第5話 始末屋たちの日常(5/6)
テーラー“グロリア・レジーナ”
そこは始末屋の一人、カレンが表の顔である仕立て屋として働く場所だ。
「――いらっしゃいまし~」
「フン……いかにも、庶民ウケしそうな店構えだな」
満面の笑みで新規客を迎え入れる店主のリンド。しかし客は小馬鹿にするような目線で店内を一瞥した。
「しかも……ははっ! 奇をてらった格好で客を集めるつもりか?」
店主のリンドは生物学上男性である。しかし服装や話し方は女性的な、所謂オネエであった。
カレンは失礼すぎる客の来店に思わず作業の手を止めて作業場から店先へ向かう。
「あらやだお客さまったら! 装いで客が釣れるほど甘い世界じゃないのよ」
「フン。なら貴様はただの変態か!」
「――ッ!」
客はどこまでも傲慢な態度を崩さず、終いにリンドを嘲って笑う。
恩人でもあるリンドを馬鹿にされ我慢ならなかったカレンは思わず飛び出そうとするも、彼に手で制され思いとどまる。
「あらやだ。そんなにお褒めにならないで♡ それで、今日はどのようなご用件で?」
「……スーツを新調しようと思っていたんだが」
客は店内の見本服を手に取り、冷ややかな目で一瞥すると汚物でも触ってしまったかのように手放す。
「南地区でも評判のテーラーと聞いたが、店主は変態だし肝心の仕立ても大した事なさそうだ。こんな店、我がマーレイ商会の事務所にでもした方が有意義だろうな」
客の正体は海運業で莫大な収益を得ている大商人、マーレイ。彼の経営するマーレイ商会は年商50万オーバルを超えており、下手な下級貴族を凌駕する財力を持っている。
だが正当な商売に限らず数々の非合法な商売も行っていると専らの噂だった。
「……お待ちなさいな」
傍若無人な客、マーレイの言動に耐え兼ねたのかリンドはにこやかな笑顔から一転、目つきの鋭い怒りの表情となる。
「ワタシのことはいくら悪く言ったって気にしない。お店のことも……まあ、我慢するわ。でもね」
ずい、と迫られたマーレイは思わず身を竦ませる。大柄なリンドが威嚇すれば気の弱い者ならビビッて逃げ出すことだろう。
「ウチの仕立てにケチつけるのは許さないよ! あの子の腕はね、このイーストエンドで一番なんだよっ! 侮辱するんだったら容赦しないわよ!」
「チッ……来るんじゃなかった。最悪の気分だ」
マーレイは腕っぷしじゃ敵わないと悟ったのか、捨て台詞と共に店を出ようとする。
「それはこっちのセリフだ」
それを邪魔するようにカレンが一歩踏み出し、彼の背を蹴り飛ばす。
彼女は少しでも自分の印象を丸く見せようと伊達で丸眼鏡をかけていたが、全く本性を隠せていなかった。
マーレイは痛そうに背中をさすりつつも、やり返そうと思わないのか恨みがましい視線を残して去っていった。
「カレンちゃん、最後のはやりすぎよ」
「おやっさんを馬鹿にした分だよ」
「……そ。ありがと。でもいいのよ、ワタシのことは」
リンドはマーレイの触っていた見本服を取ると汚れでも掃うかのようにはたいていた。
「自分なんかより、娘のようなアンタ馬鹿にされる方が我慢ならないのよ」
「…………ん」
カレンは気恥ずかしそうに頬を掻きながら作業場へと戻った。
「でも、あれが噂のマーレイねぇ。敵に回して大丈夫だったかしら」
扉を閉める刹那、リンドは愚痴る様にこぼす。
「はっ! ちょっかいかけてきたら、アタシが返り討ちにしてやるよ」
「こーら、そういう口の利き方はよしなさいな」
「……ッス」
どんなに外見を繕おうとも、本性は隠せないようだった。
カレンは身寄りのない孤児だった。
両親は“大陸”から命がけで亡命してきた不法入国者、身ごもったはいいが何の権利も保証されない不法移民に子供を育てる余裕はなかった。
彼らは“カレン”という名前だけ与えると彼女を聖堂の前に捨てていった。
リンドは彼女にとって実の父親……いや、母親が正しいだろうか?
とにかく実の両親と言っても差支えの無いかけがえのない恩人である。
孤児院で育てられたカレンだったが、他の子たちと折り合いが悪くいつも折檻されてばかりだった。
喧嘩ばかりして、服はいつもボロボロ。愛想の悪い彼女は物をねだるのが不得意だった。だから可愛い服を着たければ自分で作るしかなかった。
もらってきた端材をつなぎ合わせて作る
精一杯のおしゃれで街へ繰り出せば、みすぼらしい格好の彼女を笑う者ばかり。
悲しい気持ちで一杯のカレンを救った人物こそがリンドだった。
『アナタには才能があるわ。ワタシと一緒にイーストエンド一の仕立て屋になるつもりはない?』
奇抜な装いながらも真っ直ぐな瞳は、すさんでいた彼女の心を大きく変えたのだ。
すっかり日は落ち、グロリア・レジーナも閉店の時間である。
「あぁ~……はぁ……」
自宅へ帰る道すがら、カレンは凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをした。
仕立ての仕事は好きだったが、一日中体を動かさないでいると肩が凝って仕方がなかった。
夜道の一人歩きは女性にとって大きな危険を伴うが、始末屋をやっている彼女にとってさしたる問題ではなかった。
「……あ?」
最初は浮浪者かと思い気にするつもりはなかった。
だがよく見れば、まだ年端もいかない……顔つきを見れば少女だろうか? 少女が建物の壁を背にうずくまっているのだと気づく。
「おい……大丈夫か?」
「…………」
服はぼろきれの様に擦り切れ、体中垢まみれで汚れている。だが一点、その胸元で輝く真っ赤な宝石――ルビーだろうか――をあしらったネックレスが輝いている。
声が聞こえているのかもわからない。ただ虚ろな目で見つめ返された。
その様子がなぜだか昔の自分に重なって見えた。どうにも放って置けない。
「はぁ……おい、立てるか?」
「……?」
彼女は少女に肩を貸すと、自宅まで連れて行くのだった。
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