千篇一律

三鹿ショート

千篇一律

 激痛を覚えながら身を起こすと、近くに座っていた女性が笑みを浮かべた。

 眠る前の記憶が無かったために話を聞いたところ、どうやら私は登山をしていた途中で崖から転落し、倒れていたところを彼女に救われたらしい。

 感謝の言葉を吐くと、彼女は首を左右に振った。

「困っている人間を救わなければ、私が困ることになりますから」

 奇妙な言葉の使い方だったが、相手が恩人であることもあってか、それ以上深く考えることはなかった。


***


 腕や脚の骨が折れている私を、彼女は嫌な顔をすることなく看病してくれた。

 ただ世話をされてばかりでは居心地が悪かったために、何か手伝うことはないかと問うたが、彼女が私に求めることは、何も無かった。

 彼女との会話を愉しみにするようになってしばらくしてから気が付いたのだが、私の鞄には未だ読んでいない本が数多く存在していたはずである。

 それらを読んで時間を潰そうかと思ったが、室内の何処を見たとしても、私の鞄は存在していなかった。

 そのことを彼女に問うたところ、私が倒れていた近くには何も無かったということらしい。

 暇潰しの道具が無いかと訊ねたが、彼女が住んでいるこの土地では娯楽というものは存在していないということだった。

 この時代に、そのような土地が存在するのだろうかと、私は首を傾げたが、土地によって生活は異なることもあるだろうと考え、私は彼女と雑談をすることにした。


***


 怪我が良くなり、己の力で歩行が可能と化したところで、彼女は他の住民に私のことを紹介すると告げてきた。

 彼女に続いて家を出たところで、私は自身の目を疑った。

 私の目に入るものが、全て同じものだったからである。

 建物は全て同じ形と色ばかりで、道を行く人々の髪型や衣服なども、性別を問うことなく、統一されていた。

 この光景を、不気味という言葉以外でどのように表現するべきだろうか。

 だが、最も恐ろしいことは、全ての人間が同じ顔をしていたことである。

 老若男女、全員が全員、同じ顔だったのだ。

 人為的では無い限り、このような光景を目にすることは無いだろう。

 しかし、其処で私は違和感を覚えた。

 それは、彼女だけが、他の人間たちと同様の姿をしていなかったからである。

 彼女は特別な存在なのだろうかと思っていると、私の存在に気が付いた住民たちが私に近付いてきた。

 人々は檻の中の珍獣を見るかのような目で、私を観察している。

 無言のまま観察されること数分、ようやく一人の人間が口を開いた。

「あなたは、我々と共に生きますか」

 つまり、この土地でこのまま生活を続けるということだろうか。

 私の問いに、眼前の人間は頷いた。

「生活は保障されますが、全てにおいて、我々は統一しなければなりません。全てを統一すれば、不満を抱くことはなく、争いが無くなるためです」

 全員が全員、同じ姿であることの理由に、私は納得した。

 極端な行動だが、平和を求めるという点では、このような選択も間違いではないのだろう。

 それに加えて、何もせずとも生活が保障されるとは、魅力的な話である。

 だが、私には私の生活が存在している。

 怒りや不満を覚えることはあるが、それと同時に、良いことも存在する。

 ゆえに、私はこれまでの生活を捨てようとは考えなかった。

 私が首を横に振ると、眼前の人々は顔を見合わせた。

 その反応の意味が分からず、首を傾げている私の肩に、彼女が手を置いた。

 視線を向けると、彼女は心の底から嬉しそうな表情を浮かべていた。

 困惑する私を余所に、彼女は眼前の人々に向かって、

「これで、私はこの土地を離れても良いのですね」

 彼女の言葉に、人々は同時に頷いた。

 彼女は天を仰ぎ、大声を発した後、私の手を握ると、感謝の言葉を吐いた。

「あなたがこの土地に現われなければ、私は退屈なまま、人生を終了するところでした」

 その言葉を最後に、彼女は姿を消した。

 跡を追おうとしたが、住民たちが私の身体を掴んだために、それ以上進むことはできなかった。

 そのまま地面に倒された私は、住民たちに向かって何のつもりかと問うた。

 それに対して、住民の一人は無表情のまま、

「あなたが我々と共に生きることを選んでいれば、彼女はこの土地に残っていたのです」

「どういう意味か」

「この土地に迷い込む人間のほとんどは、あなたのように不慮の事故に遭った人間ばかりです。彼女の役目は、その人間の世話をすることであり、その人間が我々の仲間に加わることを受け入れなかった場合は、その人間がこの土地に残って彼女の仕事を引き継ぎ、その代わりとして、彼女はこの土地を去ることができるのです」

 つまり、彼女は餌ということなのだろうか。

 確かに、眼前の統一された人々を目にすれば、あまりの不気味さに恐れを抱き、即座にこの土地から逃げ出すだろう。

 逃げ出させないことは彼女にとっても有益であるために、彼女は他の住民のことを私に紹介しなかったに違いない。

 彼女に同情しながらも、私は怒りを抱いた。


***


 それから私は、何度逃げ出そうとも、彼らに捕らえられ、家に戻された。

 ゆえに、四六時中、新たな人間の出現を祈り続けるようになった。

 しかし、三十年が経過しても、新たな人間が現われることはなかった。

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千篇一律 三鹿ショート @mijikashort

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