第7話 日常は終わりを告げ(4/4)

 失踪事件の捜査が思わしくない中、遂にアリスが退職する日がやってきた。


「――今まで、お世話になりました」

「うんうん……本当に、寂しくなるねぇ」


 深々と頭を下げるアリスをしみじみとした目で見つめるノブ。


「あの、今日ベルーガは」

「お仕事だよ。あ、噂をすれば、だ」


 ノブは丁度戻ってきたベルーガを手招きする。


「ああ、アリスさん。お久しぶり……そうか、今日で」

「……そうだ」


 例の鍛錬中の一件以降、どこかぎくしゃくしていた二人は話題に困って黙り込んでしまう。


「……これが今生の別れ、ってこともないですし。またいつか」

「……ああ」


 アリスも何か伝えようと言葉を探すも、どうにも思いつかずに諦めると、腰のレイピアを外して差し出す。


「ほら」

「……あの、私にはこれが」

「馬鹿ッ! そのくらいわかってる!」


 戸惑うベルーガにそれを押し付けたアリスは赤面しながらそっぽを向く。


「私に武器それはもう必要ないからな。代わりに使ってくれないか?」


 彼は受け取ったレイピアを少しだけ引き抜く。

 よく手入れされた、持ち主の実直さを現しているかのような刀身の輝き。


「どうせお前のことだ。私がいないのをいいことにサボりまくってるんだろう?」

「……はは。そんなにサボってたかな」


 再びレイピアを鞘に納めるとベルーガはわざとらしくとぼけてみせる。


「……もう私はお前の尻を叩けないからな。それを私だと思って、真面目に仕事しろよ」

「……全く。人をサボり魔みたいに」


 ベルーガは苦笑しつつレイピアを刀の脇に挿す。

 さながら二刀流の姿は、どこか様になっているように見えた。


「私の分まで、頼んだぞ」

「……どうしたんです? さっきも言いましたけど、これが最期じゃないんです。またどこかで逢えますよ」

「…………そうだな」


 アリスは寂しそうに微笑む。

 結婚すれば南地区ではなく中央地区に移り住むことになるかもしれない。

 もし再び警邏隊で仕事をするにしても、今度は中央総本部の配属になるはずだ。

 だから、もう二度とベルーガとは出会えないかもしれないのだ。

 そんなことは少しも思っていなさそうな、相変わらず能天気そうなベルーガの顔を、彼女は脳裏に焼き付けるのだった。




「――人格を消す?」

「らしいぜ」


 ベルーガは始末屋仲間のモノを尋ね情報を集める。

 果たしてカレンの言っていた通り総本部総隊長の息子が黒幕なのだろうか、それとも他にも糸を引く者がいるのか。

 だがそれ以上に大きな情報が出てきて彼は思わず聞き返した。


「調達屋のアジトに研究ノートがあってさ。素人の研究にしちゃ、かなりいいところまで行ってたよ」


 表題だけ聞けば信憑性のない眉唾な研究だったが、蓋を開ければそんなこともない本格的な内容だった。

 ベルーガは勘違いだと一蹴したかったが、モノの額を伝う冷や汗と聞き込みで得た情報を組み合わせた結果、それは真実であると言わざるを得なかった。


「俺が見つけたのは研究ノートだけだ。現物は見てないから……多分完成はしてないんじゃないかな」

「……多分、完成してるぞ」


 徐々に事件の概要が浮かび上がってくる。

 事の発端はもちろん人形師の一味。人間を剥製にするという悍ましい裏稼業。の調達で人攫いをしておりそれが警邏隊では連続失踪事件として扱われた。

 恨みを買った人形師はベルーガたち始末屋に始末され、悍ましい稼業には終止符が打たれた。

 ここまでが彼らの知っていた“仕事”の顛末。

 だが人形師が人間の剥製を作っていたという事は、そのが居たのだ。

 それこそが警邏隊総本部総隊長の息子。

 何のためにそんなことをしていたのか知る由もないが、恐らく彼は人形師から剥製を買う傍らでこんな注文をしていたのかもしれない。


 ――より精巧な人形が欲しい。


 物言わぬ死体ではなく、自分の意のままに操れる“生き人形”が欲しい。


「……つまり、ドラ息子の道楽のためにこの薬が作られた」

「ああ。そして今、正にその薬を使って奴が悪事を重ねてるってワケだ」


 使いようによっては国をひっくりかえすことができる可能性を秘めている薬だが、それを己の欲を満たすためだけに使っている。

 ある意味では救いだが、どうしようもないバカ息子だ。


「なんというか、拍子抜けだな。たかが自分の欲を満たすためだけに、世界を揺るがすような発明をさせるなんてさ」

「……まさか、手前で薬を作ろうって腹じゃねえよな」


 ベルーガの殺気交じりの問いかけにモノは肩をすくめる。


「作ってみたくても、材料が無い」

「……材料さえありゃ作るって?」


 鋭い追及を受けたモノははぐらかすのをやめて正直に答える。


「……作ったところで俺に何のメリットもない。誰かを支配して何の意味がある?」

「……ならいい」


 ベルーガは殺気を引っ込めると帽子をかぶりながらため息をついた。


「それで、お前の見立てだと薬の効果はどれくらい続く?」

「一生続くよ」


 何気ない言葉にベルーガは固まる。

 薬、というのだからいずれ効果が切れるはずだ――そう考えていた彼は予想外の答えで面食らってしまった。


「原料の中に大陸原産で、輸入が禁止されている類の植物があった。もしそれが本当に使われているなら、解毒しなければ効果は一生続くはずだよ」

「……解毒剤は、作れるのか?」

「やってみないとわからないよ」

「…………そうか」


 つまりにされてしまった者はもう二度と正気を取り戻せないという事か。

 ベルーガは事の重大さを再認識し、気を引き締めるのだった。

 

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