第8話 事件は闇夜の中で(2/5)

 翌朝、プリモ港には多くの野次馬が集まっていた。

 マーレイ商会が所有する倉庫の裏手で遺体が見つかったからである。

 警邏隊見習の少年少女はやじ馬たちが必要以上に現場へ踏み入らないよう目を光らせ、現場に札を置いて記録している。


「――おいベルーガ! こっちだ、早く来い!」

「わかってますって」


 警邏隊の到着にやじ馬たちは大慌てで道を開ける。

 アリスは亡骸に黙祷を捧げると現場の検分を始めた。


「……腹をナイフで掻き切って、か」


 亡骸は甲板員の服装をしており、右手に持ったナイフで腹を横一文字に斬り裂き――否、斬り裂こうとしている途中で絶命したのだろう。左のわき腹からへそにかけて切ったところで腕は止まっていた。


「身元は分かったか?」

「ええ。マーレイ商会所属の船、ゴールデンエース号の甲板員のリードという方だそうで」


 アリスが報告を受けている途中でようやくベルーガが到着。彼は大きなあくびをしながら亡骸――リードの遺体を観察し始める。


「そうか……第一発見者は?」

「――私でございます」


 恐る恐ると言った風に名乗り出たのはマーレイ商会幹部、カマロ。

 殺しの証拠隠滅を図った男その人である。


「昨晩、ゴールデンエース号が帰港しまして。私は荷下ろしを監督していました。」


 紡がれるのは真っ赤な嘘、船長の愚行を隠すための作り話。

 荷下ろしを監督し商品に異常が無いかをチェックしていたカマロ。どうやら問題はなさそうなので倉庫近くの事務所で書類仕事をし、夜も遅かったのでそのまま仮眠を取った。

 翌朝、帰宅しようと事務所を出ると何やら変な臭いがすることに気づく。商品に異常が見つかれば大損失だ、彼は大慌てで倉庫へ向かい――物陰でリードが亡くなっているのを発見した。変な臭いの正体は腐敗臭だったのだ。


「――と言った次第でして……」

「ふむ……話を聞く限りだと、誰かに襲われたという可能性は低そうだな」


 証言は真っ赤な嘘なのだが、それを知る術をアリスは持っていない。あくまで客観的に考え矛盾が無いかを検証するしかないのだ。


「――あの、実はこんなものが」

「これは……」


 思考中のアリスに見習いが遺留品を差し出す。それは一枚の紙で、亡骸の横で発見されたようだ。

 そこには『重大なミスを犯してしまったため命を以って償いたい』のような内容が記されている。


「遺書、になるのか。自責の念に耐えかねて自ら命を」

「ええ……船長から話を聞いたことがあります。とてもそそっかしくて失敗ばかりの船員がいると。一度、彼のミスで船が沈みかけたことすらある、と」


 カマロはわざとらしく涙を拭って見せる。

 その姿は亡くなったリードのために泣いているかのようだった。


「失敗なら誰でもするものです。こんなことになるまで抱え込まず、誰かに相談を」

「――“ハラキリ”みたいですね!」


 だがそんなクサい演技を遮ったのは能天気なベルーガの声だった。


「……ハラキリ?」

「あれ、ご存じないです? サムライの風習ですよ」


 困惑するカマロに対し、ベルーガはへらへらと笑いながら補足する。

 ハラキリ、とはサムライと呼ばれた者達の持つ“命を以って責任を取る”風習のことである。取り返しのつかない重大な失態を犯したサムライは、自分の腹を刀で掻っ捌くことでケジメを付けたと言われている。


「馬鹿ッ! 知っているに決まっているだろう。頼むから余計な口出しはしないでくれ」


 アリスは深く、深くため息をついて相棒の発言をたしなめる。

 確かに腹を切って自殺したのだからハラキリを思わせるだろうが、それを一々口にしては子供と同じである。


「ああ、これは申し訳ない。いやでも、ハラキリかぁ……彼、顔に似合わず根性あるんですね」


 ベルーガは平謝りしつつもその目は鋭い。

 態度こそ軽薄で気が抜けきっていたが、視線だけは真実を見落とすまいと鋭く光らせていた。


「ハラキリってね、すぐには死ねないらしいんですよ。腹を切ってもしばらく生き続ける。だからこそケジメをつけるに相応しいんです」


 サムライのハラキリには必ずとどめを刺す役割の者が傍にいたのだという。腹を切りケジメを付けた、ならば後は苦しませずに送ってやる。それがハラキリの全貌である。


「彼のご先祖様はサムライだったのかなぁ? そうじゃないならなんで死ねる確証の無いハラキリなんて方法を選んだんだろう?」


 カマロの筋書きに罅が入る。

 言われてみれば自殺なのに腹を切ろうとしているのは違和感がある。どうせ刺すなら胸を刺した方が確実だ。

 ハラキリの風習に則ったのでなければ腹を切ることを選ぶのは不自然なのではなかろうか?


「……目測を誤ったのかも。彼はそそっかしい男だったそうですし」

「…………」


 ベルーガの鋭い視線がカマロを貫く。

 昼行燈な彼とはかけ離れた凛々しい表情にアリスは思わず胸をときめかせる。

 遂に、ようやく、やっと、眠っていた相棒の才能が開花した(かもしれない)。毎日毎日、根気よく発破をかけ続けてきた努力がようやく報われたのだ。


「……きっとそうですよね!」


 がくっ! とアリスはずっこけた。

 どうやら彼は思ったことを言っていただけで、それがたまたま的を射ていたように見えただけに過ぎなかったのだ。

 表情もいつも通りの腑抜けに戻っており、凛々しさの欠片もなかった。


「ああもう! 考えがないなら口出ししないでくれっ!」


 彼女はこの感動を返せ、と言いたくなる気持ちをぐっとこらえベルーガを脇へ追いやる。


「なんですか……いつもサボってたら怒るくせに」


 邪魔者扱いされたベルーガはわざとらしく拗ねてみせるも、その視線は油断なくカマロを追っている。

 この自死には必ず裏がある。十中八九、誰かに殺されたのだろう。

 アリスは優秀な警邏官だ。疑念を抱けば徹底的に調べ上げてくれる。


「……ハラキリなんて風習、サムライかぶれでもなきゃ知らないはずなんだがね」


 ベルーガは新たなの予感に深いため息をつくのだった。



 

 

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