第8話 役者のカリスマ(2/4)

『――ああ……ようやくたどり着いた』


 ストーリーはクライマックスに突入していた。

 スターク演じる主人公たち一行は遂にイーストエンド北端に到達。目的を成し遂げた万感の思いを胸に踏破の証を立てる。

 あとは無事に故郷へ帰るのみである。だがそこで事件が起きる。

 歴史上類を見ない猛吹雪に襲われ主人公一行は身動きが取れなくなってしまう。

 洞窟へ避難し手持ちの食糧で凌ごうとするも一向に吹雪は止む気配がない。


『……これが、最後の食料だ』


 真に迫る演技は彼が本当に飢餓状態に陥っているように錯覚させた。

 震える手つきでパンにかじりつこうとする主人公だが、それは凍ってしまっていて食べることができない。


『こんな……こんなところで、死ぬのか……』


 仲間の一人がそうつぶやくと、恐怖が伝播していく。吹雪は止む気配がない。このまま耐え凌ごうにも食料は尽きた。


『……こうなったら、正面突破するしかない』


 飢え死にするか、それとも吹雪に挑んで凍死するか。

 開拓者たちの答えは後者だった。

 厳重に装備を固め吹雪へと突入する。だが自然の脅威を前に人間は無力だ。一人、また一人と吹雪に負け、残されたのは主人公ともう一人、彼が想いを寄せているヒロインだけだった。


