初詣

或淺(Aruasa)

初詣

 私は毎年、近所の神社に初詣をしている。決して大きくはないが、地域の氏神を祀っている由緒正しい神社だ。私は山の小高い場所に立つマンションに住んでおり、その神社へ行くには山の麓まで降りなければならない。

 自宅を出て、少し下ると大きな池がある。そこを左に曲がり、さらに下ると、あちこちに路地が張り巡らされた昔ながらの住宅街に行き当たる。しばらくは道なりに進めばよいのだが、途中で2、3本路地に入らなければならない。そしてまたしばらく進むと少し広い道に出て、神社にたどり着くのである。

 その日の夕方、まだ明るい時分に昨年と同じように神社へと向かい、お参りを済ませた。そして帰りがけにおみくじも引いた。

 所詮、おみくじの結果の善し悪しは確率の問題だ。どれを引こうが変わりはしない。私は占いの類は信じないタチであるが、幼い頃から染み付いた習慣でなんとなく引いてしまうのだ。持っていても仕方がないのでさっさと結んでしまおう。内容を確認せずにおみくじ掛けの方に進むと、先客が1人いた。小さな男の子だった。周囲で手伝いをしている氏子が着ているような作務衣を着ている。

 おみくじ掛けの一番下、雑に折りたたんだおみくじを、小さな指で紐に引っ掛けては落とし、また引っ掛けては落としを繰り返していた。私も昔は結べなかったなと幼い頃を思い出した。

「大丈夫?お姉さんが結んであげようか」

 男の子の横に腰を下ろし、そう声をかけると男の子はびくりと顔を上げた。その瞳は濡れており、目尻からは雫がいまにも落ちそうになっていた。男の子はしばらくこちらを見つめていたが、おずおずと手に持っていたおみくじを差し出してきた。

「ここでいい?」

 こくりと男の子は頷いた。

 結びやすいように細めに折り畳み、紐に結びつける。出来たよと男の子の方を見ると、男の子は先程とは打って変わり、ぱあっと明るい表情を浮かべていた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 礼儀正しい子だった。

 見たところ子どもはこの男の子だけのようだった。大人が忙しくしているので放っておかれているのだろう。それはそれで、と思ってしまうが、他人の家庭事情に首を突っ込むのは得策では無い。しかも見ず知らずの他人だ。

 私は男の子に別れを告げ、帰り道についた。


 気づけば日が沈んでおり、辺りは薄暗くなっていた。自宅と神社の間は、昼間は車や人の往来がそれなりにあり、周囲が明るいので良いが、薄暗い時間帯に歩くと路地が入り組んでいること、そして住宅街特有の静けさが相まって雰囲気が昼間とはガラリと変わる。また街灯の少なさもそれを演出している。

 道に面した家は明かりがぽつぽつと灯っている。声こそ聞こえないが家族団欒を楽しんでいるのだろう。車は通れるが、対向は難しいコンクリート舗装された細い道を無言で歩いた。

 一本路地を抜け、しばらく進んでいるとザリ、ザリ、と背後から足音が聞こえた。

 一度立ち止まったが、まあ、住宅街の中なので人くらいは通る。散歩でもしているのだろう。さして気にすることない。再び私は歩き出した。

 するとまた、ザリ、ザリと足音が背後から聞こえた。また私は立ち止まって、すぐにまた歩き出した。するとザリ、ザリとまた足音が聞こえる。

 背後の足音は私が歩くのと同じように歩き、止まると同じように足を止める。そして私が歩き出すと、続くように歩き出すことに気づいた。試しに少し早足で歩いてみた。するとその足音も同じように早くなった。

 その足音は私についてきているかのようだった。

 ぶるりと体が震え、冷たいものが駆け巡るような感覚を覚えたが、歩く速度は人によって差異があり、そのような錯覚に陥っているだけだろう。しかし今は恐怖のほうが勝り、頼りない街灯の灯りの下を無我夢中で走り抜け、気がつけば川辺の少し開けた道に出ていた。向かいの道では車が数台、砂利を蹴りあげながら家路についている。相変わらず人の往来は無いが、足音以外の音がすることに安心し、ほっと胸を撫で下ろした。

 この道まで出たということは家まであと少しだ。川沿いを上流に向かって歩くと、ゆるやかな上り坂にたどり着く。そしてそれを登れば先ほど車が走っていた道に差し掛かるT字路があり、それを右に曲がってまた300メートルほど歩いた場所が自宅マンションである。ここからだと10分弱といったところだろうか。自宅マンションはすでに見えており、街灯が先ほどよりも明るく感じることで恐怖心が段々と薄れ、軽い足取りに思わず口笛すら吹いてしまうような、それほどまでの安心感を覚えた。夕食は何にしようか、献立を考える余裕すらある。おせちがまだ少し残っているからそれをおかずに。餅もあるので雑煮と、後は。

 すでに少しだけ空いていた胃の容量が急激に減っていく心地がした。


 ザリ、ザリ、ザリ

 しばらくすると再びあの足音が聞こえた。また後ろだ。

 気づけば車は一台も走っておらず、辺りは静まり返っていた。その中に私の足音、そして姿の見えぬ者の足音が響いている。

 再びせり上がってくる恐怖に、震える足を奮い立たせ、目の前に続いている一本道から上り坂までを一気に駆け抜けた。もつれかける足を踏ん張りながら坂を登りきり、広い道に出た。

 車も人も通っている。足音の主以外の気配を感じることに安堵感を覚えた。

 その道を曲がろうと方向転換をしようと足を動かした時、足音の主が妙に気になった。先ほどまで恐怖で振り返ることが出来なかったというのに、恐怖心が無くなった今、謎の自信が湧いてくる。

 そして思いっきり振り返った。

 しかしそこには静まり返った住宅街が広がるばかりで、他には何もいなかった。

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