第18話 自由を求める者達(2/6)
始末屋たちによって二人の悪党――フレイとカマロは始末された。
翌朝、警邏隊は通報で駆け付け現場検証を開始する。
「始末屋……っ!」
フレイが殺害された現場に赴いたアリスは始末屋の仕事に怒りを露にする。
建物の間に引きずり込まれ、首の動脈だけを切られて殺されたフレイ。その手口は始末屋の物に他ならない。
そして――頭部を砕かれ殺された少年。
「許せん……! こんな子供にまで手をかけて!」
彼女は苛立ちを発散させるように建物の壁を殴りつける。
これまで始末屋が殺してきたのは法の目をかいくぐって悪さをする――いわば警邏隊が捕り逃してきた悪党たちが主だった。
しかし今回は悪党だけでなく子供にまで手をかけている。
不甲斐ない警邏隊に代わって悪党に仕置きをする、それこそが始末屋の矜持なのだと考えていたアリスは己の甘さを恥じる。
とどのつまり、始末屋もただの悪党なのだ。
殺しの対象がたまたま悪党であるだけの悪党でしかないのだ。
「始末屋が子供を、ねぇ……」
共に現場を検分するベルーガは子供が仕事を目撃したのだと直感する。
首の動脈を切れば勢いよく血が噴き出し、目立ってしまう。暗殺の手口としてはいささか派手過ぎたのだ。
「……誰か、この子供の身元に心当たりがある者は居ないか?」
アリスがやじ馬たちに問いかけるも、彼らは互いに顔を見合わせては首をかしげている。どうやら顔見知りは居ないようだった。
もっとも、少年の頭部は砕かれているためいたとしてもわからないのかもしれない。
「無駄ですよ。この子、人相が分からないんですから」
ベルーガはそのことを彼女に指摘した。
「それに、夜中なのに子供に酒を買いに行かせるような親です。知ってても名乗りではしないでしょ」
「うっ……それも、そうだな」
そもそも論として夜中に子供を出歩かせるような親など碌な親ではない。まして、お使いに酒を買いに行かせるなど論外だ。
「だが……この子は親の所に帰りたがっている、んじゃないか?」
子は親を選べない、とはよく言ったものだ。
赤の他人から見てろくでもない親だったとして、子供にとっては唯一無二、大切な親なのである。
「だったら、聞きこむべき場所は決まっているでしょう」
ベルーガは少年の抱えている酒瓶を示す。
「この子に酒を売った酒蔵があるはずです。まずはそこを当たってみましょう」
「そう、だな」
真剣なベルーガの様子にアリスは戸惑いを見せている。
いつもなら現場検証をしていても人知れずいなくなっていたり、自分から聞き込みをしに行こうと提案することもない。
彼女は静かにベルーガの額に手を当てた。
「どうしたんです?」
「いや、熱でもあるかと思ってな」
手のひらから生ぬるい肌の感触が伝わってくる。どうやら風邪を引いているという事もなさそうだ。
「あのね、アリスさん。私がいくらやる気無しの警邏官だからって子供が殺されて無関心でいるほど薄情じゃないんです。ほら、行きましょう」
「そうだな……」
珍しくやる気を出しているベルーガは、心なしか輝いて見えた。
「……そのやる気を普段から出してくれればな」
アリスは彼の背中を見て、思わずつぶやくのだった。
飲み屋街にある酒蔵を虱潰しに探していき、ようやく少年に酒を売った店にたどり着く。
「――ああ、確かに昨日も来てたと思うよ」
酒蔵の主人は眠そうにあくびをしながら答える。
店は昼夜逆転で営業しており、聞き込みのため叩き起こされた主人はとても眠そうだった。
「ウチの客は一晩中飲み歩く酔っ払いばっかでね、素面の客はあのガキくらいなもんさ」
「ならば彼の親が誰か知っているか?」
アリスの問いかけに主人は肩をすくめてみせる。
「さあ? 客の素性なんざ一々聞きはしねぇよ」
だが主人の目は泳いでおり、何かを隠そうとしているようだった。
「とぼけるな! あんな小さな子が夜中に酒を買いに来て、無関心でいられるはずが」
頭に血を上らせるアリスをベルーガは片手で制す。
「それは失礼。まあ常連でもなければ客の素性なんか忘れちゃいますよね」
ベルーガはいつも通り、能天気な調子で主人に詰め寄る。
