第1話 始末屋たちの日常(1/6)

【始末屋、現る!】


『――悪逆非道の限りを尽くしてきたサルガッソに天罰が下った。警邏隊は一体何をしていたのだろうか? お飾りの組織なら必要などないではないか』




「始末屋めッ!」


 王国警邏隊南第一支部。

 そこでは王国領土のうち南地区と呼ばれる場所の警邏を担当する警邏官が日々平和のために働く場所である。

 そんな警邏隊を小馬鹿にするような新聞記事を読んだ警邏官の一人、アリスは悔しそうに新聞をぐしゃぐしゃにまとめてかみちぎる。

 目鼻立ちの整っている彼女だが、怒りで琥珀色の瞳は吊り上がり、激務のせいか少し肌荒れしている。ピンクブロンドの髪はぼさぼさが極まっており、新聞紙を咥えている様はさながら獣のようであった。


「おはようございます。おや、アリスさん変わった朝食ですね」


 奇行に走る相棒をからかうのは警邏官の一人ベルーガ。先日の“仕事”の時とは打って変わって腑抜けており、眠そうな眼を隠そうともしていない。


「馬鹿ッ! 朝食なワケないだろう! 好き勝手に書かれて悔しいだけだ!」


 新聞の破片を吐き出したアリスは悔しそうに残りを新聞をデスクに叩きつけた。他の警邏官たちは荒れ狂う彼女に触れまいと距離を置いた。


「そんなのに目くじら立てたらキリがないでしょ。ほら、怒りすぎは美容の大敵ですよ。目の小じわはできてからじゃ遅いって」

「これが憤らずにいられるかッ! 我々の苦悩など知りもしないでどいつもこいつも……!」


 王国の歴史は遡る事500年前、多くの移民が名もない島へ移住したところから始まる。

 ある者は大陸の圧政に耐え兼ねて、ある者は新天地の成功を夢見て、ある者は“魔族”の脅威から逃れるため、多くの移民が集まることで名もない島は東の果て“イーストエンド”と呼ばれることとなる。

 そんな成り立ちのイーストエンドに王族はいない。王国を名乗っているが政治は民主制。王はいるがあくまで国の象徴、議会に助言をすることはあれど支配はしない。

 まさに自由平等、誰もが努力をすれば成功できる夢のような王国――というのは建前である。

 イーストエンドは不平等な国である。始まりの移民、開拓者の子孫は特権階級の貴族として君臨しており、その権力は絶大だ。国の政治を司る議会の議席には貴族が座っており、そこに平民の出る幕はない。

 不平等さは司法の世界でも健在である。平民なら極刑であっても貴族であれば厳重注意でお咎めなし、警邏隊も貴族に忖度し時に悪人を見逃すこともある。

 警邏隊の多くは下級貴族と平民で構成される。それ故に上級貴族に頭が上がらず平民からはどやされる、苦労だらけの中間管理職なのである。


「ま、警邏隊が無力なのは今に始まったことじゃないんです。我々は粛々と、見回りをしていればそれでいいんですよ。正義だなんだと……ふぁ……気張っても、給金は変わりませんし」


 ベルーガは眠いのか大きなあくびをこぼす。

 そんな呑気な彼の姿がアリスの逆鱗に触れる。


「ええい! お前がそんなだから警邏隊が舐められるんだッ!」


 バン、と机を叩きやる気のないベルーガに詰め寄ろうとするアリス。しかし隊長のノブがやってきて朝礼が始まってしまったため諦めて引き下がった。


「えー諸君、先日のサルガッソ壊滅の件だが――」


 語られるのは始末屋たちの“仕事”の顛末。悪逆非道の限りを尽くしていたサルガッソの構成員は皆殺し、ボスのカープを始め主要な幹部も殺害されたため組織は壊滅状態である。偶然夜回り中だったベルーガが現場に駆け付けるも犯人は既に逃走、犯行の手口から始末屋であると断定。

 よって、これ以上サルガッソについて捜査は不要である――それが上層部の出した結論だった。


「――市民の皆様は始末屋を正義の味方だともてはやしているが、奴らは悪人だけを殺している“人殺し”だ。一刻も早く、捕まえ」

「お待ちを!」


 アリスは隊長の言葉を遮る。


「サルガッソは多くの貴族や商人とのつながりがあったと言われているではないですか! それなのにこれ以上の捜査をするなとは一体どういう」

「私は! あくまでカーラ総隊長の言葉を伝えているだけだ! 文句があったら総隊長に言いなさい……」


 彼にも思う所があるのか悔しそうに目を伏せ、ゆっくりとアリスの傍へ寄るとポン、と肩を叩く。

 そしてキッと鋭い視線を彼女の隣――居眠りして船をこいでいるベルーガへ向ける。


「……ベルーガ君!」

「んがっ! はい、なんでしょう?」


 飛び起きたベルーガは帽子を脱ぎ袖でよだれを拭った。


「先日のサルガッソ壊滅、真っ先に駆け付けたのは君だったね」

「ええ……なんというか、こう……カンが働きまして」

「カン、ねぇ……」


 隊長は疑いのまなざしを向けている。


「そういえば、始末屋の手口の一つに刀で斬り捨てる、というものがあるな……そう、君の大好きな、刀で、ね」


 警邏隊は治安維持の名目で刀剣の装備が許され、中でも東地区の隊員は片刃の刀を好んで携行している。

 東地区の祖先は“サムライ”と呼ばれた者達で、その流れを汲み今でも刀を使った剣術が受け継がれている。

 中には東地区の出身でなくとも刀の美しさに惚れ、ろくに使えないのに刀を装備して厳重注意されるものもいる。ベルーガもその美しさに魅せられた者の一人だった。


「刀で……ああ、言われてみれば」

「この偶然、もしや……君が始末屋だったりするのかね?」


 ベルーガは困ったように寝ぐせを撫でている。

 全くもってその通りなのだが、彼は白を切るしかない。


「まさか! 私が始末屋だなんて」


 彼は戸惑ったように愛想笑いを浮かべるも、隊長はふっ、と表情を崩す。


「冗談だよ! 君がやる気無し・実力無し、運だけで警邏官になった昼行燈なことは皆分かってる。ただの“サムライかぶれ”にあんな芸当なんて出来っこないさ! とはいえもう少し、活躍をしてほしいものだよ――実はこいつ、始末屋なのでは? と疑いたくなるくらいにね! わはは!」


 ドッ、と笑いが巻き起こる。

 ベルーガが情けない昼行燈であることは皆知っている。誰も本当に彼が始末屋であるなどと夢にも思わない。

 悲しいかな、もし彼が本当の事を告げたところで誰も信じてはくれないのである。


「あはは……」


 彼も仕方無しに愛想笑いで同調する。そんな様子を相棒であるアリスは悔しそうに見つめていた。

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