第10話 役者のカリスマ(4/4)
劇団ギャラクシアはかつてのカリスマ役者、カニスによって創設された。
自分の芸を後世へ残したい。
自分の手で次世代の役者を育てて行きたい。
彼はその理念を胸に劇団と役者の卵を育てる養成所を作る。
劇団には彼のお眼鏡にかなった優秀な役者を、養成所には才能あふれる少年少女を。
養成所一期生のスタークが躍進したことによりギャラクシアの名はイーストエンド中に響き渡り、今では各地を興行する大劇団へ成長していた。
「――はい、今日のレッスンはここまで」
カニスは白髪頭が特徴的な紳士だった。年は五十代、一線は退いていたがこうして後進育成に力を入れていた。
「うんうん。皆よくできていたよ。この分なら、初舞台も近いかもしれないね」
彼は感慨深そうに深く頷いている。
思い返せば彼らとは色々なことがあった。時に笑い、時に衝突し、一流の役者にすべく叱咤激励をしてきた。
「それでは各自、自主練に励みなさい」
『はいっ!』
元気のよい返事が返ってきてカニスは満面の笑みを浮かべる。
やはり無垢な少年少女が頑張る姿はたまらない。見ているだけで何歳も若返ることができるように感じる。
「――ああそうそう、アン。君は後で私の部屋に来なさい、大事な話があります」
「は、はいっ!」
カニスは小柄な青髪の少女、アンに声をかけると自室へ戻っていった。
「――あーあ、お呼ばれしちゃった」
「――終わりだな、あいつも」
「――これでライバルが一人減るね」
事情を知る者達はひそひそとアンを見つめて囁き合う。
当の本人はその意味を知らず、首をかしげているのだった。
さて言いつけ通りにカニスの部屋を訪れたアン。
「よく来たね。遠慮せず、座りなさい」
「は、はいっ!」
アンは言われるがままに椅子に腰かける。その背後ではカニスが部屋の扉の鍵を閉めている。
カーテンは閉じられ、窓の外はうかがえない。ランプの光だけが部屋の中を照らし出していた。
「……アン。君は優秀な生徒だ。同年代なら他に類を見ないほど、抜きんでた才能を持っている」
「えっ……あ、ありがとう、ございます」
お説教が始まるのではないかと身構えていたアンはそうではなさそうだと安心し、張り詰めていた気を緩める。
「君は年の割に幼い容姿で、さぞ劣等感を抱いたことだろう。役者にとって容姿は何よりも大事な物。どうしても他と比べてしまったでしょう?」
「……はい」
アンは今年で十三歳、そろそろ肉体が成熟し始めてもいいころ合いだったが、残念ながら身長は伸びず、性徴の兆しも見えない。
幼い容姿でなくてはできない役もあるが、やはり花形を演じることができるのは上背がありスタイルの良い役者だ。
「心配することはないよ。君の魅力は、正にこの容姿なのだからね」
「えっ……ちょっ……」
カニスが服に手をかけてきたためアンは咄嗟に振り払おうとするも、じっと見据えられされるがままになってしまう。
この“どこからどう見ても善人そうな瞳”こそが彼の武器。現役時代はどんな演目にも姿を現す名脇役としてその名を轟かせていた。
「幼いながらも、その胸の奥は熟れている。さ、恥ずかしがらずに」
裸に剥かれたアンは羞恥で真っ赤になっているも、団長の命とあらば逆らえない。
局部を隠そうとする手を脇に下ろし、全身をさらけ出す。
「あぁ……いい。この男を知らない無垢な体――もう辛抱溜まらんっ!」
カニスは冗談のような早脱ぎで全裸になるとアンに飛びつく。
――大きな悲鳴が響き渡った。
「――見つけたぞ、スタークっ!」
夜も更け、多くの者が明日に備えて寝静まろうとしている時間。
婚約者、イリアの命を奪った元凶を見つけ出したカイゼルはナイフの柄に手をかける。
「……誰だ、君は」
スタークは変装用の眼鏡をずらしてカイゼルの顔を見つめる。
取り巻き達は心当たりが多すぎて逆に見当もつかないといった表情だ。
「忘れたとは言わないぞ……! イリアの、イリアの仇ッ!」
カイゼルはナイフを抜くや否やスタークへ飛び掛かる。
「おっと、気を付けてくれよ」
もし彼がナイフ術の心得があれば、この場でスタークは帰らぬ人となっていただろう。
だが素人の無策の突進は、役作りで護身術を習っているスタークには無力だった。
あっさりと手首を取られナイフを落とされてしまう。
「この顔に傷でもつけば大損失だよ」
「離せっ! 離せぇッ!」
腕をひねりあげながらも憎悪の光を絶やさないカイゼル。わめきながらもどうにかしてスタークを亡き者にしようともがいている。
「おお……これほどまでにあふれ出る憎悪は初めて見た。少し、話しをしないか?」
「誰がお前なんかと――」
暴れるカイゼルの背後から取り巻きの一人、醜男のギーガがハンカチを押し当て意識を奪う。
「――っ!」
目を覚ましたカイゼルは自分が下着のみの姿で縛られていることに気づく。
「おはようさん。気分はどうかな?」
スタークの人を惹きつける声をもってしても、カイゼルの憎しみは消えない。彼の重い愛はその程度では揺るがないのだ。
「くっ! ここはどこだッ!? 早く縄をほどけっ!」
「まあ待て。まずは“イリア”、が誰か教えてくれないか?」
しかしカイゼルは言葉にならないわめき声でスタークを罵るばかりで質問に答えない。
仕方なさそうに取り巻きの一人、ニュートがスタークへ耳打ちする。
「……ああ、理解できた。つまりお前は自分の女を寝取った俺が憎いのか」
「いけしゃあしゃあとっ! お前のせいで、イリアは自分の命を絶ったんだぞッ!」
カイゼルはたゆまぬ愛の力で婚約者の命を奪った者を突き止めていた。その執念は警邏隊の捜査能力を上回るほどであった。
スタークは心外だ、とでも言いたげに肩をすくめる。
「安心しろ。お前の女は死んで無い。俺の芸の礎として、未来永劫俺の中で生き続けていく」
「ふざけるなッ! 殺してやるッ! 何度も生き返らせて、その度に殺すッ! 何度だって殺し続けてやるッ!」
もはや発狂しているのではないかと錯覚するほどの叫びにスタークは好奇心を擽られる。
いまだかつて出会ったことのないタイプの人間だ。もし理解することができれば演技の幅が広がるはずだ、と。
「お前、面白いな……もっと俺にお前の事を教えてくれないか?」
スタークはゆっくりとその衣服を脱ぐ。
突然の奇行に、さしものカイゼルも硬直する。
その数瞬後、部屋に野太い悲鳴が響き渡った。
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