「ところで、販売許可証はお持ちです?」
「あ、ああ……持ってるに決まってるだろ」
店主はベルーガの意図が分からず眉をひそめる。
「ですよね。なら――子供に酒を売っちゃいけないことも、当然ご存じのはずだ」
「!」
イーストエンドには法律で飲酒の年齢制限は設けられていない。成人するまで酒は飲まない、という不文律があるくらいで特に罰則が設けられているわけではない。
だが販売に関しては制限が設けられている。もし成人していない子供に酒を売ったり、店で提供したりすれば罰金が科せられ、悪質な場合は販売許可の取り消しもあり得る。
買えなければ飲めないだろう――酒に関する法律はそのような意図で制定されている。
「あれ、でもおかしいな……殺された少年はね、酒瓶を抱えるように持っていたんですよ。それってつまり……そうか! 貴方が売ったという事だ」
芝居がかったベルーガの言葉を受け店主は冷や汗をかく。
「ねえ、アリスさんはどう思います?」
「えっ? そ、そうだな……もし初犯なら1オーバルの罰金だが」
突然話を振られてアリスは驚きしどろもどろになってしまう。だがそれでも店主の決意を揺らがせるのには十分だった。
「確かに。でもさっき貴方、昨日もって言ってましたね。つまりあの少年は度々この店に酒を買いに来ていた。法律違反と知りながらずっと売り続けていた、と」
「……すんません」
店主は消え入るような声でつぶやくもベルーガは聞こえないふりをする。
「アリスさん、続きは取り調べ室でしましょう。この人にはじっくりと話を聞く必要が」
「知ってる事全部話すから見逃してくれやせんか!?」
ベルーガはにこやかな笑みを店主へ向ける。
「ご安心を。知らぬ存ぜぬ、見ないふりは警邏隊の十八番ですから」
「……初めてあの子が店に来たのは半年前のことでさぁ」
店主はぽつぽつと少年の素性を語る。
半年前、少年が酒を買いに来た。当然子供に酒を売ることはできないから門前払いした。
その数時間後、少年は顔にあざを作りながらもう一度やってきた。手ぶらで帰ってきたせいで両親に殴られたと言っていた。
不憫に思った店主は仕方なしに酒を売った。禁止されていることはわかっていたが子供がかわいそうでならなかったのだ。
それ以降、度々少年は酒を買いに来た。何度も売れば罰金では済まされないことを店主は知っている。
彼は少年にこう尋ねた――『父ちゃんと母ちゃんは何をしているんだ』
少年はこう答える――『いじゅうきょかしょう? がないから外を出歩いたら捕まっちゃうって』
「――聞いてみりゃぁ、その子の親は不法移民だったんでさ」
「そうか、不法移民の子だったのか……」
思わぬ素性にアリスは頭を抱える。親が不法移民ならば警邏官の彼女たちが迂闊に近寄れない。向こうも警戒して姿をくらませるだろう。
「親子そろって命がけの移住ですか。それほど大陸は危険なんですかねぇ」
「……ところが、移住は命がけじゃない、って話だそうで」
店主は辺りを見回し声を潜める。どうやら誰にも聞かれたくない話らしい。
「その子に聞いたんですがね、マーレイ商会が移住の手引きをしているそうなんでさ」
その言葉にベルーガとアリスは互いに顔を見合わせた。
“マーレイ商会が秘密裏に移住の手引きをしている”――その証言の裏取りは難航していた。
そもそも正面切って確認しに行ったところで白を切られるのが関の山。
かといって警邏官が不法移民の下へ行ったところで雲隠れされるだろうし行くならちゃんと取り締まらなければ職務怠慢だ。
「むむ……むむむ……」
アリスは難題に頭を悩ませ唸っている。
詰所に戻りどうすべきか考えているも、いまだに結論は出ていなかった。
「おいベルーガ、お前も黙ってないで何か言ったらどうなんだ……あっ」
彼女は隣で同じように悩んでいるはずのベルーガに声をかけるも、彼はそこにいなかった。
「はぁ……見直して損したな」
面倒ごとになった途端サボりを決行したベルーガに対し、アリスは深く、深ーくため息をつくのだった。
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