第24話 満開の恨み花(2/5)

「今回一番の悪はマーレイ商会会長のマーレイだね。彼は言葉巧みに大陸の人間を騙してイーストエンドへ密入国させ、奴隷のように働かせていた。そして要らなくなったら殺す――今まで頼まれなかったのが不思議なくらいだ」


 カレンは自分がやる、と言わんばかりにベルーガとリリィへ視線を送っている。

 二人は好きにしろ、と鼻で笑う。


「不法移民たちを皆殺しにしたのは、どうやらサルガッソの残党らしい。先日の仕事で主要な幹部は始末していたけど、一人だけ難を逃れていたのがいたとか」


 悪党のしぶとさにはため息しかでない。

 これで完全に潰せれば御の字だが、彼らは名を変え再び復活するのかもしれない。


「更にマーレイには元隠密の用心棒がいる。一筋縄ではいかないかもしれないね」


 カマロの始末を妨害した用心棒、元隠密のジュリ。

 彼女がマーレイの近くにいるだけで仕事の難易度はけた違いに跳ね上がることだろう。


「そして彼らの悪事をもみ消しているのは警邏隊南地区総隊長のカーラ・シェリダン。彼は直接的に悪事に加担しているわけではないが、警邏隊に圧力をかけてマーレイを野放しにしている。彼がいる限り第二、第三のマーレイが生まれるとも限らないね」


 的は計四つ、そして始末屋は三人――キクナを頭数に入れてもいいのかわからないが、それでもいささか心細い人数だった。


「少々的が多いが――手伝ってくれんのかい?」


 ベルーガは聖堂の入り口方面へ声をかける。


「……気づいてたのか」


 ボロボロになった扉の影からモノが姿を現す。その目には怒りの炎が宿っており、アリアドネを亡くして腑抜けていた様から立ち直ったことが窺える。


「そんだけ殺気を振りまいてて気づくなって方が難しいよ」


 モノは気の立った狼のような鋭い視線で始末屋たちをけん制しながら祭壇へ歩み寄る。


「……お前らの手伝いをしに来たわけじゃない。釘を刺しに来ただけだ」


 彼は祭壇の裏で話をまとめていたウィードが元締めであると判断し啖呵を切る。


「ジュリは俺が殺す。だからお前らは手を出すな」


 アリアドネだけでなく店の常連にまで手をかけたジュリをモノは許すつもりはなかった。

 自分の手でケリをつける。

 始末屋なんかに頼りはしない。


「はぁ……いつからこの稼業は競売オークション形式になったんですの?」


 モノは殺気を感じ身構える。

 祭壇へ歩み寄っていたリリィは彼を一瞥し鼻で笑うと、祭壇の上に乗せられていた銅貨を数枚握り締め――それを彼の足元へ放った。


「……取りなさい」

「……は?」


 1ゼニー銅貨。パン一斤も買えない小銭。

 懐に収めようと収めなかろうと大して変わらないはした金。


「……私たちは、神ではありません。勝手に善悪を判断することは、あってはならないこと」


 正義をかざした人間はどこまでも暴走する。それは自制心を容易く破壊しどこまでも残酷に突き進ませる諸刃の刃。


「憂さ晴らしの人殺しがしたいなら、今すぐここで消して差し上げます。でもそれを受け取って、仕事をするというのなら……」


 リリィは非常に短気でせっかちな性格だ。少し挑発すればすぐに頭に血を上らせ喧嘩になる。

 その彼女が最大限譲歩し我慢している。

 本当は今すぐに目の前の邪魔者を消してしまいたい。だが、人手が足りないのも事実。

 額に青筋を浮かべながら精一杯、我慢し返事を待つ。


「……お前らの流儀は知らないが」


 モノは静かに銅貨を拾い上げる。


「俺はジュリを殺せるなら、それでいい」

「ヒヤヒヤさせやがって」


 カレンは呆れたようにモノを睨みつつ、自分の取り分を握り締める。


「どうすんだ? アタシが代わりにやってやってもいいんだぜ」

「……自分で、やります」


 キクナの宣言を受けたカレンは先ほどのリリィと同様に銅貨を放った。

 ベルーガはそれを見届けると自分の取り分を懐へ収める。

 残された2枚の銅貨をウィードが受け取り、祭壇の蝋燭を吹き消す。


 砕け散ったステンドグラスから覗く月明かりが始末屋たちを照らし出した。

 今宵の仕事が幕を開ける。




 サルガッソの残党は港の廃倉庫を拠点として力を蓄えていた。

 壊滅時に蓄えられていた金子や武器類、シノギで使っていた商品をかき集め、来る始末屋との決戦に供えている。

 かつてのように酒盛りをして油断することもなく、武器を手入れし万全の状態を保つ。シルバの一声で集まった者達は忠義のある者ばかり。一筋縄ではいかないだろう。


「はぁ……ふぅ……」


 リリィはかじかんだ手に吐息を吹きかけながら手を揉み合わせて温める。

 ボキボキ、ゴリゴリとその手が戦闘準備万端であると勝鬨を上げた。


 ――倉庫の扉が開く。


 残党の一人はボウガンを構え、いつ始末屋が来てもいいように見張り始める。


「……ん?」


 彼は静かにやってくる修道女を怪訝な目で見つめる。

 こんな時間、港にどのような用があるというのだろうか?

