第3話 始末屋たちの日常(3/6)

 警邏隊の職務は主に二つ。

 事件発生時に犯人を見つけ出し捕まえること、そして市内の見回りである。


「まったく! お前はなんで言い返さないんだっ!」


 さてその見回りの最中、荒れ狂っているのはベルーガの相棒であるアリス。自分が笑い者にされたわけではないのに激昂していた。


「別にいくら笑われたって死なないからいいじゃないですか」


 ベルーガは朝礼で笑い者にされたことを全く気にしておらず、呑気にあくびをしていた。居眠りをしていたにも関わらずまだ寝足りないようだった。


「名誉が死ぬだろっ! お前は少しくらいプライドを持って――」


 アリスは隣を歩いているベルーガに詰め寄ろうとしたが、気が付けば彼の姿はない。

 困惑し辺りを見回すと、彼が団子屋に寄り道しているところが目に入る。


「言ってる傍からサボってっ! 少しは真面目に働かないか!」

「いっつつつ! だってここの豆団子おいしいんだもの」


 耳を引っ張られたベルーガはちゃっかり団子を受け取っており涙目になりながらもかじりついている。


「ほら、アリスさんも。その様子じゃ朝は新聞紙しか食べてないんでしょ? 少しは食べなきゃ頭も働かないですって」

「馬鹿ッ! あれは食べていたわけでは」


 グルル、とタイミングよくアリスのお腹が鳴る。指摘された通り朝食を食べる時間が無く腹の虫が騒いでいたのだ。

 彼女は恥ずかしそうに頬を赤くしつつベルーガから豆団子を受け取る。

 枝豆を潰した餡を乗せた団子で、その昔サムライが枝豆を刀の柄で潰して作っていた陣中飯を団子に乗せた軽食である。


「豆団子はちょっと癖が強くて好き嫌いが分かれるんですがね、ここのは丁度良く甘くて青臭さもないから食べやすいんですよ」

「……その情熱を、あむ……少しくらい仕事に回せ……んむ」


 アリスはおいしい団子に緩みそうになる頬を必死で引き締めながら噛みしめる。

 無能、やる気無し、運だけと馬鹿にされているベルーガだが、食べ歩きが趣味なだけあってその舌は確かだった。同僚からも信頼され飲み会の店選びを任されることもしばしば。

 そんなベルーガ一押しの団子は怒れるアリスの気を鎮めるに十分だった。

 つかの間、穏やかな時間が流れるも平穏な時はすぐに終わってしまう。


「――旦那方! 浜で骸が!」


 警邏隊見習いの少年が二人を呼びに来る。どうやら海岸で事件があったようだ。


「わかった、すぐ向かう」

「いってらっしゃ~い」

「お前も来るんだよ!」

「えぇ~」


 我関せずと見送ろうとしたベルーガの耳をアリスが引っ張っていく。

 南地区には大きな港の他に海水浴場もいくつか存在する。現場のコストルナ海岸は毎年暑い時期になると大いに賑わうのだが、少し肌寒いこの時期に来るもの好きは少ない。

 とはいえ暇な野次馬は事件を聞きつけてわらわらと集まっており、警邏隊の到着に気づくと大慌てで道を開けた。


「……これは」


 アリスは黙祷を捧げると遺体を隠していた布を取り払う。

 流れ着いていた遺体は若い男性だった。働き盛りで体格はよく、適度に焼けたこげ茶色の肌、少し生え際の怪しくなっている頭髪、漂流していた時間は短かったのか遺体の状態は悪くない。


「不法入国者か……可哀想に」


 イーストエンドは不平等な国であり、内情を知っていればとても引っ越したいと思えない国だ。

 それでもなお大陸からの移住希望は多く、毎年移住審査で役所は大忙し。魔族が生息していないという事は不平等さに目をつぶってもいいほど魅力的なのだ。

 だが圧倒的な数の移住希望者を全員受け入れることができるほどイーストエンドは広くない。移住できずに何年も待ち続けることもある。

 移住審査を待ち切れぬ者、移住審査で足切りされてしまう後ろ暗い者、移住することも叶わないほど困窮している者。多くの者が安住の地を求めて命がけの不法入国を試みるのだ。


「事件性はなさそうだな。丁重に弔って」

「う~ん……」


 アリスの結論に待ったをかけたのはベルーガ。彼は団子の串をガシガシとかじりながら首をかしげている。


「不法入国者にしては、身なりが整っている気もしますがねぇ……」

「そうか……? まあ、お前の言うことは偶に当たるからな」


 彼女は改めて遺体を改める。今度は見落としが無いよう念入りに。

 服は海水で痛んで所々色褪せている。ズボンには海藻が絡みつき汚れている。丹念に調べると、腹部に血痕のようなものがあることに気づく。


「これは……刺し傷か?」


 少し判別が難しかったが、どうやらこの遺体は何者かに刺されているようだった。


「さあ?」


 自分で疑問を呈したにも関わらずベルーガはとぼけている。だがその瞳は鋭く何かを考えているようだった。


「……ひとまず身元を突き止めないとな。おい――」


 アリスは見習に遺体の身元を調査するように指示を出す。


「……刺し傷ねぇ……」


 ベルーガは遺体を見つめながら思考を進める。

 先日のサルガッソを壊滅させた仕事。頼み人は船乗りの両親と姉を殺され自身は凌辱されてしまった少女。サルガッソは港町を牛耳るマフィアであり、密輸に手を染めている関係上船乗りと揉めることも多く殺傷事件が度々起きていた。

 つまり仕事自体はいつか起きうると思っていたことが現実となっただけ、彼はそう結論付けていた。


 ――『私は! あくまでカーラ総隊長の言葉を伝えているだけだ!』


 しかし引っかかるのは隊長から伝えられた上層部の結論。

 これ以上サルガッソに関わる捜査をしなくてもよい――確かにサルガッソは黒いつながりが多いマフィア。下手に蓋を開ければ上へ下への大騒動となるのは目に見えている。ノータッチはよくある“事なかれ”な決断であると言えよう。


「……本当にそれだけか?」


 推理をしているベルーガの横顔は、とても昼行燈とは言えない鋭さだった。

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