第17話 自由を求める者達(1/6)

 大陸に住む者達にとってイーストエンドは憧れそのものである。

 一切の魔族が生息していない――漏れ聞こえる悪評を差し引いてもこれほどの利点はない。

 人が燃え、街が消える。大陸に住む人間の命など埃よりも軽い。

 比較的安全な地域は権力者や裕福な者が独占し、多くの軍事力を投入して守りを固めている。そこに住みたければ相応の対価を支払わなくてはならない。

 魔族に殺されるか、権力者に虐げられるか――大陸に住む凡人たちはこの常にこの二択を迫られていた。

 彼らにとってイーストエンド移住は唯一の希望である。

 自由を謳い、魔族の脅威とは無縁の平和な国。多少の不平等さはあれど大陸の権力者に比べればまだマシというものだ。


 マーレイ商会の会長、マーレイはそんな大陸の者達の心理に目を付けた。

 彼らはイーストエンドへの移住を夢見て毎年移住希望を出し続ける。受け入れられるケースはまれだという事を知っていながらそれでもあきらめずない。

 どうしても待てずに命がけでイーストエンドへ渡ってくる者達もいる。


『実はイーストエンドは人手不足で大陸からの人材を求めている――』


 マーレイはそんな言葉で大陸の者達を惑わせる。

 商会の一員として働くだけでいい、通るともわからない移住許可を待ち続ける必要はないのだ、と。

 既に商会の一員となった者には移住許可が下りるように根回しは済ませてある、だから安心してこの話に乗ってくれていい、と。


 しかし彼らがイーストエンドへ赴いてから事態は一変する。

 商会の船で他の商品と共にやってきた大陸の者達は必要最低限の暮らししかできない集合住宅アパートに押し込められ、雀の涙ほどの賃金で限界まで労働させられる。

 これでは奴隷の働き方と何ら変わりはない。話が違うと訴えようともイーストエンドへ渡ってきてしまった以上、彼らの力は非常に弱い。

 移住許可を得るまで彼らはイーストエンドでの一切の権利を保障されない。不法移民を雇おうという聖人がいるとも限らない中、職を失えばたちまち路頭に迷うことになる。

 さらに働かなくては一生移住許可は得られない。ならばどんなに過酷だろうと働き続けるしかないのである。


「くひひ……紙切れ一枚のために、人ってのは面白いくらいよく働く」


 それこそが年商50万オーバルを稼ぐマーレイ商会のからくりである。

 権利の保障されない不法移民を意図的に作り出し、奴隷の様に働かせ金を稼ぐ。

 イーストエンドの民ならば許されない過酷な労働条件で働かせる人材がいるからこそ破格の年商を実現しているのである。


「馬鹿な奴らだよなぁ……金がいくらあったって、移住許可これだけはどうしようもならないってのによ」


 彼は執務室で決算報告書を眺めつつ悦に浸る。

 不法移民のは真っ当な場所ばかりではない。中には人には言えない悍ましい趣味を持つ貴族に、半ば人身売買の様に売ることもある。


「あひゃひゃひゃ! 人を支配するってのはたまんねぇなぁ! 金も、弱みも、俺が全部握ってる! これだけの力がありゃあ、平民初の王国議会の議席を取ることだって」


 マーレイは突如として報告書を放り投げ、降りしきる紙の中で高笑いをする。

 圧倒的な全能感。

 そんな最高の気分を遮る様に書斎のドアがノックされた。


「失礼します。警邏隊のカーラ様がお見えになられました」

「……チッ。もうそんな時期か」


 マーレイは露骨に嫌そうな顔をすると今月分の“上納金”を手に部屋を出ようとし――秘書が何もせず引き下がろうとした瞬間、彼女の髪を鷲掴みにして引き寄せる。


「おい。汚れてんのが見えないのか? 言われなくても掃除しろよ愚図が」

「っ……も、申し訳、ありません」


 彼は秘書のお尻を蹴り上げ部屋に押し込むと自身は応接室へと向かう。

 応接室では警邏隊の男――南地区の総隊長、カーラがソファに腰かけて待ち構えていた。

 黒髪のオールバック、彫りの深い顔立ち。一目で上等だとわかるスーツの襟元には警邏隊の総本部から派遣されていることを示すバッジが付いている。

 それはこの男が南地区に配備されている警邏隊を一手に任されていることの証であった。


「儲かっているようだね」


 マーレイは威圧感を覚えるカーラの声に思わず生唾を飲み込んでしまう。

 ただソファに腰かけ足を組んでいるだけなのに不思議と委縮してしまう圧倒的なオーラ。伊達に警邏隊で出世していないという事か。


「おかげさまで。今月は随分と催促が早いっすな」


 彼はカーラの正面に座るとソファテーブルに“上納金”を置く。


「……不服かね? 君は誰のおかげで安心して商売できているか忘れているようだね」


 カーラは冷ややかにマーレイを見つめる。

 マーレイの商売は法の目をかいくぐっているどころか完全にアウトである。


「もちろん、カーラ様が事件をもみ消してくれているからに決まっているではないですか。感謝はしているっすよ」


 当然、犯罪行為であるため露見すればマーレイは逮捕され商会は倒産である。

 彼はカーラからがさ入れの情報を事前に入手したり、自分のの露見につながりかねない事件をもみ消してもらうことで今の地位を手に入れた。


「ならばいい。もし君の支払いが遅れるようなことがあれば」

「わかってますって。今月の分もきっちり、納めさせてもらいますよっと」


 カーラは満足そうに頷くと上納金の収められた袋を手に取り――いつもより重いことに気づく。


「金額が普段より多いね」

「前払いっすよ。近いうちにしようと思っててね」


 マーレイはニヤリ、と口角を上げた。


「整理?」


 カーラは含みのある言い方に眉を顰める。


「在庫を一掃して、新しいものを迎え入れる。古くなった道具は新しくするのが道理ってモンでしょ?」

「……なるべく穏便に頼むよ」


 その意図を察したカーラは事後処理の事を思うと深いため息しか出ないのだった。

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