第9話 操り人形(2/3)
ベルーガは事件解決に向けて気合をいれたものの、気持ちだけで事件が解決できれば誰も苦労しない。
「ベルーガ君、なんというか、君がやる気出したせいなのかねぇ」
報告を受けたノブは困惑したように毛先をいじる。
心なしか、綺麗に整えられているはずの七三ヘアーが乱れているようにも見える。
「もう一回、聞いてもいいかな?」
「ええ……今回の失踪事件、もしかすると総本部総隊長の御子息が裏にいるかも」
聞き違いでなかったことを悟ったノブは困ったように眉間を押さえた。
「……えーと、その。何か根拠ってあったり、するの?」
もし総本部総隊長の息子が黒幕となれば、南第一支部は総本部に喧嘩を売ることになる。
間違っていましたでは済まされないのだ。
「根拠……ああ。そういえば、先日始末屋に殺された“人形師”と呼ばれていた男。奴の帳簿を解読しまして、そうしたら」
ベルーガはどうにか根拠をでっちあげる。
間違っても始末屋の仲間から聞き出した、などと言えるはずもない。
「あったの? 名簿に?」
「はい」
ノブは認めたくないとばかりに指が宙をさまよっている。
「……ベルーガ君。やる気を出してくれたところで、申し訳ないんだけどねぇ」
「……はい」
ベルーガは言わんとしていることを察しため息をついた。
もし確固たる根拠を示したとしても、ノブは同じような判断を下したに違いない。
一支部の、それも支部長ではなくただの隊長が、総本部の総隊長に喧嘩を売る決断などできるはずもない。
「ほ、ほら! 顧客名簿ってなら、もしかしたら犯人は別にいるかもしれないだろう? もちろん、総隊長の御子息がちょっと良くないことをしていたかもしれないけどね? でも……今回の失踪事件とは、また別の話なんじゃないかな……?」
やる気を出したところでこの決断をされてしまってはたまらない。
だから頑張るのは必要最小限、努力なんてするだけ無駄。
と、ベルーガはため息をつきつつも、腰のレイピアに視線を落とす。
こうしてアリスの道具を託された以上、頑張るしかないのだろうか?
「それにね、総隊長の御子息と言えば、アリス君の婚約者だよ? 大丈夫なんじゃないかな」
ノブの言葉にベルーガは固まる。
「婚約者……?」
「あれ、知らなかったの?」
ベルーガはゆっくりとうなづいた。
「まあ、そんなところだからね。もっと別の線を当たって欲しいな」
「はぁ……」
もはや捜査どころの話ではなかった。
彼は胸の奥底からあふれ出した不安な感情に押しつぶされそうになっていた。
頭が重かった。
こめかみを締め上げられているかのような、鈍い頭痛が走る。
「……うっ」
アリスはまるで二日酔いのような最悪な気持ちで目を覚ます。
だが体を動かそうとしているのに全く動かないことに気づく。
「……え?」
うっすらと目を開くと、自分が椅子に手足を縛りつけられていることに気づく。
それだけでなく、服装も普段とはかけ離れた女性的なワンピースで、正面に置かれたドレッサーに映る顔は化粧が施されていた。
何が起きたのかわからず頭が混乱する。
どうしてこんなにおめかしをしているのだろうか?
「――目、覚めたかな?」
少年のような無邪気な声が聞こえ、彼女の記憶が蘇り始める。
そうだ、デートをしていたはずだ。
婚約者と芝居を見て、散策して――
「……こ、こは?」
「僕の家、だよ」
肩にリカールの手が乗せられる。
鏡越しの彼は少年のように無邪気な笑みを浮かべている。
「ああ、思った通り。よく似合っているよ」
背筋に鳥肌が立った。
鏡に映る婚約者の瞳は、アリスが警邏官として見続けてきた悪人たちとそっくりな、うす暗い欲望を秘めた輝きを放っていた。
「な、何を……」
「だって、アリスさんが僕のことを好きになってくれないから」
かすんでいた視界が少しずつ鮮明になってきた。
どこかの家の一室――リカールの家、アブサン家の屋敷なのだろう。
だがどこかただならぬ雰囲気が漂っている。
「酷いよ。僕はこんなに、あなたのことを愛しているのに」
ゆっくりと髪の毛を触れられ彼女は思わず身を竦ませる。
なぜだか嫌悪感がこみ上げ背筋に鳥肌が立った。
「ねえアリスさん……僕はね、言葉ってのがどうしても信じられない」
彼は見せつけるように小さな小瓶を取り出す。
「人の心ってのは行動に現れるんだ。口でどう取り繕うとも、行動で全てが明らかになる」
それは人の人格を奪う毒。
注射されれば一生言いなりの操り人形とされてしまう劇薬だ。
「ねえアリスさん……もう一度聞いていいかな? 僕の事、愛してくれる?」
「それは……」
もはや脅迫だった。
この状況ではそうだと言わなければ何をされるか分かったものではない。
「……なんて、口だけで愛してるって言わせることは簡単だよね」
リカールもそれは理解できているのか、おどけたように笑って見せる。
「だから……あなたにも行動で示してもらわないと」
アリスはどうにかこの状況を打破できないか模索するも、体は縛り付けられ身動きが取れず、かといって逆らえば何をされるか分かったものではない。
「私を、どうするつもりだ……?」
「こうするのさ」
彼が手招きすると、一人のメイドが姿を現す。
どこにでもいそうな、極々平凡な容姿のメイド。
だが――その瞳は虚ろだった。
「ねえ、ナイフで自分の胸を突くんだ」
「はい」
メイドは命ぜられるがまま、自分の命が失われるかもしれないという躊躇いすらなくナイフを引き抜き――そのまま自分の胸に突き立てた。
「なっ……!」
高位の僧は
だがリカールは極々普通の青年だ。
それだというのに、いとも簡単に人を操って見せた。
メイドはうめき声一つ上げずに主の命を全うし、ナイフを胸に深く突き立て自害したのだ。
「……僕も、アリスさんをあんな風にはしたくない。それにね、僕の父は警邏隊の総隊長。たかが支部の警邏官の首なんて簡単にとばせるんだぜ?」
「……っ」
断れば意志無き操り人形にされるだけでなく、警邏隊の人事――恐らくはベルーガをクビにすることすらできると告げてきた。
もはや逆らうことなどできはしない。
「……わかった。何を、すればいい……?」
アリスは絶望感に打ちひしがれながら、リカールに問いかけた。
彼は心底嬉しそうに微笑むと耳打ちするのだった。
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