第12話 芸を磨く為ならば(2/3)
「――私はただ、役者になりたかっただけなんです」
第三地区、聖堂跡地。
心身共にやつれ果てたアンは体を引きずるようにして祭壇前にたどり着くと、なけなしの全財産――銀貨二枚、2バーミルを供えた。
「自分ではない誰かを演じるのが楽しくて……主役になれなくても、脇役でもいいから、芝居の仕事がしたかっただけなのに……!」
純粋な少女の夢は、二人の汚い大人によって壊されてしまった。
彼女はもう二度と、舞台には立てないだろう。
体を弄ばれた経験は、この先も彼女を苦しめ続けることになるだろう。
「……お願いします。どうか、どうか……私の夢を奪ったスタークを、団長を!」
――“君の願い。確かに受け取ったよ”
彼女の頬から涙が零れ落ちた。
「――劇団ギャラクシアの団長、カニスは養成所の候補生たちを度々手籠めにしていた」
その後、詮議のため聖堂跡地に集められた始末屋たち。カレンは怪我のせいで仕事はできないため、ベルーガ、リリィ、モノの3人が集められる。
「人気役者のスタークもそれに加担し、傷ついた頼み人に追い打ちをかけたきたらしい」
「その話、本当なのか? 本当なら警邏隊で捕まえればいいだろ」
待ったをかけたのはモノだ。彼は訝しそうにウィードへ問い返す。
「ほぼ確実に、もみ消されて終わりだ。役者連中は下手な貴族より金持ちだからな」
ベルーガはスーツの懐から包みを――カニスから渡された袖の下を取り出すと祭壇に広げる。
「スタークは女遊びが絶えないろくでなしだ。芸を肥やすと称して、色んな女を辱めてきた」
ベルーガの知る限りでも2人。記録室を探せばスタークが犯人と思われる事件は他にも出てくることだろう。
「こいつはスタークに灸を据えてくれって、団長からの頼みだ。早いとこ的を決めようぜ」
「……らしくないですわね。こんなこじつけのような頼み、許されるとお思いで?」
不服そうにしているのはリリィだ。芝居好きな彼女は人気役者を始末する事態となってしまい、少々気が乗らないようだった。
「だったら裏取りはお前に任せるぜ。本当はスタークが悪でないなら、その時は俺を始末すりゃいい」
ベルーガは苛立ったように金貨二枚と銀貨から両替された銅貨をひとつかみすると聖堂を去る。
「へぇ……旦那もあんな
モノは物珍しそうにベルーガの後姿を見送ると、自身も同様に分け前を取る。
「……リリィ。裏取りはするかい?」
「……ええ、もちろん。どうにも、私怨が混じっているような気がしてなりませんもの」
リリィは金貨を受け取らず、銅貨だけをつかみ取る。
「……大丈夫だよ。ベルーガさんは、そんな人じゃないからね」
残された頼み料を全て回収したウィードは、静かにランプを消すのだった。
ミッド街道、ノーブルバード。
ここはリーズナブルに飲むことができる居酒屋として有名な店だ。
「――あーあ。俺ももっと面がよけりゃぁな」
スタークの取り巻きの一人、ギーガはビールを飲み干しげっぷする。容姿も相まって清潔感の欠片もなかった。
「だよなぁ……そうすりゃ、どんな女ともヤりたい放題だ!」
飲みの相手もスタークの取り巻き、ニュート。
面が思わしくない者同士、慰め合っていた。
「――あの、相席よろしいですか?」
そんな二人に声をかける美女が一人――リリィ。彼女はグラス片手に二人の席へ近づく。
「……あ、ああ」
「どうぞ」
ギーガとニュートは美人なリリィから声をかけられ挙動不審となっている。
普段はスタークがいるからこそ美女美少女と関われるが、二人きりの状況では初めての事態だった。
「……あの、お二人はギャラクシア所属の役者さんですわよね?」
「ま、まあ……」
ギーガはその言葉で確信する。
成程、この女はスタークを始めとした人気役者とお近づきになりたいのだ。将を射んとする者はまず馬を射よ、人気者に取り入るならまずは周りの脇役から。
彼は相方のニュートに目くばせをする。これはチャンスだ、と。
スターク目当てならば、それをダシにリリィを連れ込み、一夜を共にすることができるかもしれない。
「やっぱりわかっちゃいます? このあふれ出るオーラ……っとと」
ニュートは酩酊してふらついた風を装ってテーブルのグラスを倒した。
「あら! 大丈夫ですか?」
リリィが粗相に気を取られた瞬間、ギーガは隠し持っていた睡眠薬をリリィのグラスへ投入する。粉末のそれは瞬く間に溶けていった。
「へへ……飲みすぎたかな。この後スタークさんと合流するってのになぁ」
「まあ! あのスターク様と?」
「しっ! 声がでかい」
リリィはにこやかな表情のままグラスを手に取る。縁に粉が付いており、何かが仕込まれていることを察する。
「もし、もし……ご迷惑でなければ」
虎穴に入らずんば虎子を得ず、リリィは何かが仕込まれたのを承知でグラスに口をつける。
「構いませんよ。スタークさんと、楽しい一夜を過ごしましょう」
即効性の睡眠薬は瞬く間にリリィの意識を奪い取った。
ギーガとニュートは互いにほくそ笑むと、眠るリリィの両脇を抱えるようにして店を出た。
意識を取り戻したリリィは体が動かず肌寒さを感じた。
「――へへっ! お目覚めみたいだぜ?」
ぼんやりとした頭が回り始め、彼女は自分が裸の状態で縛られていることに気づく。
一服盛られたからには覚悟していたが、まさかこうなるとは思ってもいなかった。
「そんな目で見るなよ……興奮するだろ?」
リリィはあまりの気色悪さに吐き気を催していた。だが仕事はきっちり果たさねばなるまい。
「騙していたのですね……」
「いいや。ちゃぁんと、スタークさんとも遊べるぜ?」
「その前に、俺たちと遊んでくれよな?」
聞いてもいないのに向こうからぺらぺらと話し始める。
「でも、ああ見えてスタークさんの性癖はやべぇんだぜ? 男女構わずヤれるんだ」
「あれで“芸を肥やす”ってんだから笑っちまうよ。あれで芸が上達するなら苦労しねぇって!」
リリィは内心でベルーガに謝罪した。
私怨も確かにあったのだろうが、彼は決して判断を誤っていなかった。始末すべき悪を感情で見誤る男ではないのだ。
だからこそ、信頼して今まで組めてきていたのではないか。
「それじゃ早速、具合を確かめ」
「――“ 縄 を ほ ど け ”」
ギーガとニュートの失態はリリィの口をふさがなかったことだ。
嫌がる反応を楽しみたかったのだろうが、
二人は命ぜられるがままに彼女を戒める縄を解いた。
「はぁ……男はいつもそうですわよね。下半身でしか物を考えられないのでしょうか?」
幸いにもリリィの私服は近くに捨てられていた。汚れを掃うと彼女はそれに袖を通し、自分を手籠めにしようとしてきた不届き者達を軽蔑のまなざしで見つめる。
「“ 縄 で 自 分 の 首 を 絞 め ろ ”」
ギーガとニュートは各々、手に持っていた縄を首にかけると力の限りそれを引き絞った。
世にも珍しい自分自身の手による絞殺だ。
「この体は、神に捧げた物。お前らのために磨いているんじゃないんだよ」
死ぬとわかっていても自分の首を絞め続けたギーガとニュートは痙攣しながら崩れ落ちた。
リリィは二人が確かに死んでいることを確認すると、静かにその場を去るのだった。
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