第11話 芸を磨く為ならば(1/3)
翌日、ステラ川の河口で遺体が見つかる。
「……こいつは」
溺死だろうか、遺体に目立った外傷は見当たらない。
だが一切の衣服を纏っておらず、物取りにでも遭ったのかもしれない。
「――おい、こいつの身元を」
「ああ、私が知っています」
ステラ川は第一地区と第三地区を区切っている。そのため初動では第一支部と第三支部の警邏官が見分し、どちらが担当すべきかを判断する。
ベルーガは第三支部の警邏官に遺体の身元を告げる。
「先日、ミッド街道で女性が辱めを受けた事件。その被害者の婚約者、カイゼルって男です」
遺体――カイゼルの両手足はうっ血しており、何かできつく縛られていたことが窺える。
事情も鑑みてただの物取りや身投げではないことは明白だろう。
「ああ、あの事件の……てことは、婚約者を失い自棄になって身投げ、ってとこかな」
第三支部の男は事件のあらましを想像していたが、ベルーガそれは違うと内心で異を唱えた。
「こんな事件、解決したところで大した手柄じゃないな。ここは可哀想な昼行燈君に譲ってあげようじゃないか!」
「……どうも」
昼行燈の悪名が知れ渡っているベルーガは流れるように他支部の警邏官からバカにされる。
いつもならそれをかばってくれるアリスは隣にいない。今日は非番のため休みだった。普段は“非番なんて知らん!”と働きづめで怒られているが、昨日の一件もあり彼女は素直に休んでいた。
「……十中八九、身投げなんかじゃねぇ。カイゼルさん……あんたに一体何があったんだ?」
ベルーガの独り言は、誰に聞かれるでもなく響くのだった。
劇団ギャラクシアの養成所。
生徒の一人、アンは昨日の出来事が忘れられず部屋に引きこもっていた。
「……っ!」
身の毛がよだつような悍ましい出来事。
裸にされ、全身をまさぐられ、そして――犯された。
好きでも無い男に、それも自分の父親と同じくらいの年代の男に貞操を奪われ、吐き気がこみ上げて仕方なかった。
「……訴えてやる」
警邏隊へ訴えれば強姦でカニスを捕えることができる。アンは大きく深呼吸し、決意を固めた。
「――えっ?」
誰にも見つからないよう、静かに養成所を出ようとしたところで思わぬ人物と出会う。
「おや、君は……候補生の一人かな?」
「す、スターク……さん?」
当代きっての人気役者、スターク。
アンはそんな一大スターと出くわし思わず心をときめかせる。役者志望の彼女にとって彼は憧れの人物だった。
「どうかしたのかい? こんな怯えた表情で……君は大事な後輩だ。僕で良ければ話を聞くよ?」
「……実は」
スタークの影響力は計り知れない。
もし彼を味方につけることができれば百人力、必ずやカニスに正義の鉄槌を下すことができるに違いない。
アンは昨日の出来事を涙ながらに語る。
「――信じられないかもしれないけど、本当のことなんです。私、これから警邏隊に」
「ああ、信じるとも」
スタークは穏やかな声色でささやくとアンの頭をなでる。不思議と心が安らぎ、穏やかな気分となった。
「でも、警邏隊は決定的な証拠がないと動いちゃくれない。僕と作戦会議をしないかい?」
アンはうっとりとした表情のまま首を縦に振る。
そして建物の中へ戻り、人気のない一室に連れ込まれた。
「……俺も、君と同じさ」
スタークは扉の鍵を閉めつつ語り始める。
「団長は、あのジジイは才能ある俺に嫉妬し、俺を犯した」
「……へ?」
衝撃的な告白にアンは戸惑う。
もしや、スタークは女性だったのだろうか? 彼女はそっち方面の知識に乏しく、意味が全く理解できなかった。
「絶望したよ。師と仰ぐ人に裏切られ、慰み者にされた……あの日のことは生涯、忘れないだろう」
スタークは静かに歩み寄り、アンを壁に押し付ける。逃げ場を奪われるように覆いかぶさられ、彼女は思わず胸をときめかせつつも恐怖心を抱く。
何かがおかしい。
だが何がおかしいのかわからない。
「でもね、恨んでるワケじゃないんだ。あの日の絶望を、怒りを、悲しみを、俺の芝居に乗せた。誰もが素晴らしいと褒めたたえた!」
「んむっ!?」
唇を塞がれアンは自分が騙されていることに気づく。
スタークも同じだったのだ。カニスと同様、目下の者を手籠めにする悪党だったのだ。
「人は絶望の中でその本質を輝かせる! 俺はそれを芝居に取り込み、芸を磨く! さあ教えてくれ――」
彼はアンの頬を鷲掴みにすると耳元でささやいた。
「今君は憧れの先輩に裏切られたが――一体、どんな気分だ?」
「――これは、ギャラクシアの」
「どうも、どうも……劇団ギャラクシア、団長のカニスと申します」
亡くなったカイゼルの足跡を探していたベルーガは、ギャラクシアの団長カニスに声をかけられ足を止める。
「何かトラブルでもありましたか? 昼行燈と評判の私で良ければ話を聞きますが」
「ははは! 昼行燈も暗がりじゃ役に立つでしょう。適材適所、自分の役割を見つければよいのです」
どこからどう見ても善人そうな微笑を浮かべたカニスはしまった、とばかりに自分の額を叩く。
「あっ! これは申し訳ない……役者風情が警邏官様に説教をしてしまった! なんとお詫びを申し上げたら」
「構いませんよ。慣れてますから」
ベルーガは能天気な仮面をかぶったまま答える。鈍感すぎて嫌味に気づいていないような、何も感じていないように装った。
「いやいや、旦那にお声をかけたのは他でもない。ウチのスタークの件でして」
カニスはすす、とベルーガへ近づき彼の耳元に手を添える。
「スタークは女遊びが好きでね、しょっちゅう女性関係でトラブルを起こしている」
ベルーガは神妙そうな表情を作るも、カニスの言葉で全てがつながっていくのを感じる。
一連の事件の絵図が明らかになっていくような、答え合わせをしているような感覚だ。
「そのせいで恨みを買うことも多く、どうやら最近では命を狙われることも……」
カニスは懐から包みを取り出すとそれをベルーガの手に握らせる。
「スタークは、イーストエンドの宝です。どうか、これで守ってやってくださいな」
「……だったら女遊びを辞めさせればいいでしょう? 私だって忙しいんです。こんなもの貰っても、守り切れる保証なんてありませんよ」
包みを開けるとそこには金貨十枚、10オーバル。
要するにスタークが何かやらかしていてもこれで見逃してくれ、という事だ。
「女遊びは芸の肥やし。清く正しく真面目に生きる人間に、人の心を打つ芝居なんぞできません」
カニスはポン、とベルーガの肩を叩くと去っていく。
「……そんなに芸が大事かよ」
ベルーガの声はひどく冷たかった。
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