第21話 自由を求める者達(5/6)

「――げ」


 セレーネ聖堂ではベルーガ、リリィ、ウィードの始末屋が集まり情報交換を行っていた。

 そこに呼び出されたカレンは露骨に顔を顰めこの状況を作った犯人――ウィードを睨み付けた。


「おやおや、誰かと思えばどこぞのクソガキちゃんではないですか」


 リリィもまたカレンの顔を見て嫌そうな顔をしている。この二人は根本的にウマが合わないようだ。


「あ゛~……どうして裏取りを頼むだけでこうなんだよ」

「僕が取りまとめておくより、こうして互いに情報を共有した方が効率がいいと思わないかい?」


 ウィードは彼女をなだめるように微笑んで見せる。


「……まあ、旦那にも聞いてもらった方がいい、かも」


 カレンは仕方なしにキクナから聞いた話を伝える。

 マーレイ商会が大陸の移住希望者を騙してイーストエンドに招き入れていること、彼らに過酷な労働を強い人知れず奪われている命がいくつもあること、そして実際に恨みを抱いている“頼み人”がいること。


「なあ、こんだけ派手な話だろ。警邏隊の方で何か掴んでたりしないのか……しない、っすか?」

「無理に畏まらなくていい」


 ベルーガはぎこちない敬語を発したカレンをたしなめつつ、自分の持つ情報と照らし合わせて考える。


「つまりネタを合わせるとこうだ――」


 マーレイ商会の船、ゴールデンエース号は大陸からの移住希望者――マーレイの話に乗ってしまった者達を輸送していた。

 船に乗って人知れずイーストエンドへ入国した者達は商会が手配した住居に住み、商会が斡旋した仕事に従事していた。当然移住許可証を持たない彼らは不法移民となるため、どんなことをさせられても文句を言うことはできない。

 だがそんな大規模に不法移民がいるとなれば警邏隊に情報が提供されるはずだ。どうやらあの辺に不法移民が住み着いているようだ、と。


「が、俺たちの所にそんな話は全く上がってこない。てことは――上でもみ消している奴がいる。それも支部の隊長より上――下手すりゃ総隊長が一枚噛んでるかもな」


 警邏隊は地区ごとに複数の支部があり、それぞれの支部で複数人の隊長が任命される。その隊長の中でも特に優秀な者が支部を代表する“支部長”となりその地区を統括する“総隊長”へ日々の捜査状況を報告している。

 総隊長はそうした報告を吟味し、必要があれば他の支部への共有を指示する。

 つまり支部同士での情報伝達は総隊長の匙加減次第なのだ。


「相手が誰だろうと構いませんわ。一人残らず私がぶち殺して差し上げますわよ」

「できないことは軽々と口にしない方がいいぜ」


 血の気の多さを見せるリリィをベルーガはたしなめた。


「マーレイは腕の立つ用心棒を雇ってる。アリアドネを殺したのもそいつだ」


 元隠密の少女、ジュリ。

 いくら腕に覚えがある始末屋であっても不覚を取ってしまうかもしれないほどの手練れだ。


「じゃあどうすんだ? この頼み、まさか受けないってのか?」

「そういう意味じゃないが……正直な所、相手が多すぎる」


 ベルーガは苦々しい表情のまま帽子を脱いでウィードを睨み付ける。


「……お前の言う通り、俺たちも手を組んでやっていかなきゃならないのかもな」

「は? 冗談だろ」


 カレンは心底いやそうにリリィを一瞥し、ベルーガへ視線を戻す。


「旦那と組むのは……いい。でもあのババアと組むのは御免だ」

「それはこっちのセリフですわ」


 リリィも負けじと睨み返す。その額には青筋が浮かんでおり、ベルーガの視線が無ければ今にも襲い掛かりそうだった。


「こんなクソガキと組んでたら、命がいくつあっても足りませんもの」


 一触即発、険悪な空気にベルーガは深いため息をつく。


「どうしてそう、お前は血の気が多いんだリリィ。それにカレン、お前も事あるごとに噛みつくんじゃねぇっての」


 静かに切られた鯉口にリリィは冷や汗と共に殺気を収め、カレンも叱られた子供の様に委縮した。


「……別に僕は君達に仲良くしてほしいとは思ってないよ」


 それを見届けたウィードは胡散臭そうな笑顔で総括にかかる。


「でもさ、反りは合わないだろうけど君達は“金で恨みを晴らす”って目的は共通している。同じ方向を向いた者同士じゃないか」


 ウィードはこれまで多くの始末屋と共に仕事をし、多くの始末屋を見送ってきた。

 一人一人、主義主張は違えど目的は一つ――晴らせぬ恨みを代わりに晴らす。

 金で売られた的を始末し頼み人の恨みを晴らしてやる。

 もし足並みをそろえることができれば――共に手を組んで仕事をすれば、より大きな恨みを晴らすことだってできるかもしれない。


「これ以上、無残な最期を遂げる始末屋を、僕は見たくないだけさ」


 彼は見送ってきた者達の顔を思い出し、悲しそうに目を伏せた。


「どこからどこまで本心か知らんが……ま、今回の仕事、もし受けるとなったら――腹くくっとこうぜ」


 乱れ咲いている恨みの花。

 始末屋たちが無事にそれを刈り取れるかは――神のみぞ知るところである。





 南第四地区、レゴリス。

 お世辞にも治安がいいとは言えない場所であり、住んでいる者の大半が不法移民やフダツキと言われているスラム街だ。

 そんなレゴリスにある集合住宅アパートの一つ、マーレイ商会が所有する建物には商会の手引きでイーストエンドへ渡ってきた者達が住んでいた。


「……たったこれだけ、か」


 サルガッソの残党、生き残りの幹部シルバは何とかかき集めたメンツを見て悲しそうにため息をついている。

 壊滅前は一声かければたちまち何十人もの構成員が集まったものだが、今は片手で数えるほどしかいない。


「始末屋ァ……ぜってぇ許さんからなァ」


 シルバは呪詛と共に号令をかけ、集合住宅アパートへ配下の者達を向かわせる。

 目的はただ一つ――


「どんどん恨み、買ってこうぜェ……始末屋を呼び寄せて、片っ端からぶっ殺すためによォ!」


 悲鳴が響き渡る。

 集合住宅アパートの部屋から悲鳴が上がり、窓に血しぶきが飛び散り赤く染まる。

 腹の傷を押さえながら逃げてきた男をシルバはボスの形見の刀で斬り伏せた。


 その様子を近くの建物の一室から眺めている男がいた。


「キヒヒッ! 痛快だなオイ!」


 マーレイ商会の会長、マーレイである。

 彼は双眼鏡を片手に惨事を楽しんでおり、時折下品な笑い声をあげている。


「生きてるときはたんまりと金を稼いでくれて、最期はこうやって見世物になってくれる……ヒャヒャヒャ! 今度からは商売にしてもいいかもな!」


 を請け負うサルガッソはもはや組織の体を成さない残党たちの寄せ集めだ。今後も使っていくことは難しいかもしれない。

 ならば今度からは見世物に――例えば互いに殺し合いをさせて全滅させる。

 暇を持て余して退屈しているが、普通の娯楽では満足できない者達へ売り出せばきっといい商売になるだろう。

 マーレイは悪魔的な商才を発揮しその頭で絵図を描き始める。


「さあ楽しくなってきた! 早速次のをしなくちゃな」


 彼への恨みは加速度的に積もっていく。

 始末屋の的に掛けられるのも時間の問題だった。

 

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