第7話 事件は闇夜の中で(1/5)

 南地区、プリモ港。

 イーストエンドの中でも屈指の貿易港で、日々多くの貨物船が着港し物資のやり取りをしている。


「――お疲れ様。トラブルはなかったか?」


 マーレイ商会の船もまたこの港を利用しており、貴重な品から必需品まで手広くイーストエンドに届けている。

 商会の幹部を務める男、カマロは船長を出迎え今回の航海のあらましを尋ねた。


「残念ながら、事故で甲板員が一人犠牲に」


 船長のフレイは不幸な、を強調して伝えている。

 彼女は潮風で痛んだ赤銅色の髪をかき上げ意味深に微笑んでいた。


「また事故か。人員だって無尽蔵じゃないんだ。少しくらい気を付けてくれよ」


 カマロのお小言にフレイは薄ら笑いで応える。甲板員が消えた原因は本当に事故だったのだろうか?


「どの口が言うか。見逃してやったら警邏隊にチクられそうになって、結局サルガッソに始末させたのはどこの誰でしたっけ~?」


 フレイは挑発するかのようにカマロに詰め寄る。

 長身なフレイに対してカマロは男性にしては小柄な方だった。見下されて彼は思わず後ずさる。


「ぐぬぬ……とにかく、だ! 船員はお前の憂さ晴らしのためにいるんじゃない、ってことだ。それに万が一商品のことが知られでもしたら」

「そんなに心配ならテメェで船乗れよ。できるのか? 無能な船員に命預けて、やる気だけ一人前の木偶の棒が余計な事しないよう神経張って、安心してまどろむこともできない航海を、お前ができるのか?」


 彼女はいら立ちを発散させるように系柱を蹴りつける。よく見ればその目の下にはクマができており寝不足であることが見て取れた。

 二人が話している裏では船から積み荷が降ろされている。

 運び出しているのは甲板員。

 万が一彼が積み荷の正体に気づけば――


「いいよな、お前は。毎日暖かいベッドでぐっすり眠ってるんだろ? 私が命がけで運んだ荷物を売りさばくだけで、楽~におまんま食ってんだろ? 少しくらい、役得が有ってもいいとは思わない?」


 フレイは腰のベルトに挿していた護身用のナイフを引き抜きその背にすぅっと指を添える。

 修羅場を潜り抜けてきた船長――それも裏の仕事を請け負っている船長の気迫に、カマロは思わず生唾を飲み込んだ。


「なあ、お前もそう思うだろ?」

「あっ! えっ?」


 急に声をかけられた甲板員、リードはびっくりして身を強張らせる。小太りでどこか気のよさそうな顔つきの青年だった。


「ほら、それ置いて。船長が話しかけてんだからちゃんと聞けよ!」

「っす、すみません!」


 リードは慌てて積み荷を乗せていた台車を止める。が、中身が重かったせいかすぐに制動できず中の“商品”が動いてしまう。


「――」


 何かが動くような音、痛みを訴えるようなうめき声。

 何も知らないリードはぎょっとして積み荷を凝視した。


「あ、あの……船長……質問、よろしいでしょうか?」

「なんだ? 言ってみな」


 フレイはしてやったり、の顔で微笑む。

 早くネタばらしをしたくて仕方ないいたずらっ子のような表情だ。


「こっ、この積み荷の中身って」

「そうだよな、気になるよな」

「おいよせ――」


 カマロは彼女の企みに気づき止めようとするも間に合わず、リードは積み荷の正体を知ってしまった。


「……へ?」

「すごいだろ。これがお前の給金を支えてくれている“商品”だぜ?」


 フレイは仲のいい友達に絡むかのようにリードの肩に腕を回す。

 彼女は満面の笑みだったがその目は笑っていなかった。


「ま、まさか……みつにゅっ!?」


 リードは自分たちが運んでいた積み荷の正体を知り思わず口走ってしまいそうになるも、フレイに口を押えられて言い切ることはできなかった。


「こらこら~他の奴に聞こえるだろ?」


 フレイはリードを倉庫の裏に連れて行く。


「さっき見たモノ、当然お前の胸の内にしまっててくれるよな?」

「えっ……で、でも」


 リードは顔面蒼白になりながらもフレイの指示に歯向かおうとしていた。

 口を閉ざすのではなく、正直に警邏隊に報告しよう。いくら警邏隊が権力に弱いとはいえ、あれを見過ごすほど腐ってはいないはずだ、と。


「ほら~カマロさんよぉ! 人の口ってのは羽よりも軽いんだ。私がちゃぁんと、言わないでくれって頼んでもこの有様だ!」

「ウッ!」


 フレイは満面の笑みでリードの腹にナイフを突き立てた。犯行を目撃したカマロは思わず頭を抱える。


「ど、どうして……」

「近くにいた、お前が悪い」


 彼女は人を刺し殺す感触を楽しむかのようにナイフを右に、左に動かす。

 既に致命傷を与えられており、リードの口からはおびただしい量の血があふれ出ていた。


「アメリア……」


 彼が最後に口にしたのは想い人の名だった。フレイは忌々しそうに唾を吐き捨てる。


「じゃ、後始末は頼んだよ~。私が捕まったら、危ないのはあんただけじゃないってコト、忘れんなよ」


 フレイの無駄な殺生にカマロは頭を抱えつつも、すぐさま隠ぺいのために動き出すのだった。




 さて、先日の始末屋たちの“仕事”によってマフィア“サルガッソ”は壊滅した。

 ボスのカープを始め主要な幹部たちは殺され、構成員も大半が殺害されたため再興の目すら残されていない。


「……オヤジィ」


 だが一人だけ難を逃れた幹部がいた。

 名をシルバ。長身痩躯の男で黒髪のオールバック、色付きの眼鏡をかけている知能派の幹部――だった。

 彼はマーレイ商会のに用心棒兼交渉人として出向いていたため仕事の晩、本拠地にいなかったのだ。


「……どうしてオヤジが殺されなくちゃなんねぇんだよぉ」


 サルガッソの構成員は悪人ではあるが、その亡骸は丁重に弔われた。

 大半は遺族によって埋葬されたが、中には身寄りが無かったり受け入れを拒否された者もいる。彼らは共同墓地に埋葬されていた。

 シルバは慰霊碑の前で一人涙する。


「……別に悪いことなんてそんなしてなかったじゃねぇかよ……女子供だって数えるほどしか殺してねぇしよぉ……なんで……なんでなんだ……」


 世間はそれを悪人というのだが、彼の中では悪に含まれないようだった。

 彼は供えていた清酒の封を切り慰霊碑に半分注ぎ、残りを自分で一気飲みした。


「ふざけやがって……始末屋の奴ら……全員ぶっ殺してやる……!」


 恨みの花が咲くのは善人ばかりではない。

 大粒の涙を流しながら彼は復讐を心に誓うのだった。


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