第6話 光もあれば影もある(6/6)
酒とグラス、つまみを乗せた盆を手にコリーは戻ってくる。
「ズブロッカですか。相変わらずお好きなんですね」
ベルーガは酒瓶を手に取りコリーの持つグラスへ注ぐ。サクラの花のような柔らかな香りが広がる。
これをリンゴの果汁で割るのが彼女の一番好きな飲み方だ。
「食の好みはよく覚えているのね」
酒瓶を受け取ったコリーはベルーガのグラスに注ぐ。
「ちょちょちょ義母上多すぎますって!」
強い酒はシングルかダブルで飲むのが道理だが、彼女は悪ふざけのつもりかグラス一杯に並々と注いだ。
「それじゃ」
いたずらっ子のように微笑んだコリーは、無理やりベルーガのグラスに自分の物を当てて乾杯する。こぼれないように手を震わせていた彼は思わず目を見開いてしまった。
「……メラニアの事、悪く思わないで頂戴ね」
静かに切りだしたコリーだったが、こぼれんばかりの酒を処理するのでベルーガは精一杯だった。
「可愛い義妹です。悪くなんて思いもしませんよ」
どうにかグラスを置くことに成功した彼は、酒で焼ける喉を落ち着けながら応える。
「そう……ならいいのだけど」
コリーはつまみ――色とりどりの砂糖菓子だ――を手に取り口に運ぶ。ひりつく口内が甘みで癒される。
「貴方の同僚、アリス・オードヴィーさんの事、どう思っているの?」
「……どう、と言われましても」
意図を図りかねベルーガは苦笑する。
彼にとってアリスは相棒であり、理想的な警邏官だ。彼女が得をするような世の中になって欲しい、そう思う程度だ。
「そう。ならはっきりと言わせてもらいます――貴方はアリスさんの事を好いていますか?」
「……そりゃあ、彼女ほど真っ直ぐな人を嫌いな人は少ないでしょう」
「人として、ではなく異性として、です」
「…………」
ベルーガは返答に詰まり思わずグラスの淵をなぞる。
異性としてどう思うか? その問いに答えることは非常に難しい。
アリスは容姿端麗、その上家柄もいい。言動は男勝りだがチャームポイントの一つと言える。
正義感が強く、真っ直ぐな性格、だが分別も弁えておりこらえなければならないところではこらえられる我慢強さ。
女性としてみても十分に魅力的な人物だ。
「……私はメラニアと結婚することになっています。どうしてそんなこと聞くんです?」
「本当に結婚したいと思っているのかしら? 嫌々結婚されてはあの子がかわいそうです」
コリーの冷たい視線を受けベルーガは息を詰まらせる。
彼は誤魔化すようにグラスをあおった。
「私にとって、ベルーガさんは息子も同然。メラニアほどではないけど幸せになって欲しいと思っています。もし望まぬ結婚で貴方が不幸になってしまうのなら……もし本当に好いている人がいるのなら、その方と結ばれた方がいい」
ようやく義母の意図を理解したベルーガは小さくため息をつく。
今日の騒動があったから確認したかったのだろう。実はベルーガに想い人がおり、義妹との結婚は不本意なのではないか、と。
望まぬ結婚程不幸なことはない。メラニアとベルーガが結婚して、本当に幸せになれないならそんな結婚はしない方がいい。
「……アリスさんはね、私の理想なんです。腐り切った警邏隊の中でも、真っ直ぐに自分の正義を持ち続けている」
アリスは正義感にあふれる人物だ。悪を許さず、罪なき市民の平和と幸せを願って戦い続けている。
残念ながら警邏隊は国に雇われる公務員、時に上の決定に従わざるを得ないこともある。
だが何度腐り切った上の姿を見ても自分の正義を失わない。
頑張り続ければ、いつか平和になるのだと言わんばかりに戦い続けているのだ。
「だから恋だのなんだの、そういった浮ついた気持ちはないですよ」
「そう……」
コリーはとろん、とした瞳のままもたれかかってくる。
すっかり酔いも回り、眠くなってしまったのだろう。
「義母上……?」
「……んぅ……ふぅ……」
ベルーガは彼女の肩をゆすってやるも、既に彼女は夢の中に旅立っていた。
仕方なしにため息をつくと、彼は義母を寝室まで運ぶのだった。
ミッド街道は夜が本番である。
昼間は眠っていた店が営業を始め、どこもかしこも飲めや歌えやの大盛況だ。
街道沿いには酔った勢いで……といった者達へ向けた
「やっ……いやっ……」
女性は体中をまさぐられ羞恥で真っ赤になっている。抵抗したくとも体は痺れて動かず、指が局部を掠める度に出したくもない矯正を上げてしまう。
「君は……成程、この鍛え上げられた体、何か格闘技でもやっているのかな?」
彼女の耳元でささやき声が響く。穏やかでどこか安心感を覚えてしまうようなテノールボイスだ。背筋をなぞられるようなこそばゆさがあり、彼女は思わず身を竦めている。
「だ、だったら……何よ?」
彼女はカラテの有段者だ。きっかけは護身の為だったが、戦いの楽しさに目覚め今では有段者である。
体の痺れさえなければ――相手が人気役者のスタークでなければすぐさま反撃して見回り小屋へ駆けこめるほどの戦闘力を有していのだ。
「そうだよなぁ……うんうん、俺は――そういう奴と話がしたかったんだ」
スタークは取り巻きに目くばせをする。取り巻きの一人――小太りな
「~~~~っ!」
彼女は咄嗟にギーガをつき飛ばそうとするも、スタークに後ろから腕を抱えるようにして抱き止められ身動きが取れない。
「うーん……ありきたりなリアクションだ。もっと、こう……気の利いたことは言えないのかい?」
「ふっ……ふざけ――ひんっ!」
うなじを舐められ女性は思わず矯正を上げてしまう。
スタークはその反応をじっくりと観察し、時折心情を尋ねている。まるでその人格をつまびらかにしようと実験を繰り返しているかのようだった。
「――残念。この子はハズレだ。ありきたりすぎて芸の足しにならない」
ひとしきり反応を見終えたスタークは女性を解放する。お気に召さなかったようでその表情は曇っている。
「スタークさん、どうします?」
「うん? 好きにしたらいいよ。顔は好みじゃないし」
「へへっ……じゃあ遠慮なく」
彼は顔を隠すためサングラスと帽子をかぶり、コートを羽織る。
人気役者としてのオーラは隠しきれていないが、まさかこんな庶民の歓楽街にスタークが現れるとは誰も思うまい。
と、言いつつ昨日はバレてしまったのだが、今度こそ見つからぬよう彼は用心深く変装した。
「やっ……待って……! なんでも、いう事、聞くからぁ……!」
自分の未来を悟った女性はスタークへ助けを求め縋りつく。
だが彼は心底興味なさそうに見つめ返す。
「……普通過ぎるね、君」
彼女は助けてもらえないとわかり絶望する。その表情もお気に召さなかったのか、スタークは顧みることもせず部屋の外へ出る。
「――やっ……いやっ……! いやぁぁっ!!」
扉が閉まった瞬間、部屋の中から悲鳴が響き渡った。
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