレイピアを外すとそれを差し出す。
「これは……よい剣ですね」
ライは光の宿らない瞳でレイピアを見つめる。
触れているだけでそのすべてが理解できたとばかりに深くうなづいていた。
「へえ……わかるのかい?」
「ええ、ええ。刀は、剣は持ち主の心を反映するものです。これの持ち主は、さぞ立派な御心を持っておられたのでしょうね」
自分が褒められたわけではないが、ベルーガは嬉しい気分だった。
「心を込めて、手入れをさせていただきます」
「ああ。よろしく頼むよ」
砥石に水がかけられ、レイピアの刀身が研磨され始める。
決戦の時は刻一刻と近づいていた。
今宵は月が綺麗だった。
夜遊びをする者にとっては嬉しいことだったが、裏の仕事をする者にとってはあまり歓迎できることではない。
月明かりは昼間と見まごうほど明るい。
それだけ仕事を見られるリスクは向上するのだ。
「……ふぅ。坊ちゃんも人使いが荒い」
リカールの執事、キースは月明かりの中主のお使いで走っていた。
まさか自分と主の命が狙われているだなんて思ってもいない。
「――月が、綺麗だな」
声をかけられたキースは立ち止まる。
薄暗い路地裏から目つきの悪い浅葱色の瞳がこちらを窺っているのが見えた。
「……ああ、確かに。綺麗だが」
こんな夜更けに声をかけられ薄気味悪かった。
キースは警戒心をむき出しにしつつ、じりじりとその場を去ろうと足を動かしている。
「こんな月が綺麗な晩だ――死ぬには丁度いい日柄だと思わねぇか?」
きらり、と何か針のようなものが月明かりに輝いているのが見えた瞬間、キースは狙いが自分の命であることに気づく。
「まさか、始末屋……!」
始末屋――カレンは挑発的に口角を上げると、腰の針に手を伸ばし仕込まれている糸を引き抜く。
キースは踵を返して駆け出すも、その足首に針と糸が巻き付く。
「ひっ!」
「逃げんなよ」
カレンは糸を器用に繰り、キースを転ばせ路地裏へ引きずり込む。
「やっ! やめろっ! 助け――」
彼は地面をかきむしりながら抵抗するも、それは実を結ばずあっけなく路地へ引きずり込まれてしまった。
「いいじゃねえか。テメエは命乞いができんだろ?」
「グッ!?」
カレンは引きずり込んだキースの背中を思い切り踏みつけ、ブーツに仕込んでいた
「テメエらが殺してきた人はさ、それすらできなかった、って聞いたぜ」
「うぐっ!?」
彼女はそれをペン回しのようにくるくると回し、キースの後頭部へ突き立てる。
器用に頚髄を探り当て、ゆっくりと引き抜く。
神経はまるで糸のように月明かりに照らされていた。
「執事らしく、奈落で主人を待っててやりな」
カレンはそれをブーツにしまいなおすと、路地の奥へ消えていった。
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