第23話 満開の恨み花(1/5)

 悲鳴を上げる気力もなかった。


 は猟奇的な趣味の持ち主で、人をいたぶることを何よりの喜びとしていた。

 鞭で体中を打ち、真っ赤に熱した鉄を押し当て、まどろむことも許されぬ水の牢獄に押し込め……行われている拷問は数知れない。

 初めこそ痛めつけられる度に悲鳴を上げ、泣き叫んでいた。

 それはただを喜ばせるだけと知ってから、なるべく悲鳴を上げないようにこらえるも、それこそ彼女の思うつぼだった。

 苦しみにこらえる姿もツボだったのか、拷問は苛烈さを極めた。


 やがて肉体への責めに慣れてくると、次は心を痛めつけてきた。

 男も女もその尊厳を奪われ、屈辱的な仕打ちの数々は肉体以上に心を蝕んだ。


『……ふぅっ……ふぅっ……!』

『いいわ、いいわぁ♡ ……その威勢がどこまで続くか見ものねぇ』


 キクナは想い人が凌辱される様をただ見ることしか許されなかった。

 目を逸らすことも許されなかった。

 何かの薬物を注射され、苦痛と快楽の狭間で悶えるハルシャの姿を見つめることしかできない。

 自分から男を受け入れれば――寝取られることを決断できれば楽にしてやると、そう告げられても彼女は耐え続けた。


『ほぉら、五本目♡』

『~~~~ッッ!』


 悲鳴のような喘ぎ声が響く。

 何もできない。

 想い人が目の前で凌辱されならがら、助けることが許されない。自分の身を犠牲にすることすら許されないのだ。


『あらあら。こんなに耐えられるなんて初めて♡ でもどうしようかしら。これ以上打ったらあんたの頭、ぶっ壊れちゃうわねぇ』


 は人の限界を心得ていた。

 どこまでやれば人が壊れるか、どこまでなら耐えることができるのか、それを理解し限界まで人をいたぶる術を知っているのだ。


『……だったら……わたしの、かち、ね』


 ハルシャの勝ち誇ったような表情が気に入らなかったのか、雇い主は露骨に機嫌を悪くしている。


『そうねぇ……仕方ないから、あんたは自由にしてあげる。その代わり――』


 雇い主は縛り付けられているキクナへ歩みゆる。手には注射器が握られており、彼にもハルシャのように薬物を投与するつもりなのだ。


『この子で楽しませてもらおうかしら♡ 楽しみねぇ……どこまでを保ってられるかしらね』


 何をされるか、彼は想像もつかなかった。

 一つだけ確かなのは、もうこれ以上ハルシャが苦しめられることは無いという事。


『ま、まって……』


 だが選択権は彼に無かった。

 想い人を守るため、ハルシャは自分の身を犠牲にすることを選ぶ。


『そんなにこの子が大事なら――自分から壊れなさい』


 彼女は目の前に放られた注射器を手に取ると、ゆっくりと自分の腕に近づけていく。


『……キクナ』


 想い人の最期を、キクナは生涯忘れることは無いだろう。


『生きて』


 あの穏やかな泣き笑いは、今も脳裏に焼き付いている。

 そして耳をつんざくような悲鳴も、頭から離れることは無いだろう。





 自分が許せない。

 キクナは自分の選択を責め続けた。

 安全な地で天寿を全うできるような人生を歩みたい。想い人と共に末永く幸せに暮らしたい。

 そう思わなければ、こんなことにはならなかったはずだ。

 第三地区、聖堂跡地にやってきていた彼は胸のペンダントをきつく握り締める。


 ――『お前の恨み、晴らしてもらえるかもな』


 カレンから教えてもらった噂。

 ここで祈りを捧げ金を供えれば、始末屋が恨みを晴らしてくれるという。


「……噂を、聞きました」


 彼は祭壇の前で静かに瞳を閉じる。


「恨みを、晴らしてほしいです……」


 ずっと恨み続けてきた。

 大好きだったハルシャを殺した奴を、ずっと恨み続けた。

 殺したくて殺したくて、仕方なかった。


「――殺してください」


 彼女を殺したのは自分だと、ずっと自分を恨み続けた。

 キクナはずっと自分を殺したくて、仕方がなかったのだ。


「ハルシャは、僕に“生きろ”と言ってくれた。でも……ハルシャを殺した僕に生きる資格なんてない! だから……この恨み、晴らしてください……!」

「――悪ぃけど、自殺の手助けは対象外だ」


 聞き覚えのある声にキクナは思わず肩を跳ね上げる。


「カレン、さん……」


 暗闇から姿を現すカレン。彼女は静かにキクナへ歩み寄るとその胸倉を掴む。


「生きろ、って言われたんだろ!? それができなくて死んでった奴らがいっぱいいんだよッ! 自分を責めるのも大概にしやがれ!」


 突き飛ばされたキクナはしりもちをつきカレンを見上げる。


「お前は悪くねぇよ。悪いのは――その気持ちを踏みにじったマーレイってクソ野郎だッ!」


 カレンの怒りは頂点に達していた。

 ただ幸せな生活を夢見ていただけの者達の想いを踏みにじったマーレイを許せなかった。


「お前はそれでいいのかよ……!」


 同時に、自分を責めて命を断とうとしているキクナにも怒りが湧いていた。


「お前の好きだった奴を殺したのはお前じゃないだろっ! やられっぱなしでいいのか!?」


 キクナはゆっくりとペンダントへ手を伸ばす。

 それはハルシャからもらった大切な物。

 大陸にしか存在しない“エレメントクリスタル”をあしらった貴重な品。

 確かに彼がマーレイ商会の誘いに乗ってしまったことがハルシャの命を奪った遠因。だが彼女を殺したのは――のカミラだ。


「嫌、です……!」

「……そう来なくっちゃな」


 カレンは不敵な笑みを浮かべると暗がりへ声をかける。


「いいよな、ウィード!」

「……僕に止める理由はないよ」


 姿を見せるタイミングをうかがっていたウィードは静かに祭壇前まで向かう。


「――勝手に決められたら迷惑でしょうに」


 続けて現れたのはリリィ。

 やはりカレンのことが気に食わないのか嫌そうな表情を浮かべているも、険悪さはいくらか薄れていた。


「でも、そういうのは嫌いじゃないですけど」

「――いつから始末屋は正義の味方になったんだ」


 対照的に苦々しい顔を浮かべているのはベルーガだ。

 やり取りを陰から見ていたのか、呆れたように天を仰いでいる。


「暑苦しいのは結構だが、勘違いするのはよしておけよ」

「フン……旦那がそれ言うのかよ」


 カレンはからかうようにベルーガを見つめるも、殺気を飛ばされ視線を逸らす。


「揃ったね。それじゃあ、詮議を始めようか」


 ウィードは祭壇の上へ静かに頼み料を広げた。

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