第22話 自由を求める者達(6/6)

 レゴリスで大量殺人が行われている――その通報があったのは事が終わってから数時間が経ってからのことだった。


「ぅ……こ、これは、惨いな……」


 現場へ駆けつけたアリスはあまりの惨状に言葉を失う。

 抵抗する間もなく刺殺されている者、逃げようとしたが敵わず撲殺されている者、何度も何度もいたぶられるようにして殺されている者――辺り一面血の海で、とてもこの世の光景とは思えなかった。


「一体、誰が……」


 ベルーガは漂い始めている腐臭に顔を顰めつつも手がかりが残されていないか辺りを見回す。


「見習い共! 吐くなら現場の外にしたまえ! 決して現場では――オロロロロ」


 あまりの大事件であったため隊長のノブも現場に駆け付けていたが、あまりの凄惨さから嘔吐してしまい使い物になっていない。

 現場を記録する見習にも気分を悪くしている者がおり、見分すらままならない状況だ。


「しかし、この建物の持ち主は気の毒だな。こんな事件が起きた建物に住もうって人はいなくなるだろう」

「ですねぇ……一体、誰がこんなことを……」


 確かにレゴリスは治安の悪い地域ではあるが、ここまで凄惨な殺人が起きるほど落ちぶれてはいない。

 そんな中、一人の見習いが大慌てで駆け付け隊長に手紙を差し出す。


「うぅ……おえっ……どれどれ……!」


 ノブは青い顔をしながら手紙を広げ、更に顔を青くしている。


「諸君、集合!」


 息も絶え絶えに現場の見分をしていた警邏官たちは隊長の一声で集合する。


「え~この事件、どうやら不法移民たちの集団自決、のようだ」


 あまりにも早すぎる結論に警邏官たちは互いに顔を見合わせている。

 どう見ても誰かに殺されたようにしか見えないのに、どうして自決と結論付けられるのだろうか。


「一縷の望みをかけてこの国へやってきたのだろうが、食うに困って、命を絶たねばならんほど追い詰められてしまったのだろうな。うん」


 ノブの目は泳ぎに泳いでいる。

 誰かの結論をそうだと告げずに言わされているのは明白だった。


「そういうことだ! この事件は捜査する必要はなし! はい解散!」


 全て察した警邏官たちは諦念のため息とともに見回りへ戻っていく。


「……不法移民だって人間だぞ……っ! こんな幕引きがあっていい訳がない!」


 アリスは未練がましく現場に残っていたが、結論が伝えられた以上どうしようもない。

 口惜しさをにじませる彼女の背中を見たベルーガは険しい表情でため息をつく。


「手前が呼び寄せておいて、要らなくなったら処分、か……酷いことしやがる」


 圧力がかかったという事はこれはマーレイ商会が絡んでいる事件の可能性が高い。

 自分から集めて働かせるだけ働かせ、用が済んだら皆殺し。

 マーレイという男は人の皮をかぶった化け物なのかもしれない。




 日に起きる事件は一つとは限らない。


「……これは押し込み強盗か?」


 警邏官は現場を見てそうつぶやく。

 家の主はナイフのようなもので胸を一突きされ殺されていた。部屋を物色した跡もあり、押し入った強盗が家主ともみ合い殺してしまったのかもしれない。


「んなワケあるかよ……」


 野次馬の一人となっていたモノは現場を見て犯人を察する。

 殺された女性はレストラン・ラビュリンスの常連だった。これで3人目である。

 つまり犯人はラビュリンスの常連ばかりを襲っているという事になり、そんなことをする人間はきっと一人しかいない。


 ――『お前はきっと戻ってくるさ……戻らざるを得なくしてやるんだからな……』


 これはきっとモノに対する警告だ。

 光の世界への未練など捨てて闇の世界こっちへ戻ってこい、と。

 自分の下へ来い――ジュリはそう伝えているのだ。


「……ふざけやがって」


 抜け殻のようになっていたモノの心に火が付いた。

 





「……噂を聞いて、ここに来ました」


 第三地区、聖堂跡地。

 血まみれの男は息も絶え絶えに祈りを捧げている。


「……私らは、マーレイって男に、騙されて、ました」


 彼は大虐殺を生き延びた一人。

 襲われながらも死んだふりでどうにか乗り越え、仲間たちの無念と共に第三地区まで足を運んでいた。


「……働いたら、移住許可証が、手に入る……夢にまで見た、イーストエンドで暮らせるんだ、って……なのに、あいつは……マーレイはその想いを踏みにじった!」


 男はポケットの中からなけなしの全財産――十数枚の銅貨をを取り出して祭壇の上に供える。


「これだけしか、ありません……これが全財産です……! こんな小銭じゃ足りないかも、しれません……それでも! それでも……!」


 ――“その恨み、確かに受け取った”


 どこからか声が響き渡る。

 たとえ小銭であっても恨みのこもった金である。

 始末屋はたとえ銅貨1枚であっても仕事を請け負う。

 その金に恨みがこもっているなら、必ずその恨みを晴らすのだ。


「ありがとう、ございます……!」


 男は額をこすりつけ、全身で感謝の念を表現する。

 彼はこの後不法移民として大陸へ強制送還されてしまうだろう。

 不法にイーストエンドへ足を踏み入れたせいで、移住審査は決して通ることは無くなる。

 それでも、夢を踏みにじった不届きものを始末してくれ、と。

 その想いを残し、聖堂跡を去っていった。

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