『……ごめん……私、もう……』

『……待ってくれ……逝くな……!』


 ヒロインはもう一歩も動けないと膝をつく。主人公は彼女の肩を取ると共に歩み始める。


『帰るんだ……俺たちは、帰るんだ……! そうさ。帰ろう……きっとみんな驚くぞ……おれたちは、きたの、はてまで……』


 主人公はヒロインの命が尽きたことを悟り、涙を流す。

 心の支えが無くなり、もう彼を突き動かす物が無くなってしまったのだ。


『……ここに君をおいていくくらいなら、俺は死を選ぼう……最期まで、一緒に……』


 主人公はヒロインの亡骸を抱きかかえたまま、吹雪に飲まれていった。

 ステージの照明が落ち、再び語りが入る。


『――これは決してフィクションではない。北部開拓時代にあった、数ある悲劇の一つである』


 現在のイーストエンド北地区は人が住めるインフラが整備されている。

 たとえ猛吹雪が吹き荒れようとも問題なく生活ができるようになっていた。だがその生活は開拓者たちの尊い犠牲の上で成り立っている事を忘れてはならない。

 今でもイーストエンド北端付近、北第五地区は命の保証ができない秘境として知られている。

 今回の演目“フロンティアの涙”のモデルになった開拓隊を始め、多くの者達が挑み、散っていった。彼らの亡骸は回収が困難で、今もな北第五地区の地で眠っている。


 静かに幕が下り、静寂に包まれる。

 悲劇的なストーリに涙した者達の嗚咽が静かに響く。

 やがて挨拶のため再び幕が開き、役者たちが一列に並んでいる。彼らが一礼した瞬間、大きな拍手が響き渡った。


「……なんというか、心に響く芝居だったな」


 アリスはすっかり演劇の虜になっており、その頬を上気させている。今が勤務中であることは頭から抜け落ちてしまっているようだった。


「――お楽しみいただけましたか?」


 ぬるり、と支配人が特等席へやってくる。目論見通りの反応が得られたのか、彼は満足そうに微笑んでいる。


「あ、ああ……芝居とはすごいのだな。途中、吹雪の演出があったがあれはどうやったんだ?」


 アリスはまるで子供のような無邪気な様子で問いかける。

 劇中、ステージの上を吹雪が吹き荒れる演出があり、彼女はそれがどのようにして実現されているのか気になっていたのだ。


「大陸からエレメントクリスタルを」

「あれは審査が厳しいだろう? 許可は通ったのか?」

「もちろんですとも」

「それに扱うなら大陸の者でなくては難しいのではないか?」

「ええ、ええ。大陸から人を雇ったのです」

「移住許可は?」

「もちろん取得いたしました」


 矢継ぎ早の質問を支配人は軽々と捌いて見せる。興行する側も、アリスほど熱心に観劇してもらえてうれしいのだろう。彼は得意げに語って見せている。


「……ふあぁぁ……ああ、終わりました?」


 そんな二人のやり取りで目を覚ましたのか、ベルーガは一際大きなあくびをした。


「……お前、もしかして……寝てたのか?」


 寝ぼけ眼をこすっているベルーガを見たアリスは、信じられないと目を見開く。


「いやぁ……特等席の椅子は良いですね。とても気持ちよく眠れましたよ」


 好みは人それぞれ。どんなに熱量のこもった演劇だったとしても、興味の無い者には刺さらない。

 だが作る側はたまったものではない。支配人は顔を引きつらせていた。


「さて、それじゃあスタークに取り次いでください。もう公演は終わったんですし、問題はないでしょ?」

「……ええ、しばし、お待ちを」


 支配人は屈辱的な表情のまま一礼すると楽屋の方へ向かう。


「……ベルーガ、あれは無いんじゃないか?」

「何がです? こっちは芝居を口実に待たされたんです。見てやる義理は無いでしょ」


 眠気が抑えられないのかベルーガは再び大きなあくびをした。


「それにアリスさんこそ。今は勤務中です。芝居にうつつを抜かしてる場合じゃないでしょうに」


 いつもと立場が逆転しアリスは思わず息を詰まらせる。

 確かに、今は勤務中だ。演劇の余韻に浸っている場合ではない。


「そ、そうだな……」


 サボり魔のベルーガの指摘に釈然としない気持ちになりながらも、アリスは気を引き締め直すのだった。




 舞台役者、スターク。

 所属は劇団“ギャラクシア”、年齢は22歳、新進気鋭の俳優である。

 その特徴はなんといっても演技力。まるで役そのものになっているかのような、まるで役を憑依させているような芝居をすることに定評があった。

 デビューは十年前。ギャラクシアが手掛けた養成所の一期生として華々しくデビュー。演技力とその特殊な声が話題となり一躍人気者となった。

 彼の声は独特の響きがあり、聞く者を落ち着かせることが出来た。癇癪を起し泣き止まない赤子が、彼の声を聞いただけで泣き止んでしまったという逸話も残っている。


「――私が、一般の女性と関係を?」


 つまるところ、聴取をしていると不思議と心が落ち着いてしまうのである。

 アリスはスタークの声を聞いた瞬間に毒気を抜かれてしまう。


「まさかとは思いますが、念のため。どうにも彼女が嘘を言っているように思えなくて」


 対するベルーガはいつもの調子で問いかけ続ける。スタークのカリスマが通用していなかった。


「……覚えがない」


 やや間を持たせてスタークが答える。

 言葉の通り、全く身に覚えがないといった様子だ。しかし彼は天才的な演技力を持つ役者、演技している可能性も否定できない。


「仕事柄、ファンとの交流が無いわけではない。リップサービスをすることもある。だから……勘違いされている可能性もあるかも、しれない」


 身に覚えはないが、もしかすると自分が悪いかもしれないといった様子で可能性をつぶやく。

 アリスはその様子から演技をしているようにも思えず、これで聴取は終わりでいいのではないと考えベルーガの肩を叩く。


「大変ですね。舞台役者ってのも。ちょっと甘い言葉をささやいただけでファンをその気にさせてしまう」

「力になれず申し訳ない。もしかすると誰かが私の悪評を流すためにその女性を雇ったのかもしれない」


 スタークは腕を組みながら深刻そうな顔をしてみせる。

 役者業は非常に競争の激しい世界だ。彼とて人気に胡坐をかいて研鑽を怠ればたちまち表舞台から姿を消すことになるだろう。

 少しのスキャンダルが表沙汰になるだけであっという間に滑り落ちる危険性をはらんでいるのだ。


「……そういえば、一昨日ミッド街道へいらしていたそうですが、どの店に行ったんです?」

「一昨日?」


 帰り際の世間話のような調子でベルーガは尋ねる。

 スタークは覚えていないのか首をかしげている。


「ええ、聞き込みをしていたらそんな話を耳にしましてね。いやぁ、貴方ほどの人気役者が通う庶民御用達の店があるなら、一度行ってみたいと思いましてな」


 ベルーガはいつも通りの能天気な笑顔だったが、その目はあまり笑っていない。


「……芸を磨くためには、様々なことに触れなくてはなりません。成金のように遊び惚ける役者もいますが、私は違う。庶民の暮らしを知ることも役作りに欠かせませんから」

「さっすが! 人気役者は言うことが違いますな!」


 ゆさぶりをかけられるもスタークは動揺すらしなかった。

 ベルーガは仕方なしに一礼すると、アリスと共に楽屋を後にするのだった。

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