第6話 日常は終わりを告げ(3/4)
「失踪者が見つかった!? それは良かった」
報告を受けた隊長のノブはホッ、と胸をなでおろす。
真相は明らかになっていないが、人命が第一。無事で何より、という事だ。
「ま、届出人が大騒ぎしていたという事ですね。報告書はそのように作成しておきます」
「うむ、よろしく頼んだよ」
ベルーガの新相棒、アルバは典型的な警邏官だった。
波風立てず、事なかれ、平穏に終わるならそれでよし、違和感を覚えようともしないお役所仕事をする警邏官だった。
「……う~ん」
「……なんだ、文句でもあるのか?」
アルバの報告を聞いたベルーガは素朴な疑問をつぶやく。
「本当に届出人の早とちりだったんですかねぇ……普通、外泊するなら家族に何か言うでしょうに」
「たまたまそういう日もあった、そういう事だろ? 頼むから余計なことはしないでくれ」
これがアリスだったらベルーガの疑問を徹底的に調べ上げてくれるのだが、アルバはそれを嫌がって聞き入れない。
なるべく問題の起きない方向へ、平穏無事に終わる方向へ、舵を切ってしまう。
「あ、そうですか。アルバさんはご自身のご家族が何も言わずいなくなっても、ある日突然帰ってくれば問題ないと」
「……そうだよ! 隊長も言っていただろう、無事ならそれでいい。だからこの件はもうおしまいだ!」
「……そうですか」
むきになったアルバは怒った様子で自分のデスクへ戻っていく。
「……確かにね、おかしいと言えばおかしいかもね」
だがノブはベルーガの疑問に賛同した。
「でもでも、当て推量で動いちゃぁいけないんじゃない?」
彼は憎たらしい笑顔でベルーガに問いかける。
要は“気になるなら自分で調べたら”という事だ。
「アリス君は、もういないんだよ? いつまでもおさぼりじゃぁいけないよね」
「…………そうですね」
ベルーガは心に穴が開いたような気分だった。
今までそこにあったはずの物が無い、無いという事を理解していても、どうしても虚しさがぬぐえない。
彼は仕方なしに自分の疑問を検証すべく聞き込みに向かう。
その背中は、いつにもまして縮こまっているようにも見えた。
「――ええ、そうなんです。確かに妻は無事に帰ってきましたが……」
ベルーガは仕方なく自分で疑問の検証を行っていた。
行方不明になりながらも何事もなく戻ってきた……とされる行方不明者たち。
彼らが真に無事で帰っていたのだろうか?
だが雰囲気から察するに、無事とは到底言い難いのだろう。
「どこか、変わった様子でも?」
「……私のことを、愛しているわけがない、と」
男は絞り出すように答える。
「それは……失礼ですが、元々不満が溜まっていた、とか」
「ないですよ……! 私たち夫婦は上手くやれていたと自負しています。なのに……まるで誰かに操られているみたいに」
恐らく行方不明になった時に何かされてしまったのだろう。
“操られてしまった”というのがキーワードなのかもしれない。
「他に、何か変わった点はありませんでしたか? 例えば、行方知れずになる前、特定の誰かと会っていた、とか」
男は黙って首を振った。
「……そうですか。ご協力、ありがとうございました」
やはりただの勘違いではなく事件性があるのだ。
そしてそれは恐らく、人形師の一味の裏にいる何者かが糸を引いている
ベルーガは思考を整理しつつも、胸の奥がどうにも重い感覚を覚えて立ち止まる。
「……やっぱ、調子狂う」
ため息をつきながら歩いていると、顔なじみが歩いてくるのが目に入る。
「あっ」
「……あっ、って何だ」
驚いて固まっているのはカレン。
劇場での衣装修繕が終わっての帰り道だった。
「いや……そりゃ、驚くだろ。この広い南地区で知り合いに遭っちまったんだから」
「まさか、警邏官の俺に言えないような、後ろ暗いことでもしてんのか?」
からかうようなベルーガの言葉を受けカレンは小さくため息をつく。
「それはお互い様だろ」
――殺気。
「そうじゃなくて! 旦那こそ、いつに増して気落ちしてると思ってさ」
凄まじい殺気を感じたカレンは言いたいことが伝わっていないことを悟ると慌てて言い直す。
「……気落ち?」
「雰囲気がにじみ出てるぜ」
誤解が解けたようでホッと一息つくカレン。
ベルーガはそんな彼女を連れて人気のない路地裏へ入る。
「――ふぅん。相棒の人に縁談か」
「それでどうにも、調子が狂ってるってワケさ」
事のあらましを聞いたカレンは意外そうにうなづいた。
「要するに、惚れた人が結婚してヘコんでるんだ」
「……ったく……お前も色ボケに結び付けようってか?」
またもや色恋に結び付けられベルーガは飽き飽きとした様子でため息をつく。
だがカレンは不思議そうに見つめ返す。
「違うのか? 別にアタシはそういうのに疎いけど、流石にわかるぜ」
「…………」
都合が悪そうに黙り込むベルーガ。
普段はつかみどころのない彼の意外な一面を知ったカレンは嬉しそうにニヤニヤしていた。
「旦那も人並みに落ち込むんだな」
「……カレン。お前ならわかるだろ」
だが真剣なまなざしで見つめ返されると表情を改める。
「……皆まで言うなよ。確かに、アタシらに幸せを求める資格はない」
始末屋を正義の味方ともてはやす者もいるが、その本質はただの人殺しだ。
ただ殺しの対象が悪人であるだけの、人殺しでしかないのだ。
「だからって鈍感である必要はないと思うけど。抑え込み過ぎたらどっかのクソババアみたいに狂っちまうんじゃない?」
「フン……生意気だな」
からかわれたベルーガは気恥ずかしさを誤魔化すようにカレンの額を小突く。
その表情は少しだけ晴れやかだった。
「……そういえば。この間の仕事、何か違和感はなかったか?」
「違和感? ……気味の悪さならすごいあったぜ」
カレンは思い出したくなかったのか心底嫌そうな表情を浮かべた。
「……そうか。ま、忘れてくれ」
「何かあったのか? 人形師の一味は全員始末したはずだろ」
察しの良いカレンにため息をついたベルーガは仕方なしに捜査の状況を伝える。
「――奴らは氷山の一角に過ぎなかった、ってことだ。下手すりゃ、大きな一仕事があるかもな」
「……あの、さ。関係あるかわかんないけど」
カレンは腕を組んで思い悩みつつも、伝える決心をする。
「最近、ウチに仕立ての依頼をしてきた貴族サマがいてさ。しかも女ものの服をたくさん、な」
彼女の働くグロリア・レジーナは基本的に男物のスーツを仕立てるのが主な仕事だが、当然女性向けのドレスも仕立てる。
「依頼主は――警邏隊総本部、総隊長の倅だ」
しかもそれが男性となると少し不審さを帯びる。
果たして贈り物なのだろうか? だとすると大量発注の理由が分かりかねる。
一体その意図は何なのだろうか?
「奴は“坊ちゃん”って言ってたから、何か関係あるのかも」
「……確かに、行方不明は女性の方が圧倒的に多いが……参考にさせてもらうよ」
ベルーガはひらひらと手を振りながら路地裏を後にした。
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