 警戒しつつも、まさか始末屋であるとは夢にも思わなかった。


「――!」

「ミ゜」


 リリィは素早く距離を詰め、見張りに張り手を食らわせる。頭部がドアに叩きつけられ赤い染みが作られる。

 続けざまに見張りの亡骸ごとドアを蹴り開け倉庫内へ殴りこむ。

 残りの的は7人――うち一人は元幹部のシルバだ。


「待ってたぜぇ……やっちまえっ!」


 残党たちは剣や刀、槍といった各々の得物を構えると突撃する。

 リリィは剣筋を見切ると懐に潜り込みその喉笛を破壊――残り6人。

 そのまま突き出された槍の穂先を亡骸で防ぎ上体を傾けて背後から振るわれた刀を躱す。

 振り向きざまに刀使いの側頭部を叩き頭蓋を粉々に砕く――残り5人。

 今度はナイフ使いが飛び掛かってくる。迎え撃とうと構えるも、彼女の首に縄がかかる。力押しで敵わないと悟り動きを封じようとしているのだ。

 リリィは首の縄に手をかけ、そのまま投石の要領でそれを振るう。逃がすまいと万全の力を込めていた縄の持ち主はそのまま体を浮かせ、ナイフ使いの迎撃に使われてしまう。

 縄を首から外していると体勢を立て直した槍使いが再び突撃してくる。リリィはたった今外した縄を鞭のように振るい、槍使いの首に叩きつける。

 パァン、と弾けるような音と共に槍使いの首がの形に曲がり背骨が突き出た――残り4人。

 すかさず槍を取ったリリィはもみ合って体勢を崩したままのナイフ使いと縄使いに向けてそれを投擲、二人は仲良く串刺しにされてしまった――残り2人。

 残るはシルバだけだと油断しているリリィの背後から針のような暗器を持った女が飛び掛かる。


「――“ 止 ま れ ”」


 殺気を感じ取ったリリィは咄嗟に言霊ウィスパーを発動。行動を制限された暗器使いは彼女の首筋に針を突き刺そうとした姿勢のまま固まってしまう。


「さて、これで――」


 リリィは暗器使いの頭蓋を握り砕き――残る相手はシルバだけだ。


「惨いなァ……どうしてそんな酷いことができるんだ」

「その言葉、鏡に向かって言ったらどうです?」

「ワケわかんねェ事抜かすんじゃねぇよッ!」


 シルバは刀の鞘を放り捨て、抜身の刀を構える。完全なる自己流だったが、敵を確実に殺し斬るという気概を感じさせた。


「楽には殺してやんねェ……じわじわいたぶって、生まれてきたことを後悔するほどの苦痛を与えて」

「――“ 息 を 止 め ろ ”」


 御託を並べるシルバだったが、じれったくなったリリィは言霊ウィスパーを発動した。

 最高位の僧は言霊で直接的に死を命ずることができる。“死ね”と命ぜられた者は生きる行為を禁じられ即座に死ぬ。リリィの言霊はそこまでの効力を発揮できない。

 だが、間接的に死をもたらすことは可能である。

 呼吸を止める、ナイフで自分の胸を突かせる、川へ身投げさせる――そういった死につながる行動を強制させることはできるのだ。


「……ぁっ……かっ……!」


 シルバは陸に揚げられた魚のように口を開け喘いでいる。

 呼吸を禁じられ苦しくとも息を吸うことができないのだ。


「苦しいのですか? 安心なさい――奈落はもっと苦しいと聞きますわ」


 リリィはあえてとどめを刺さず、シルバが悶え苦しむさまを見つめている。

 彼は苦しみのあまり刀を取り落し、首をかきむしる。だがどんなにもがこうとも彼の体は息を吸うことができない。自分から窒息しようとしているのだ。


「ひゅっ……っ……」


 シルバの体が崩れ落ち、動かなくなる。

 言霊により呼吸を禁じられ、窒息死してしまったのだ。

 リリィはとどめにその首を踏み砕くと、廃倉庫を後にするのだった。



 

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